美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月」展の感想の続き・主に「弓張月」

弓張月についても少々。
これは実はいまだに未読なのだが、芝居は二度ばかり見ている。
三島由紀夫版ので、最初は幸四郎の為朝、次は三世猿之助の為朝を見ているが、染五郎のは見ていない。
ビックリしたのは幸四郎のは87年、これはTVで見た。もうあれから30年経っていたのか。それに驚いた。
2002年の猿之助のは豪勢な配役で、ラストの希望に満ちた猿之助の顔や声は今もわたしの中に活きている。

弓張月はむしろ国芳の錦絵からこれを知り、次に8世三津五郎の著作から色々学んだ。
白縫姫の美しき残酷さ。これなどはまさしく三島的な歓びだった。
敵には冷酷な白縫姫(玉三郎)が夫・為朝の仇敵をゆっくりと処刑するシーンは前時代的なときめきがあった。
玉さまは三島演出の初演でこのお役に大抜擢され、それ以後道が開いたのだ。

ところで何故か「あれ、これ知ってる」逸話が多いのにあるとき気づいた。
錦絵からの知識ではない。
つまり、「新八犬伝」で信乃が琉球に流されての話がここから採られているから、わたしも知っていたのだ。
批判もあったろうが、「新八犬伝」の面白さは「なんでもあり」だし、同じ馬琴だしで、わたしは擁護する。

勝川春亭 為朝石山の奥の浴場で奮戦 入浴中に敵襲を受けて逆襲。捕り手の一人、為朝にヤラレて両目が飛び出していた。
石山の温泉宿は今では数軒あるが、昭和半ばのもの。平安時代は石山寺に紫式部がいたけれど、ここで温泉というのは為朝一人かもしれない。
ところで入浴中の襲撃と言えば、幡随院長兵衛が旗本水野の屋敷に招かれ、暗殺されることをわかりつつ入浴するシーンが、やっぱり思い浮かぶ。こんなので助かるのは少ない。

本がずらずら。北斎の挿絵。鬼たちとの力比べ(なにしろ為朝は2M超えの長身大力の剛の者)、温泉で捕り手と戦う、敵の船を遠くから射て転覆させる…
と、為朝の豪勇ぶりを示すシーンが出ていた。

馬琴の小説には中国文学の素養があるからそれをこっちに置き換えたりもしている。
そういえば八犬伝は犬の話(当たり前だ)だが、ここでも犬はいい役である。

山犬の子・山雄が、為朝が林の中で蟒蛇に狙われているのを気づかずにいるので唸り続け、誤解した為朝に首を落とされるや、生首が飛んで蟒蛇を食い殺すという話がある。
これは生首が飛ばねば出来ぬことなので、この忠犬は可哀想だがやっぱり死ぬしかない。
とはいえ迂闊な為朝は反省し、悼む。
迫力のあるいい絵。

画題の共通するものをいくつかみる。
前述の岸から海を渡る敵の軍船を射る為朝の姿がけっこう人気の画題だったか、船側からの視点やロングでの情景とか色々あるのが面白い。
これは色んな絵師が手掛けているが、やっぱり絵面そのものが面白いものな。

国芳の為朝色々
家来の一人・鬼夜叉は野人なんだが、国芳は時にはなかなかの美丈夫に描いてもいる。
遠い島の話だから何が起こっても・どんな人がいても不思議ではない、というのかファンタジー要素が結構多い。

例の讃岐院眷属をして為朝をすくふ図、これは1851年の傑作だが、それより20年近い前の天保年間に同じシーンを描いた絵が出ていた。
mir613.jpg

肥後国水俣の海上にて為朝難風に遇ふ  けっこう情報が多い、描き込みの多い絵。
白縫姫が海に飛び込む、ワニザメのようやくの到着、烏天狗らの急行 と同じ要素なのだが、やはり1851年の作の方がかっこいい。

国貞も凄いのが出て来る。
豊国揮毫奇術競 蒙雲国師
イメージ (10)
でたーーっ!
国貞も時々こんな絵を描く。

この蒙雲国師が悪の元凶なんだが、鷲に乗ってるところを為朝に射落とされる絵もある。
歌川国福という絵師が描いている。

そしてさすが芝居絵の大家だけにだんまりを描いた絵もある。
思えば「だんまり」などは江戸時代の芝居でないと生まれないよなあ。

芳艶も参戦する。
為朝誉十傑 鎮西八郎 四頭九郎  なんかスゴイ話やな。家来の九郎に調べさせたら、九郎落雷で真っ黒焦げ。
傍らには雷獣もいる。うう、この為朝親分、忠犬も愛妻も家来もみんな不幸な死に方してるぞ。

為朝誉十傑 白縫姫 崇徳院 煙モウモウ。崇徳院と白縫姫の対面、院は姫がとめるのも聞かずに去る。
いよいよ恐ろしい存在になるのだ。

このタイトルは国芳も使っている。
為朝誉十傑 2 後に忠実な愛犬となる山犬?狼の山雄と野風兄弟が喧嘩するのを15歳の少年為朝が仲裁する。
犬のケンカに人が入るのです。

女護島にて歓待を受ける為朝  まあ立派な大茄子の生える樹。女たちはアワビも採ってくる。
(春本ではないよなぁ、まだこれくらいは)
モテモテ為朝。
女護島といえば「俊寛」の芝居の外題にもあるが、ここはまぁ女だけの島、の方。
平賀源内「風流志道軒伝」では女たちに「男郎屋」に放り込まれ、志道軒らは精根尽き果ててくたばりかけていたな。
西鶴の世之介は60歳を一期にして仲間たちと共に好色丸に乗り込んで女護島目指して船出する。
このことを松田修は一種の補陀落渡海のように見なしていた。
さて為朝は干乾びもせず、行方不明にもならず、帰還する。

上方の北英は為朝と琉球の嚀王女の出会いを描く。
嵐璃寛と岩井紫若。「おお」「あら」な二人。
この様子を見ると2002年の歌舞伎座の「弓張月」の芝居が蘇る。
琉球での為朝(三世猿之助)、悪人の巫女・阿公(=くまぎみ、五世勘三郎)、嚀王女(二世市川春猿)の思惑のぶつかり合い。

明治16年、芳年が挿絵を描いたのが刊行される。
翌年には清親も為朝を描く。
幕末の馬琴人気を批判していた風も少し治まったか、こうしてまた良い風が吹いたのはよかった。
周延も崇徳院が魔道に向かうのを止めえない白縫姫を描く。

最後は明治の八犬伝絵も出た。
国周の役者の見立て絵もあり、周延の馬琴著作双六もある。
美少年録や金瓶梅も仲間入り、神童と出会う伏姫のコマもある。上がりは八犬士の妻となる里見家の姫たちが待つコマ。

暁斎の七福神が八犬伝を演ずる戯画も楽しい。
大黒が信乃、恵比寿が現八の芳流閣ならぬ福寿閣。寿老人が弁天の肩を抱き寄せたりいろいろ。

最後まで大いに楽しめた。
さすが太田記念美術館。
毎月いいものを見せてくれてありがとう。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア