美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

藤島武二展をみる

練馬区美術館の藤島武二展は見ていて心地よくなる作品の多い展覧会だと思う。
無論それは武二の絵がいいというのが第一条件だが、見せ方がいい、というのもある。

また、2002年の春にブリヂストン美術館で開催された藤島武二展でも貴重な画稿などが出ていたが、今回は初出のものも多いそうで、とても有意義な内容になっている。
わたしなぞはただの鑑賞者だから良いものを見れて喜ぶだけだが、研究者の方、そしてこの展覧会の企画・運営の方々にとっても、この展覧会はとても大きな価値のあるものに違いない。

駅から公園に入り、階段を上がると目に入るのは初期のアールヌーヴォー風な作品が貼られた窓である。いい感じ。



武二は京都の浅井忠ともども洋画家にして、素晴らしき意匠家でもある。しかも二人とも教師としてもとてもいい。
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チラシは「婦人と朝顔」この絵はとても人気があり、2008年の「誌上のユートピア」展の葉山館でのチラシ表を飾っている。
こちら
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この絵から展示が始まる。

ところでわたしは武二は美人画と装幀作品などがベストだと思っている。
2007年に小磯良平記念館で「武二と小磯」展をみて、いよいよその思いを強くした。
当時の感想はこちら

1-1.修業
明治初頭の洋画界の作品などを見る。
洋画界というのもちょっと当らないか。
小出楢重が書いていたが、画学生の小出が新聞に出たとき「油絵師」と紹介されていたそうだ。明治末の話。
その「油絵師」のいた頃の話。まずは先人から。

平山東岳 松下虎図  松に首をこすり付けてこっちに出る猫虎さんだが、その首の長いことに驚くよ。しかも喉白。・・・これはやっぱり猫だわ。

曾山幸彦 上野東照宮  ああ、明治の油絵。鳩遊ぶ境内、明治やー。

山本芳翠 婦人像  青緑の着物の温和な令嬢。胸元には可愛い筥迫。

黒田清輝 アトリエ  モデルの女と画家とがいる風景。このモデルが背中が丸くて、なんとなく医者と患者の位置関係。

いよいよ武二の絵。
文殊菩薩像  ・・・一言でいうとおっちゃんである。墨絵。堂々たる姿。

桜の美人 1892  
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本画は失われてしまったが、この絵があるのは素晴らしい。御殿女中風な美人。
顔色に薄緑が載るのが思えば不思議。西洋では膚に緑が載るのは死者の証拠みたいなことを聞いたが。とはいえ、ドンゲンの美人には緑色が載ったのもいるか。

桜狩(習作)1893  駕籠に身を持たせる女たち御殿女中である。。若衆もいる。徳川末期の頃の気分が漂う。
人々に油絵を鳴れてもらうには、まずは和風な画題から。
この本画は安田善次郎が購入したそうだが関東大震災で焼失。惜しいなあ…

池畔納涼 1898  藝大でたまに見るが、好きな一枚。池の蓮がよく咲いているな。
柳の下のベンチで二人の若い娘。明治の女学生のココロモチが伝わってくるようだ。
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島津久治像  旧藩主の一族の肖像画。目つきが大変鋭い。

1-2.飛躍
20世紀初頭の、明るい未来を想う浪漫時代。

夢想 1904  これは2009年に横須賀美術館の常設で見た。当時のわたしはこう書いた。
「女の目が半開きでどこかを見ている。上を見ていれば神への祈り、伏せ目ならメランコリックな物思いにふけっている、というところだが、女の目はやや斜め下へ向くだけだった。」
今見たら「・・・まだ眠たいのだね」と言うてしまう。

さていよいよ「日本のアールヌーヴォー」の立役者の一人としての活躍がある。
以前堺市での「日本のアールヌーヴォー」展の感想
「藤島武二、橋口五葉、浅井忠、この三者が最初にして最大の作家たちだと言うのは間違いないように思う。
武二は「明星」「みだれ髪」の表紙や明治半ばに爆発的ブームを迎えた絵はがきの製作の立役者として、アールヌーヴォー風な絵を世に送り続けた。」
そう記したが、今回の展示を見てますますその思いが強くなった。

与謝野晶子の著書、「明星」の表紙絵は、百年以上経った今もとても魅力的。
たとえアールヌーヴォーの影響をもろに受けて描いたものであっても。

「小扇」画像はさかい利晶の杜で撮影したもの。
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「毒草」「鉄幹子」「みだれ髪」などなど名品が並ぶ様子は本当に素敵。
わくわくする。
こうした作品群は見るだけで嬉しく、キモチよくなる。
さかい利晶の杜での展示風景はこちら
ああ、浪漫時代・・・

他にも武二は鴎外の翻訳本「寂しき人々」、川上瀧彌・森廣「はな」でも魅力的なアールヌーヴォー風な装幀を拵えている。
これらは専ら20世紀の始まりから大正に入る頃までの作品。

「世界裸体美術全集」の装幀はコクトー風な線描で、また一つ時代が進んだ感じがしてよかった。
「中学世界」「三田文学」「スバル」・・・いずれもジャケ買いした人もいただろう。
グラフィックの才能の豊かさにときめく。

「美人と音曲」と題されたシリーズものの6点のうちから4点。
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これらがガラス窓に貼られ、観客においでおいでをする。

明治の絵ハガキブームの時代、武二のグラフィックはとても人気があったろう。
だからこそ今も作品が活きる。

2-1.留学
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フランスとイタリアと。
武二がパリで見たものは後期印象派、フォービズム、キュビズムだった。
大きな転換期に立ち会ったことは幸運だった。
そしてイタリアではルネサンス美術に触れ、更にギリシャ・ローマ遺跡へも関心が向かう。
とても豊かな実りをもたらす留学だったのだ。

この時期に描かれた作品のうち、親しく思っているものがいくつか出ていた。
幸ある朝 泉屋分館  窓辺で手紙を開く女の幸せな様子
チョチャラ ブリヂストン  その地方の花売り娘。
糸杉(ヴィラ・ファルコニエリ)  池にも巨大な糸杉の列が映る。

フランスの頃よりイタリアで留学して得たものが大きいように思われた。

2-2.模索
時期的には関東大震災の頃まで
ここでも親しい婦人たちに再会する。

うつつ 1913  戦前を舞台にしたフランス映画に出てきそうな女。「夢想」とはまた違うものの、どこか近い。

花籠 1913  京近美でよく挨拶する。花籠を頭上にして静かに微笑む若い女。ちょっとばかり頬の縦の赤みが気にかかる。
この時期から朝鮮美人を描いた絵が時折現れるようになった。

朝鮮風景 1913  ここでは白服の二人がいる。白服は現地の人の愛するもの。
展示ではこの一枚だが、他にも数点同題の絵がある。いずれも風景に力を多く注いでいる。

匂い 1915  チャイナ服を着た女性が鼻煙壺を楽しむ様子を描く。この絵もとても親しく思っている。
無為の美と言うものを感じさせてくれるからだ。

風景画が段々と増える。
静 1916  東博  二重の虹がかかる様子を描く。東博で見る度、虹の先のことを思う。
アルチショ 1917 巨大なアザミが咲いている。
カンピドリオのあたり  階段の良さがとてもここちよい。

もうあの素敵なグラフィックは望めなくなっている。

2-3.転換
東洋と西洋の融合というか、そうした作品も現れだす。

唐様三部作 1924  久しぶりに見る。唐代初期の女性たちがそれぞれ枠内で華やかな様子を見せる。
白馬に乗る若い女、そして他の女たちそれぞれの 凛々しい姿が描かれている。
ブリヂストンで見て以来の再会。

鉸剪眉  mir323.jpg
これから「芳恵」「東洋振り」といった名品が現れるのだ。

3.1.追及
風景画とアジア女性の絵が多い。
潮岬、大王崎といった海景を多く描いている。
それから台湾を旅した成果もあり、パステル画でのイキイキした女性の絵もある。
他にフルーツのスケッチなど。
ただ、美人画ではなく、他民族の女性をモチーフにしてその風俗を描いたもの、といった雰囲気になった人物画と風景画は、わたしにはあまり楽しいものではない。
同じように風景画であっても浮世絵や新版画はとても楽しいのに、洋画の風景画はあまり惹かれないのだ。
日の出シリーズも素晴らしいのだが…

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3-2.到達
蒙古を旅したときの風景画の大作が出ていた。
蘇州の絵もある。

そしてついに耕到天の登場である。
大原美術館でこの絵を見たとき、色の配列は面白かったのだが、どう名作なのかがわからなかった。
当時のわたしは洋画鑑賞修行中の身で、自分の嗜好よりも「名作」と呼ばれるものを名作だと思う目で観なくてはならない、ということを優先していて、それに疲れていた。
「好き」よりそれを優先していたのだ。
だから疲れる。
いい絵ではあるが、しかし武二はやっぱり初期から中期の美人画が最高だと今のわたしならはっきりと言うのだが。

武二の良さをどこに見出すかは個々人により違うと思う。
だからこの展覧会で自分の好きな武二作品を見出せばいいと思う。

多少展示替えもある。
9/18まで。
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