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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「国宝」展 第2期へ行った

国宝展の第2期に出向いた。
金曜の夜間開館の時だが、それでも人は多い。
1期の感想はこちら

最初に現れるのは書。
今期は空海と最澄の書跡である。
面白かったのは唐からのお持ち帰り一覧表。
雄渾な空海の書と違い、優しげな最長の書は事務にも向いている。
空海のお持ち帰り品も彼が清書したものがここにある。

1期と同じ作品もいくつか出ている。
京博所蔵の釈迦金棺出現図や雪舟などがそう。
六道絵・餓鬼草紙・病草紙は巻き替えだが、やはりここらの和製「怖い絵」の人気は高い。
ヒトはどうしても「怖いもの」から離れられない、観てしまいたがる。

早来迎図が金棺出現図から少しばかり距離を置いて展示されていた。
イメージ (426)


信貴山縁起絵巻は尼公の巻が出ていた。先年の展覧会での人気ぶりを思い出す。
法然絵伝36巻はやたらと近代的な画風なので、描かれた人々の表情が理知的であったりする。特に気になる美少年もいた。童子とそれから木の下に佇む丸顔の若い僧侶が可愛い。

彦根屏風が来ていた。遊楽図としてとてもいい。
この屏風は彦根城で見るとき撮影可能というありがたいもので、それだけによけいに親しさを感じる。

華厳経に登場する善財坊やを描いた絵巻が好きだ。今回はわりと広く開いていた。いつのときも善財童子は愛らしい。
わたしが善財を知ったのは高橋睦郎「善の遍歴」からだった。今でも何でも思い出すからよほど印象が強いということだ。
この愛らしい坊やを見ながらあの小説を思い返している。

秋景・冬景山水図 伝徽宗  東洋絵画も当然ながら素晴らしいものばかりで、これもいい作品だが、少しばかり淋しくなる。
わたしは賑やかなのが好きだからなあ。

帰牧図 附 牽牛 李迪  大和文華館からはこれが来ていた。さすがに牛の鼻づらにぶら下げた餌は見えない。
前に模写を数点見て、それでそんなものがあるのを知ったのだ。

釈迦如来立像 一軀 中国・北宋時代  例の清凉寺の御本尊。拵えたときとキジルへ逃げ出した顛末を描いた絵巻は1期に出ていた。面白かったなあ、昼は人が・夜は仏がおんぶしあって旅をする。

紺糸威鎧  厳島神社から来た。何年前か「大神社」展ではなく、奈良博の「厳島神社」展で来たのだったのか。あのときは災害復興のための、言わば御開帳だった。

ぎりぎり天寿国繡帳と再会。アップリケなところもある。可愛い。
思えば正倉院の宝物よりずっと昔のものなのだなあ・・・
獅子狩文錦にも再会。もう29日まで。
本当に好きだ。

徳川美術館の初音の調度、琉球王家・尚家の工芸品の数々。
どちらも表現は全く異なるが、共に技術と風雅の粋を集めたもの。
優美さ無限。

さてついにわたしは世界に残る三つの曜変天目茶碗の最後の一つ・龍光院のそれと対面する日を迎えた。
藤田美術館・静嘉堂文庫のそれらとはガラス越しとはいえ深い凝視が許され、心行くまで眺めたりもした。
今回は彼らとは少しばかり違うはずの曜変天目。
実はこれまで情報をあえて閉ざしてきたので、どんな形状なのかわたしは知らないままなのだよ。
ドキドキする。
最前列で見たい人と背後からOKの人々と分けられる。
列に並び10分ほどで最前列に来た。

ついに最後の曜変天目を間近鑑賞した。キラッキラッに光っている。
しかもその星はなんと猫の肉球そっくりで、器の中にキラキラ光る猫の足跡がペタペタにしか、見えない。
螺鈿のような耀き。視点を変えてもキラキラ。しかも猫の足跡風。
こんな萌えるもの久しぶり。なんて可愛らしいのだろう。
目を通り越して脳に直にくるようだ。
ああ、よいものを見た。

もう一度見たいと思ったが、最前列鑑賞は大変な行列になっていた。
諦めて背後から眺めたが、どういうわけかキラキラ感は薄れていた。
惜しいことだ。いや、やはり間近でみつめることが尊いのか。

二つの金剛経がある。張即之と蘭渓道隆が記したもの。どちらも魅力的な文字。
有難いお経なのだろうが、そんなことはあまり考えず、好きな字を追いかけた。

会社を早退して出て来た甲斐があった。
第2期もそろそろ終わる。
次の3期もとても楽しみだ。
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