美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

生誕130年 小村雪岱 「雪岱調」のできるまで その1

小村雪岱の展覧会がかれの郷里の川越で開催されている。
かれの記した随筆集「日本橋檜物町」に川越から東京へ向かう舟のことがある。
読むうちに朦朧としたうつくしい心持になる。
その一節を思い浮かべながら美術館へ向かったが、舟でいってみたい気持ちがあった。
しかしながら現実には有楽町線の乗り入れ先にそのまま連れて行ってもらった自分がいる。

雪岱の名は泉鏡花があたえた。
言葉へのつよい愛情と畏れとを懐く泉鏡花は雪岱にとっては、生涯最大の恩師であり畏友であった。
雪岱の画業の始まりは学校で下村観山で学んだことから始まる。
かれは若いうちから鏡花に憧れ、やがてめぐり合うべくしてめぐり合い、以後の生涯をうつくしい絵を描いて送った。

展覧会のタイトルは「生誕130年 小村雪岱 「雪岱調」のできるまで」である。
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「雪岱調」とはなにか。
白と黒の美しい線描で表現された女たち、澱みのない線で構成された建物や室内、町の様子をさしている。
色彩があるときはあくまでもひかえめでいて、しかし印象深い色遣いをみせている。
文字もまた一見個性的でないようでいて、実は個性を押し通した書体をえらんだ。

雪岱は
・鏡花本の装幀家
・邦枝完二・子母澤寛・吉川英治ら時代小説の大家と組む挿絵画家
・六代目菊五郎のための舞台装置家
というイメージが殊に強い。
実際それは間違いではなく、「雪岱調」が完成するのは邦枝と組んだ「おせん」「お傳地獄」だからである。

挿絵の仕事の始まりは里見弴の人気作「多情仏心」だが、まさかのコンテ絵で、線描が命の後の作風とは全く違うもので、当時もあまり評判は芳しくなかった。
とはいえ小説自体は人気で、映画化もあり、更に今も手に入れようと思えば出来る作品である。
わたしはコピーだが、その挿絵を持っている。確かに後の彼の作風とは全く違い、これはこれでいいのだが、「雪岱調」の文脈から大きくそれることは確かだ。
いつか紹介しようと思うが、ここではあえてスルーする。
そしてその後から「雪岱調」が生まれるのだ。

展示を見る。
「おせん」から始まっている。木版の綺麗なもの。
ただし死後の刊行である。
雪岱は鏡花の死後暫くして急死している。

1.大正期の雪岱
明治末の画学校時代の作品がある。
春昼 1908  「春昼」とは鏡花の小説であり、絵はそれを描いたものだった。
この小説のジオラマは金沢の泉鏡花記念館にある。
場面は違うがどちらもよく出来ていて、「春昼」とその続編「春昼後刻」を思う度、この絵とジオラマとが心に浮かぶ。

柳 1908  手前に赤いユリが二輪さく。風景ではなく情景であり、また舞台の書割のようでもある。
こう書くと絵を軽く見ていると思われる向きもあるかもしれないが、わたしは挿絵と舞台装置は本画と同じ価値を持つと思っている。
つまり、この若い頃の絵に既に雪岱の後の仕事の一端が見える気がしたのだ。

唐津くんち 1907  好きな絵。遠くにぼんやりと祭の喧騒が閉じ込められている。

本の装幀をみる。
大方は鏡花のための仕事である。
これらは本の宝石箱だと思う。
明治から大正そして戦前までの単行本の装幀の美しさに関しては、以前から何度か展覧会も開催されて、今の世に知らしめられようとしている。
その中心にはこの雪岱、橋口五葉、中澤弘光、藤島武二、竹久夢二らがいる。

以前に金沢の鏡花記念館で見た展覧会もよかった。
当時の感想はこちら
「日本橋」「鏡花選集」「遊里集」「由縁文庫」「鴛鴦帳」「愛艸集」「雨談集」・・・
他の作家のための仕事もいい。
長田幹彦「白弦集」、「祇園夜話」、田山花袋「柳暗花明」、遅塚麗水「東京大観」、谷崎潤一郎「近代情痴集」・・・

雪岱は資生堂でもいい仕事をしている。
以前にその様子を集めた展覧会を見た。
資生堂アートハウスでの小村雪岱展である。
当時の感想はこちら

その資生堂でデザインした香水瓶がいくつか出ていた。
「梅の花」「藤の花」「菊」といった和の美を感じさせる香水である。
いずれも大正。
山口小夜子以前の和の美を体現したものだった。

雑誌の表紙絵がある。1916年。
「をとめ」1号「春のつどひ」と3号「やよひ」どちらも少女向けのもので、目は既につよく吊り上がっていた。

珍しい所で武者絵の貼り混ぜ屏風がある。1926年頃  この中で笹を駒にした少年の絵があり、誰か不明ということだったが、わたしはなんとなく阿新丸(くまわかまる)を思い出した。古径の描いた少年が笹を掴む姿をみての連想かも知れないが。

他に資生堂の雑誌「銀座」、中山太陽堂が母体のプラトン社「苦楽」の表紙絵とその原画がある。
また鏡花を介して知り合った鏑木清方の名品「註文帖」口絵集の模写があった。第13図。
お若が剃刀を咥えて髪を抑えながら顔を挙げるシーンである。
さすがによく似せて描いている。
これはかれの随筆「日本橋檜物町」にも記されている。

雪岱は清方を尊敬していた。
清方も雪岱の仕事ぶりとその人柄を愛し、自らの随筆集の装幀をたのむこともあった。
鏡花を間にして二人は互いを好もしく思い、よいつきあいをした。
かれらの交友を記した様々な資料を思う度、心が清くなる。

美人図  一目見て清方の名品「築地明石町」を思わせる作品。たぶん雪岱は清方のあの名作を自分も描いてみたくなったに違いない。

2.挿絵の仕事
前述のとおり里見弴「多情仏心」が雪岱の挿絵デビューである。
雪岱だと思うことなく絵を見れば、決して悪いものではない。
この小説は1922-23年の「時事新報」夕刊に連載されたとあるが、今ちょっと確認できないが、年末のあわただしい時の連載開始を里見弴はきらい、年末三日分は本編と無縁な短編を書いていて、新年からきちんと本編を始めている。
その辺りの事情を里見弴の随筆で読んでいるが、どの本に記しているか、調べる時間がちょっとない。
手元にある本のどれかに記されているので、近々再読してその部分を引用しようと思う。

時事新報 1923.3.9の一面がある。主人公・藤代信之がお澄に話しかけるシーン。
「妾宅」13である。
新聞の他の記事をちょっとばかり紹介する。
ラ式フットボール(今のラグビー)の観戦記、ウォータールーでイングランドvsスコットランド。
イプセンの芝居も流行っていた頃か。

前後編2冊が紹介されている。新潮社刊行。最後の版も新潮社文庫である。わたしの手元にあるのがそれ。
小説のラストは信之の死で、1923年9月1日午前。それから数時間後に関東大震災が起こるのだ。

少しばかり間をおいてから、いよいよ「雪岱調」の挿絵が現れる。
村松梢風 綾衣絵巻 東京日日新聞 1928.10.17  下絵である。数人の坊さんがいる。
戦後刊行の本が出ている。初版は1929年平凡社刊行、どちらも雪岱の挿絵入りらしい。
国会図書館のデジコレに入ってはいるが、村松の著作権が切れていないので、webでは見れない。

1928-29年刊行の「日本歴史物語」上下巻それぞれ挿絵を担当している。
上巻は喜田貞吉で絵は「法隆寺」と「八幡太郎」。
下巻は中村孝也で絵は「織田信長」「関ヶ原の戦い」「桜田門外の雪」。
八幡太郎の兜の龍が妙に可愛く、信長は本能寺で弓を構えていて、桜田門外の乱闘はロングで捉えている。
それぞれ工夫された挿絵。

挿絵というものは一目で見る者の心を掴まなくてはならない。
それはポスターも同じ。
わたしは挿絵もポスターもとても好きだ。商業芸術に溺れる歓びを知っている。
雪岱の挿絵には強い力がある。

里見弴 闇に開く窓 大阪朝日新聞 1929  7回分の挿絵がある。
これは以前の展覧会でみた。すっきりと白と黒の雪岱調である。
「巻線香」9、「人づて」4、「日向室」3、「手提鞄」2と8、「早春」8と10。
「人づて」4の紳士は仲良しの水上瀧太郎の風貌を思わせる。
「日向室」3 サンルーム。庭がちらりと見える。
「手提鞄」2 曰くありげな奥様二人がデパートらしきところにいる。
「手提鞄」8 女の生え際・もみあげがたいへん雪岱調。

ところで雪岱は「昭和の春信」と謳われた。実際わたしなども初めて雪岱の絵を見たとき「春信??」と思ったくらいだ。
当時高校生だったので、雪岱の良さと言うものがちっともわからなかった。
あの頃から好きなのは清方、松園さんで、そのあたりは今と変わらない。
その「春信」だが、「絵本青樓美人合」が展示されていて、雪岱の勉強の道筋が伝わってくる。
そしてその勉強の成果が出た仕事もある。
江戸時代の遊里や川柳や洒落本の研究本の表紙絵を担当しているが、全くわざとらしさがなかった。

田中貢太郎 疾風時代 挿絵下図 東京日日新聞夕刊 1930.7.2  彦太郎という侍の腕に抱かれる小清、「ああさん」と男を呼ぶ。下絵の方が艶めかしい。

その掲載誌をみると、ボンベイ、英国といった文字が見え、「ボリビア革命成功」という記事もある。ここらの歴史を調べたが、ちょっとわからない。ボリビアと言うとシモン・ボリーバルを思い出すが、それではないし…
小泉逓信大臣の名もある。今の小泉純一郎元首相の祖父で通称「いれずみの又さん」。

佐藤春夫による「雨月物語」の「蛇性の婬」の挿絵原画がある。1934年「婦人公論」。
清方のそれもよかったが、雪岱のもいい。

白井喬二と組んだ仕事もいいのが多い。
「悪華落人」「斬るな剣」「盤嶽の一生」…スイカ畑の番人をする盤嶽の清々しい後姿などはなかなかよかった。
「斬るな剣」には寸法の指定が書かれていた。こうした指定のあれこれを見るのも楽しい。

いよいよ邦枝完二との仕事が出てきた。
江戸役者 東京日日新聞・大阪毎日新聞 夕刊 1932
八世団十郎の物語である。春信ではなく国貞風な絵面だった。
6点の挿絵原画があった。
単行本と一枚絵もある。
屋形船の障子が開き、月に雨松柄の杯洗を傾ける女の腕が出ている図。
雪岱は女の顔を描かずとも、二の腕や腿だけでその女の色気を表現する。

長くなるので一旦ここまで。



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