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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵─美しい暮らしの遺産─ その1

今年のアタマに「京博のお正月 いぬづくし」展を見たとき、次回の展示が「貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵─美しい暮らしの遺産─」だと知った。
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だいたいこういうのを見ると、それだけで「行こう」と思うもんです。

それで今日暑いくらいの天気の中、東山七条に向かったが、もうどうしようもないほどの質の高さと物量に参った。
これまでも豪商の遺産はいろいろ見てきている。
三井家、田中本家、柏屋などなど。
しかしこの物量に参った。
なんなんだ貝塚の廣海家。
素晴らしすぎるやないですか。

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気軽に見に行ったのが運のつきだったな…
「どんな感じかな」とか軽く思っていったら、あまりのレベルの高さに圧倒されてしまった。
そもそも廣海家とはなにかという説明をよむ。
「廣海家は、大阪府貝塚市の旧商家。米穀の廻船問屋として天保6年(1835)に開業し、肥料商、株式投資、銀行経営などで財をなし、地域の近代産業の発展に寄与しました。その広大な敷地には、間口約34mの巨大な町屋、茶室、4棟の土蔵がならびます。この蔵に眠る大量の書画、茶器、調度が、当館に寄贈されました。秀吉の書状をはじめ、伊藤若冲、司馬江漢、柴田是真の作品など、商家の暮らしのなかで使われてきた品々をお披露目します。」

第一章 寺内町の廻船問屋
廣海家の歴史を章ごとに紹介している。
以下、全て引用。

「江戸時代の貝塚は、大名の支配地ではなく浄土真宗の願泉寺が治める寺内町でした。廣海家は、本家にあたる明瀬家が、摂津国鳴尾の酒造家、辰馬家から養子を迎えて分家することで生まれました。その際、願泉寺の住職卜半了真から「広い海」という名を授かりました。本章では、海辺の町、貝塚に誕生した廻船問屋、廣海家を紹介するにあたり、貝塚や卜半家にかかわる品や、海、波、船をモチーフにした作品をご覧いただきます。」
ああ、辰馬家からの養子さん迎えて分家としてたったのか。
本家の明瀬家は「みょうせ」と読む。

花鳥人物図扇面貼交屏風 6曲1双  狩野派の仕事ではと言うことで、なるほど中国人物の図も少なくない。一扇目の下の扇面、虎がぐるっと回って迫力あるところを見せているのがよかった。

入舟図屏風 6曲1隻  横に時間軸がある。シュールな絵柄だが、シンプルさがいい。

びっくりしたのが望遠鏡。
竹製遠眼鏡 岩橋善兵衛作  大は170cmくらい、小は90cmくらいか。岸和田藩から譲られたそう。
恐らくは邸宅の二階から泉州の海を見ていただろうとのこと。
この岩橋善兵衛は伊能忠敬の依頼も受けたとかで、幕末になるとやはりこうした仕事の出来る人が現れるものだと思った。

南蛮屏風 6曲1隻  地に金銀散らし過ぎている。象さんが可愛い。

富岳遠望之図 司馬江漢  七里ガ浜から江ノ島越しに富士山を見る。右手には漁師親子か。
この辺りからの構図、江漢は好きだったのかな。

二葉形扇掛 貝塚焼  白と緑の二つの葉形をくっつけている様子は心臓をくっつけ合っているようだった。

帆掛船蒔絵螺鈿重箱  さすが!
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波濤を超えて。

船団図 狩野永信  これがなんだかもうスゴイ。縦長の画に様々な紋をつけた帆船がどんどんやってくる。真正面から来る来る。
どーんっと入港してくる。

第二章 抹茶と煎茶
廣海家の四棟の土蔵のうち一棟には、茶道具がぎっしりと詰まっていました。主に4代当主が明治時代の終わりから戦前にかけて集めた品々です。といっても大金を積んで名物を手に入れたわけではなく、地方の数寄者として茶の湯を楽しみながら蓄えたものでした。同じころ流行した煎茶の道具もあります。明月記断簡、豊臣秀吉の消息、伊藤若冲の筍図などを床の間に飾り、柴田是真の銘々盆などにお菓子を盛りました。

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金彩色絵菊置上香合 永樂保全(十一代)  いかにも保全らしい可愛い白菊。これと同形のは見ているが、やはり可愛い。

茶道具の名品がずらり。これだけでもわくわく。
わたしは茶道具を拝見するのがとても好きなのだ。
名品や伝世品のよいのが集まっている。
秀吉の消息があった。
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隣にいたおじさんが連れの女の人に解説していた。

一入の黒樂、萩茶碗、宗旦の茶杓、上から見れば七宝形の七宝釜、奥平了保の万代屋釜(もずや・がま) この辺りもとてもいい。

一閑人蓋置 中川浄益  四角い井戸の縁に掴まるヒマジン(!)。

彭祖棗 中村宗哲(三代)  70歳の時に100造っためでたいもの。

菊蒔絵棗 勝軍木庵光英  菊で埋められている。
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小さくて可愛らしい香合がいい感じに並んでいるのもよかった。

青海波塗菓子銘々盆 柴田是真  波がザザザッッッのあの光の加減で変わって見えるのがあった。
いいなあ、大好き。

田楽箱 五種  樂吉左衛門/駒沢利斎/中村宗哲/永樂善五郎/飛来一閑  明治-大正の名品。五人それぞれ千家十職の家の技を見せて拵える。
樂のは赤楽と黒のまざった当代のそれによく似たものなのが不思議だった。
それぞれの家の技が出ていてとても面白く思えた。

煎茶具も揃えられている。
竹製鱖魚木彫仙媒 加納鉄哉・早川尚古斎(三代)  仙媒とは煎茶で茶ッ葉を急須に移す用具で、硬い方の八ッ橋をひっくり返したのに形が似ている。

朱塗菊花形托子  1911年、愛知の盛田家(ソニーの盛田氏の実家)の売り立てを購入したそう。

棕櫚図 林閬苑  濃淡で間近に描いた棕櫚を描き分けていた。

筍図 伊藤若冲  竹になりつつある。のびやかな勢いのある絵。

一旦ここまで。
まだ圧倒されたのが残っているらしい。続く。


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