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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2018年、春を呼ぶお水取り

毎年東大寺の修二会、お水取りのお松明を見に出かける。
その前には奈良博の展覧会を必ず見る。
毎年同じものが主体ではあるが、その度に色々発見があったり再会があったりで、決して無碍にはできないし、してはならない。
イメージ (744)

絵巻も年により違う場面イメージ (745)

内陣の再現がされているのもありがたく尊い。
拵えられた造花の椿が愛らしい。
音声も録音されたものが流れていて、それを耳にするだけでもドキドキする。

火が赤々と燃え盛る様子を見るのが好きだ。
それが宗教儀式の中にある。
そのこと自体にも惹かれる。
火によって穢れが消える気がするからだが、実際のところこの修二会ではお松明の火は練行衆(れんぎょうしゅう)の足元を照らすためのものなのだ。
しかしそれでも外に集まる大群衆にとっては特別な火に他ならない。


向う前日、毎年聴聞にゆかれるhikotaさんのお話を伺い、色々と知ることができたのはよかった。
わたしは遠くから火を眺めるだけで勝手に罪・穢れが消えて「ああ、健やかな」と思うのだが、本当ならばやはりhikotaさんのようにつつましく日を重ねて二月堂へ向かうべきなのだ。
だがわたしには到底できそうにないので、勝手に心を清らかにする。

この日は夕方五時半過ぎに東大寺に到着。



夕日がきれいだった。




今回は二月堂真横の石段手前のところに。案外この辺りは空いている。警察本部のところ。
それでドキドキしながら待つうちについに鐘が。
だが、この辺りの照明は落ちない。本部前だからかな。





風の影響で火の粉は真下に来ず、横へ散っていった。
燃え焦げた杉を少しばかり拾い、石段を上ろうとしてそこに文様があることに気付いた。
こちらはあべまつさんによるご提供


hikotaさんの「小観音さんが来られた難波津を表したりしているのかな、などと」というお話にも頷くものが。





夜景はあまりわからないが、敬虔な気持ちになる。

回廊を下りる。ここを1時間ほど前にお松明が上っていったのだ。
外へ出るといいものを見た。




いつもと違うルートで奈良博前のバス停へ向かう。
池を挟んでみる提灯を間近に見てしまう。


遠くから見た方が怖いような良さがあったが。

他方、築地塀の良さは奈良に来なくては味わえない。

これで春が来る。
春を呼ぶお水取り。

罪過消滅と平和や安寧を願って帰る。
こちらはhikotaさんよりいただいた二月堂の手ぬぐい。
こぼれ椿。
イメージ (768)
可愛いなあ。

お松明は今夜まで。
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