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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」をみる

東京国立近代美術館で熊谷守一の回顧展がいよいよ終盤を迎えている。
このブログを始めてから3回ばかり熊谷守一の展覧会の感想を挙げている。
2008.3.5 埼玉近美 熊谷守一展  当時の感想はこちら
2011.6.19 熊谷守一美術館で見たもの  当時の感想はこちら
2017.4.27「おまえ百まで わしゃいつまでも」熊谷守一  当時の感想はこちら
あとは愛知県美術館に行くと木村コレクションがあるのでそちらもしばしば小さく記している。

長命である。
作品数が大変多い。それも身近な生物を描いた作品がとても多い。身近でなく幻獣である「鯤」まで描く。後半生の30年ばかりずっとひきこもりだった。
熊谷守一美術館のその自宅でずーっと絵を描き、猫を撫で、虫を観察し、草花を愛でた。
それで大量の作品を世に送った。
出し惜しみなどせず、描きたいものを描き、ヒトに会わず、ヒト以外の生命体を描き続けた。
書もある。なんだかもうどういいのかさっぱりわからないが、妙な味のある字を書く。
それも「すらか」「めずす」などである。
爺さんだから字の向きが違うのか、字の形を考えてこうしたのか。
本人でもなく、研究者でもないので、本当のところはわたしではわからない。
だが、なんとなくいい。
その説明できない良さに、結局は溺れてしまうのだ。
イメージ (719)

さすがに近美、人生を丁寧に追う。

科学生時代の熊谷の裸婦や「轢死」の女たちの様子を見る。
後年の絵とは全く違うので、よくまああの世界に到達したなあと感心する。

ほぼ何も見えなくなってしまった「轢死」。しかしそこに女の遺体はある。
それを思いながらじっと絵を見る。

この時代の熊谷の絵についての解説の中で「暗闇でのものの見え方を探ったり」していたとあるが、後年の絵を先に知っているからよいけれど、そのまま何も思わず見ていたら、ちょっとヤバイ画家なのか、と思ってしまうところだった。
しかしこの「轢死」への熊谷の関心の高さ、というものには興味が生まれる。

イメージ (720)

陽の死んだ日  最初に大原美術館で見たとき、胸を衝かれたが、それは何に対しての感動だったのだろう。
画家の子どもが死んだことか、それを熱心に描いたのを「画家の情熱」からくるものと思わなかったのはわたしがまだ子供だったからか。
純粋にいい絵だと思って感動していたように今となっては想われる。

貧困の中で熊谷の子は亡くなる。
やがて画風が確立したころ、今度は別な子どもが亡くなる。
 
ヤキバノカエリ  いつもこの絵を思うとき西条八十の「呪詛の歌」が蘇る。
地婆 鬼婆 牙 八重歯 行き先墓場 途中に焼き場
 
もう、離れがたい。

画風が確立した後の絵を見るのは楽しい。
これまでに何度も見てこれたので、今回は純粋に絵を楽しむことに専念した。
そうなるとまた色々思い至ることも出て来るし、初めて見た絵に喜んだりもある。
楽しい。

イメージ (767)

シンプルなようにみえて、たいへんな試行錯誤の末にここに至ったということを改めて想う。
猫を撫でている手は可愛がるだけでなく、その猫の骨格を探っていたことを知る。
そうなのか。

マティスを想う。共通するところがあると思う。
熊谷守一も究極の試行の末にシンプルな線と明るい色彩に到達した。
一目ではわからない技巧が活きているのだ。

やがて展示で一番気に入った場所へついた。
「猫の壁」である。
ずらーーーっと猫の絵が壁一面を占拠している。
楽しくて仕方ない。
行きつ戻りつを繰り返し、猫の様子をながめた。

こういう風に好きな作品・気に入った作品を何度も繰り返し眺めることができるのは幸せだ。

いい展覧会だった。
3/21まで。
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