美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「ルドン 秘密の花園」へいった

三菱一号館の「ルドン 秘密の花園」展は会期が長くてありがたい。
洋画は傷みが日本画や浮世絵に比べて少ないので長期間の展示が可能なのだ。
壁画として製作される作品にも納得する。

二種のチラシが手元にある。本当はどれだけあるのか知らない。
わたしの持つのはこの二枚。
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カラフルなルドンである。

十年程前「ルドンの黒」展があったが、あれは鬱屈した。
久世光彦の「怖い絵」に取り上げられた絵も出ており、キモチ悪さが先に立った。
今回はカラフルな作品が多い。とはいえ、それで明るく楽しいというわけではないのだが。

ところで先に記しておくが、今回どういうわけかわたしの見る絵見る絵すべてに妙な隠し絵というか、本筋から離れた何かが見えてしまい、それが気になってそちらばかりを追うことになってしまった。
印刷された画像などではそうはならないのに、どうしてか現物を前にすると、妙なものばかりが見えてきて、自分の見てるものが何かわからなくなってしまった。
こんなことはこれまでなかったので、かなり不思議に思った。
なのでこの感想では、本来ならその絵にあるはずのない事象や描かれていない何かに関しても書いていることがあるかもしれない。
そしてそれをわたしは現実なのかこちらの錯覚なのか判別できないでいる。

1.コローの教え、ブレスダンの指導
まず絵を見てから解説を読むことにしている。

木々の習作 1875 年頃 木炭/紙 49.3×38.2 cm シカゴ美術館  なんだか妙な木だと思った。いろんな顔や叫びが木に込められているように見えた。

風景 油彩/カンヴァス 39.0×48.0 cm 岐阜県美術館   さかしまの風景があり、木々に花が少々咲いている。

ペイルルバードの小道 油彩/紙( 厚紙に貼付)46.8×45.4 cm オルセー美術館  ルドンは幼少時ここに預けられていたそう。
海のような青色の空に木花が開く。
他にもこの地のポプラを描いた絵があった。

青空の下の木 1883 年頃 油彩、黒鉛/紙( 板に貼付)30.2×24.1 cm ニューヨーク近代美術館  幹の皮が捲れて斑になっている。その斑がとても気になる。

スペインにて 1865 年 エッチング/紙 22.2×15.9 cm シカゴ美術館  当たり前かもしれないが、砂が渇いていそう。
中央の木の右隣にいる誰かは何をしているのだろう。
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ロドルフ・ブレスダン  善きサマリア人 1861年 リトグラフ/紙 56.0×44.0 cm ボルドー美術館  とても細密な絵で、この絵はボルドー美術館展で見ている。これだけ描きこむととても疲れるだろう・・・

夜 I. 老年に 1886 年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)24.8×18.6 cm 三菱一号館美術館  横顔の男性はブレスダンがモデル。白いひげの男性。師匠との別れがどのような形の傷をルドンに残したのかを、知りたい。そんなことを思う。

コローからの教えは嘘に本物を交えるとその嘘が本物ぽくなる、という意味合いのことだった。
吉野朔実の作品にそんな言葉があり、わたしの中で混ざり合ってしまい、今となってはコローの正確な言葉が思い出せなくなった。

2 人間と樹木

兜をかぶった横顔 1869-1879 年 木炭/紙 37.0×29.0 cm プティ・パレ美術館  かっこいいな。そしてとても静か。右を向く。そこにユリがある。フランス人にとってのユリの意味は重い。だが、わたしはそのユリの花がどう見ても人の顔に見えた。 

荊の冠の頭部(キリストの頭部)1877年 木炭、鉛筆/紙 31.0×28.5 cm プティ・パレ美術館  目が死に向かっている。諦念ではないが、現状を把握している目だった。


『 夢のなかで』 表紙=扉絵1879年 リトグラフ/紙 30.2×22.3 cm 三菱一号館美術館  ラトゥールにリトグラフを教わったというのも納得。竪琴を持つ男がこちらをみている。
 
植物人間 1880 年頃 木炭/紙 47.3×34.2 cm シカゴ美術館  豆を回る?ひまわりなのか?

二つのキャリバン。
キャリバン 1881年 木炭/紙 47.8×37.7 cm オルセー美術館  木に止る。大きな目の生きもの。
キャリバンの眠り 1895-1900 年 油彩/カンヴァス 48.3×38.5 cm オルセー美術館  孤独そうな鬼、今は静かに眠る。
映画「プロスペローの本」ではスティングが彼を演じていた。ここにいるまるまっちぃ生物は何かおいしいものでも食べさせてあげたくなる。
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周囲を飛び交う生首たちには灯油をなめさせてあげよう。

預言者 1885 年頃 木炭/紙 51.7×37.5 cm シカゴ美術館  ドルイドが立つ。ケルトの古い物語が蘇る。陸のケルト。
何を預言するのか。

『ゴヤ頌 』 III. 陰気な風景の中の狂人 1885年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)22.7×19.3 cm 三菱一号館美術館  無論テーマがテーマだけにキモチ悪さがあるのはある意味当然ながら、やっぱりルドンのこわさがある。
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エジプトへの逃避  油彩/カンヴァス 45.0×38.0 cm オルセー美術館  輝く聖家族。放浪するブレイダンと重なってゆく…

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ああ、これはきっとルドンとクラヴォーなのだ…

3.植物学者 アルマン・クラヴォー 
親友というべきか畏友と言うべきかそれとも…

『 夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)』 Ⅰ. ……それは一枚の帳、ひとつの刻印であった…… 1891年 リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)18.7×13.3 cm  三菱一号館美術館  聖骸布のキリストの浮かび出る顔

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このシリーズを見るとクラヴォーへの愛情がひしひしと感じられる。
タイトルも魅力的なものばかり。
II. そして彼方には星の偶像、神格化
III. うつろいやすい光、無限に吊るされたひとつの顔
ⅳ. かげった翼の下で、黒い存在が激しく噛みついていた……
Ⅴ. 月下の巡礼
VI. 日の光

若き日の仏陀 1905 年 油彩/カンヴァス 64.5×49.0 cm 京都国立近代美術館  この絵は京近美へ行って会える度についつい撮影してしまう。
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4.ドムシー男爵の食堂装飾
いよいよこれが来たか。
壁画も装飾パレスもなにもかもがやわらかく、綺麗。
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再現されたイメージが浮かぶ。

5「黒」に棲まう動植物
さまざまな挿絵などの中から。
ここらあたりで自分が何を見ているのかわからなくなってきた。
自分のメモにも判読不能な字が増えてくる。眠りもせずにいてそれなのだった。

6 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
ああよかった、ほっとした。
しかしこのフルカラーの柔らかな世界にありながらもわたしは絵の隙間にいる何かを見てしまい、そちらが気になって仕方なかった。

蝶と花 1910-1914 年 水彩/紙 24.0×15.7 cm プティ・パレ美術館  三岸好太郎の晩年の蝶や貝と似ている。
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ステンドグラス 1907年頃 油彩/カンヴァス 81.0×61.3 cm ニューヨーク近代美術館  光る人いる。花がみんな生首??
…ここから先何を見てもどう見てもそこにへんな人の顔を見出してしまい、本来とは違う見方をしてしまった。

7  再現と想起という二つのの合流点にやってきた花ばな
アトリエを作ったからかな?

日本風の花瓶 1908 年 油彩/カンヴァス 92.7×65.0 cm ポーラ美術館  能を描いたもののような。こういうのは好きだ。

野の花のいけられた花瓶  1910 年頃 油彩/カンヴァス 55.9×39.4 cm NGAナショナル・ギャラリー、ワシントン  なんでだろう背景がないからか、とても不安を感じた。
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どうもなんだか曖昧なことばかりになってしまったが、何を見てもどれを見ても妙なものが見えてくるのには困った。
書きようがなくなってしまった絵も少なくない。
秘密の花園に迷い込んだはいいが、気が付けばその地に埋められてしまっていた…そんなような気がしてくる。
5/20まで。




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