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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」 北海道・東北・北関東ゆかりの画人たち

千葉市美術館は府中市美術館・板橋区美術館共々「江戸絵画」の面白い展覧会を見せてくれる関東の三大美術館だと思う。
恒例の府中市美術館「春の江戸絵画祭り」も大概えらいもんだと毎回感嘆するばかりだが、同時期にまさかの「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」展の豊かさには仰天した。
しかもその「絵師」にルビふって「うまいもん」と読ませるところがもぉにくいのにくくないの。
凄いなあ、とただただ口を開けたままになる。

イメージ (887)

藩ごとにお抱えの絵師もいた時代だから、各地に色々な絵が残るのも当然だが、これまでそうした地方都市の絵師たちの絵をメインにした展覧会はあまりなかったように思う。
その地方に伝わる絵師の遺作をその地方の博物館で開催するのも案外珍しいこのご時世にである。
(ちょっと探すとこんなのが出てきたが)
城下町和歌山の絵師たち―江戸時代の紀州画壇―  当時の感想はこちら

まあでも首都圏でこういうのをするのは、さすが千葉市美術館だわとこちらはアタマを垂れるばかりになる。
で、眼ばかり上げてぎろぎろと不思議な絵を見て歩くのだ。

ところで「江戸諸国うまいもんめぐり」と聞いて阪神百貨店、高島屋の特設会場のにぎやかな様子が脳裏に浮かんだのはわたしが関西人だからだろうか。
あちこち見ながら「うまいもん」を求めて歩くあの高揚感、それをここでも味わいたいと思う。

百花繚乱! 絵師列島への旅立ち −−−北海道・東北・北関東ゆかりの画人達
まずやはり蝦夷は蠣崎波響、秋田は小田野直武に佐竹侯でしょう、と名前が浮かぶ。
実際彼から始まった。

蠣崎波響  瓦に石龍子図 文化2年(1805) 東京国立博物館  扇面にトカゲの絵。扇を一握と数えるのも今回初めて知ったが、色々な数え方があるからこれだけが正解ではない。
調べると毛利元就関係資料の軍扇、軍配、扇子の数え方は「一握」だった。
一つの疑問がこうして解かれたが、そこへたどり着くまでにいくつかの経緯があり、それがまた面白くもある。
絵自体は瓦にトカゲが這うのだが、トカゲを蜥蜴でなく石龍子と表記するのも初めて知った。
意味も通ってくるので忘れなくなるだろう。

ところでこの扇はパリ万博に出展するため百本一組にまとめられた中の一つ。後にその仲間も出てくる。
政府は当時も今も「世界に認められたい」欲望が強い。
誰のチョイスかは知らないが、その内訳を知りたいとも思った。

蠣崎波響  楚蓮香図 江戸時代(18-19世紀) 個人蔵   美人である。松園さんや円山派の楚蓮香と比べてもやはり美人度は高い。布冠で髪を抑えている。小さな蝶々もヒラヒラ。

蠣崎波響  カスベ図 江戸時代(18-19世紀) 個人蔵 ガンギエイのことだとある。皮は現代も剣道の道具に使われているそう。サメ皮として。
横顔を描く。かなり鋭い顔つきである。垂れるしっぽも長い。エイ、やはりかっこいい。

蠣崎波響といえば最初に知ったのは作品ではなく、美術史の本からだった。松前藩にいたというのを知ったのはその時で、ほどなく中村真一郎の小説「蠣崎波響の生涯」が世に出て、それでその生涯などを知った。
1989年刊行か。もうそんなに経ったのか。
近年になり彼の「夷酋列像」の企画展があった。たいへん人気が高かった。往時を思い、感慨深かった。
わたしは北海道に行ったとき、函館の博物館で彼の作品を見、そのとき大判の絵ハガキも色々と購入した。
字面が暑苦しいが、彼は至って温厚な人だったそうで、南蘋派の宋紫石に学んだあと応挙に師事したそうな。

秋田からは当然ながら佐竹侯と小田野が現れる。先年のサントリー美術館の小田野直武展が蘇ってくる。
小田野直武と秋田蘭画 世界に挑んだ7年 その2
当時の感想はこちら

佐竹曙山 老松図 江戸時代(18世紀) 歸空庵
佐竹義躬 松にこぶし図 江戸時代(18世紀) 歸空庵
この二枚が並ぶことで、風景が連続するような錯覚が生まれた。どちらも幹が斜めになった松を描いている。
佐竹侯でよかったのは赤いインコを松に止まらせた絵だった。あれは好きだなあ。

小田野直武 鷺図 江戸時代(18世紀) 歸空庵  これも濃いなあ。花菖蒲も水気がない。

(無款) 神功皇后と住吉明神 安永(1772-81) -寛政期(1789-1801)頃 千葉市美術館  亀に乗り頭上に竜を載せた少年が宝珠をささげる。これが住吉明神だろうか。浮世絵風な版もの。

仙台が来た。牛タンも萩の月もまだ世に出ない頃である。
東東洋の絵が多い。

東東洋 河図図(旧養賢堂障壁画) 文化14年(1817) 仙台市博物館  カトと読む。一見したところ馬に見えるが、その背中には豹文のようなもの浮く。古代中国の神獣で伏義の時代、その背の図から易学の八卦が作られたそう。
しかし東アジアでは神獣でも場所が変わればまた違っても来るだろう。
ふっと「ベルセルク」でセルピコが戦ったのと似てるなあと思ったり。あれは妖獣。

東東洋 柳に黒白図 江戸時代(18-19世紀) 仙台市博物館  これですがな。柳にはカワウがとまり、根元にはまだ顔の白いユリカモメがいる。こいつらあれだ、春になると顔が黒くなり、それが合図で旅立つのだ。
イメージ (890)

コラボ作品がある。
蠣崎波響 東東洋 東東寅 鮭図 文化11年(1814) 個人蔵  真ん中に荒巻鮭とその左に何か藁を束にしようなのがある。それは「魚串」といいそこに小さい近永串刺しにされて突き刺さっていた。保存用のものなのか。その魚串は東寅、鮭は波響、そして上から鮭を狙って下りて来ようとする白鼠を東洋が描く。
楽しんで描いたのだろうなあ。

小池曲江 塩竃松島図巻 文化7年(1810) 仙台市博物館  「松島や ああ 松島や」も当時既に知られていたろう。それがここですよと言う感じで描いたのか、とかなんとか想像する。

菅井梅関 夜梅図 江戸時代(19世紀) 瑞巌寺  薄墨のよさを味わう。
菅井梅関 舊城朝鮮古梅之図 江戸時代(19世紀) 仙台市博物館  伊澤家コレクション  こちらはミイラのような梅に雪。

亜欧堂田善 三囲雪景図 寛政(1789-1801)-文化期(1804-18)頃 歸空庵  二人ゆく姿がある。雪の支度をしている。
よくよく考えればこの場所は江戸やないですか。ああ、そうか、この人はどこなと描くものなあ。

亜欧堂田善 イスパニア女帝コロンブス引見図 文化期(1804-18)頃 歸空庵  ううむ、写しとはいえ…
それにしても歸空庵コレクション、やっぱり凄いね…

亜欧堂田善 陸奥國石川郡大隈瀧芭蕉翁碑之図(『青蔭集』挿画) 文化11年(1814) 千葉市美術館  ゴォゴォと背の低い激しい滝が流れる。以前見ているが、どの展示の時のか忘れたな。

安田田騏 象のいる異国風景図 江戸時代(19世紀) 歸空庵  白ゾウ。どこでもないどこかの地にいるゾウさん。

岸駒 呂洞賓図 天明元年(1781) 個人蔵  あら岸駒がいてる。長いひげのおっさんが一人立つ。やっぱり呂洞賓はこのパターンなのか。

岸駒 虎図 寛政11年(1799)頃 (社福)共生福祉会 福島美術館   なんというかまあ…「シャーっ」「二ヤーッ」と尻尾を立ててだね…

北関東というのか昔風に言うと「関八州」というか、そちらへ来た。

林十江 木の葉天狗図 文化3年(1806)頃 茨城県立歴史館
林十江 蝦蟇図 文化3年(1806)頃 東京国立博物館


同じポーズなのがいいね。

林十江 雷公釣鼓図 江戸時代(18-19世紀) 水戸市立博物館  大津絵を思わせる構図。落としたのをひろう。

立原杏所もいくつか出ている。この絵師は逸話の多い人で色々と面白い。林十江、小泉斐らに学び江戸に出てからは谷文晁にもも学んだ。
葡萄図 天保6年(1835) 東京国立博物館  この絵はwikiにもある。
力強い筆遣いで、葡萄の葉がまるで海老の背中のようにも見える。

遊歴図巻 天保6年(1835)頃か 茨城県立歴史館
秋山獨歩図 江戸時代(19世紀) 板橋区立美術館
出掛けた先の風景をこうして描けるのはいいものだ…

小泉斐 鮎図 文化5年(1808) 栃木県立博物館  すぐ忘れるが、この人の名前は「アヤル」である。なんか今風な発音ぽいな。
深緑のグラデーションが綺麗。

小泉斐 唐美人図 文化8年(1811) 栃木県立博物館  ひょろっとした美人。ファンキーな侍女と共に。

小泉斐 黒羽城鳥瞰図 天保8年(1837) 大田原市黒羽芭蕉の館  境内図・参詣図の仲間のような構図。不思議な図様で、蛇行しつつ城から城下町へと移行する。上には鶴が舞う。なんだか魔法の地図のようにも見える。

小泉斐 『富岳写真』 弘化3年(1846) 栃木県立博物館  リアルやなあ。岳もきちんと描かれている。てっぺんを描く。

高久靄厓 袋田滝真景図 文政4年(1821) 栃木県立博物館  ここに行ったことはないので何とも言えないのだが、この袋田の滝はきっとこんな様子に違いない、と思ってしまう絵である。

高久靄厓 蘭亭曲水図 文政9年(1826) 栃木県立博物館  縦書き。だから川の流れも縦。

椿椿山 日光道中真景図巻稿 文政12年(1829) 栃木県立博物館 場面替  丁度「草加の駅」辺りからが出ていた。木々が立ち、かやぶきの民家が並ぶ。「石那田村」というところでは子供が犬と追いかけっこ。梅も咲く。のどかな農村風景が優しく描かれる。

椿椿山 高久靄厓像稿 弘化2年(1845) 栃木県立博物館  襟巻をしたおじさん。江戸の人で襟巻と言えば「必殺」シリーズの中村主水か杉浦日向子「百物語」の北斎が外出の時に巻いていたのが実はお栄の腰巻だったというあれ、それくらいしか思い出せない。

長くなるので旅は一旦ここまで。
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