美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「百花繚乱列島 -江戸諸国絵師めぐりー」 江戸から尾張・伊勢・近江まで

第2章 江戸 −−−狩野派以外も大賑わい
「狩野派以外も大賑わい」というのが即ち「百花繚乱」たる所以よな。

狩野栄信(伊川院) 花鳥図 文化9年(1812) 板橋区立美術館  と言いながらここから始まるか。
縹地に派手な様子の牡丹に太湖石、鳥や蝶も舞う舞う。

狩野養信(晴川院) 鷹狩図屏風 江戸時代(19世紀) 板橋区立美術館  ロングで全景をとらえる。下部には池もあり、野鳥がたくさんくつろぐ。犬も走る。
ところで鷹狩りの鷹の養育をする仕事をしていた者はなかなか威勢が良くて威張っていたそうだ。餌にする雀を捕えるためと称して、どこなと上がり込んだりしていたらしい。そのあたりのことは岡本綺堂の半七捕物帳に詳しい話がある。
鷹の行方
静かな絵で、見ようによってはシュールな情景ではある。

宋紫石 乗亀仙人・松竹鶴図 江戸時代(18世紀) 個人蔵  亀仙人は「ドラゴンボール」の気のいいジイちゃんだが、そうではなく、亀に乗る仙人という浦島風な様子。
 
司馬江漢(鈴木春重) 網戸越しの男女 明和7-8年(1770-71)頃 千葉市美術館  浮世絵。そんなに細密ではないがこんな細かい描写をして。それで袖の長い若衆を引く。青銅風の壺につく獅子や亀がその様子を知らん顔で見ている。

司馬江漢 Serhentine 天明5年(1785) 千葉市美術館  これが何かというと、ストウ庭園のサーペンタイン河と洞窟だそう。でその元ネタを知らんので調べると、ストウ庭園というのは英国式庭園の有名なものだとか。サーペンタイン河を調べると、「國華」1999年の号にこの原画図を発見したという論文が掲載されているようだ。

司馬江漢 鉄砲洲富士遠望図 寛政10年(1798) 歸空庵  麿眉のわんこもいて楽しそう.
小舟に石灯篭に、という意外に和やかな風景。

鍬形蕙斎(北尾政美) 汐汲 天明期(1781-89) 千葉市美術館  「松風」の男女三人が江戸風俗で描かれている。

鍬形蕙斎(北尾政美) 『来禽図彙』 寛政2-3年(1790-91) 千葉市美術館  版本。花菖蒲、河骨、セキレイのいる汀。

鍬形蕙斎(北尾政美) 東都繁昌図巻 享和3年(1803) 千葉市美術館 西谷コレクション  前文が長いが未読スルーする。飛鳥山は庶民が機嫌よく花見が出る場所となったので、そこにいるのは花見を楽しむ人々。

谷文晁 西遊画紀行帖 江戸時代(18-19世紀) 板橋区立美術館  おお、久しぶり。これ前にも見たと同じページが出ていて、わたしとしては嬉しい。何かというと8/19箕面で滝を見るという絵日記。地元の名所が出るのは嬉しいわ。

酒井抱一 大文字屋市兵衛像 江戸時代(18-19世紀) 板橋区立美術館  以前ここで開催された抱一展の時に知ったご機嫌な「加保茶」市兵衛さん。遊郭の主人つまり忘八なんだが、とてもご機嫌さんな趣味人で、抱一とも気が合ったそう。ちょっとしたゆるキャラ風な描き方もいい。この人の見世の太夫を請け出したわけですね。

酒井抱一 乾山写花籠図 文政6年(1823) 個人蔵 千葉市美寄託  三つの花籠が転がる。秋の七草のうち桔梗と女郎花が一つの籠に、青菊が次の籠に、そして最後は薄の入った籠が転がる。元禄と化政期の気分の違い、京と江戸の粋人それぞれの違いがたぶんは見比べたら見出せるのかもしれない。

酒井抱一鍬形蕙斎ほか(画) 『料理通』初編・二編 初編:文政5年(1822) 二編:文政8年(1825) 千葉市美術館 ラヴィッツコレクション  これは例の八百善のメニューとレシピの本。卓袱料理の紹介だった。
ちょっと違うが、明治になってもこうした「うまいもん」ものは出ていて「食通」の本もあった。村井弦斎「食道楽」である。
いいよなあこういう本は。

谷文晁 高隆古 鈴木鵞湖 沖一峨ほか(画)『義士肖像賛詞』 嘉永3年(1850)序 千葉市美術館 ラヴィッツコレクション  大石内蔵助がいる。袖にその名がある。

鈴木鵞湖 西園雅集図 安政5年(1858) 千葉市美術館  2011年以来の再会か。
岡本秋暉とその師友展で見ている。当時の感想はこちら
有名なエピソードなので池大雅をはじめ多くの絵師がこの情景を描く。

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第3章 東海道を西へ −−−尾張・伊勢・近江
今だと「名古屋めし」と言って独自の食べ物文化があるが、この時代はどうだったのだろう。
きしめんもういろうもあったが、エビふりゃー、あんかけスパもモーニング文化もないわな。
伊勢は♪伊勢の名物「赤福餅」をはじめ多くの餅系のお菓子がある。
近江は今だと近江牛だが、当時だとやっぱり米かな。「三井寺力餅」は明治になってからか。
…ますます「うまいもんめぐり」になってきたな。

丹羽嘉言 神州奇観図 明和7年(1770) 名古屋市博物館  ここでは国土ではなく富士山をさしている。
「神州天馬侠」も「神州纐纈城」も富士山が背景にある。大観も神州・・・として富士をたくさん描いている。

山田宮常 蝦蟇仙人図 江戸時代(18世紀) 愛知県陶磁美術館  カラフル。ガマがまたなかなか可愛い愛嬌もんである。吐き出す気は白色。

中林竹洞 山水図襖 文化期(1804-18)末頃 千葉市美術館  四面。亭も見える。木々が何となくおかしい。
竹洞も梅逸も甲東園の頴川美術館で知った。名古屋の絵師の二人。煎茶の楽しみを多くの人と共有した。

山本梅逸 花卉草虫図 弘化元年(1844) 名古屋市博物館  これこそ百花。梅逸らしい彩色の美と線描の美がマッチしている。蝶々もカラフル。おお、カブトムシもツヤツヤ。

山本梅逸 桜図 弘化2年(1845)以前 愛知県陶磁美術館  三幅対。山桜、八重の夜桜、枝垂桜。いいなあ。

田中訥言 餓鬼草紙模本 江戸時代(19世紀) 東京国立博物館  丁寧な模本。

田中訥言 太秦祭図 文化10年(1813)頃 名古屋市博物館  摩陀羅神に扮したご一行。
おたふくなほっぺが可愛い。
千葉市美のツイートを紹介する。


可愛いよなあ。見物も結構多い。秋の祭りだそうだけど、今まで見に行ったことがないので行きたいな。というか、久しぶりに嵐電乗って太秦に行くのもいいな。地下鉄が通りはしているが。

渡辺清 源氏図 江戸時代(19世紀) 愛知県陶磁美術館  アクの強い絵ばかり見てきたせいでか、いきなりこうした小綺麗な絵を見ると、ちょっとタタラを踏みそうになる。
「異常なものをあまりに多く見すぎちまったせいだと思ってる」
リヴァイ兵長はいいことを言うなあ。

外国の絵を基にしたものが出てきた。
牧墨僊 ハイステル及ユールフォールン肖像 文政2年(1819) 名古屋市博物館
牧墨僊 脱疽等不治疾鋸解患部状 文政2年(1819) 名古屋市博物館
血をダーッと…正直な話、こわい。頭の中には田之助の艶冶な姿が浮かぶのだが。

沼田月斎 鎌倉江戸道中図巻 文化10年(1813) 板橋区立美術館  のんびりツアー。当時よく知られていたという熊のいる茶店が描かれていた。この熊は人なれしていて、団子を食べさせてもらっていたそうだ。絵もぺたりと座った熊が団子を手にしている様子を描く。

沼田月斎 二美人図 文化期(1804-18) 名古屋市博物館  笹紅をつけた二人。

増山雪斎 孔雀図 江戸時代(18-19世紀) 名古屋市博物館  桑名藩主の雪斎。この人の絵は和歌山市立博物館で見た。松に止まる孔雀。
お大名も絵に熱心な人も少なくなかったのだ。姫路の酒井さん一家は両親・長男・次男そろって絵をかき、次男は職業画家になったくらいだし。

増山雪斎 虫豸帖(春・夏) 文化4-9年(1807-12)頃 東京国立博物館  カマキリなど虫たちをリアルに描く。虫の絵をこんなにうまく描くといえば、手塚治虫・安井曾太郎が思い出されるが、本当にうまいのですよ。

さて大津で見てきた絵師たちが出てきたよ。
以前見た展覧会

楳亭・金谷 近江蕪村と呼ばれた画家
当時の感想はこちら

紀楳亭 猿猴図 江戸時代(18世紀) 大津市歴史博物館  こっち見る猿。小さく草を持つ。
  
紀楳亭(画) 中島棕隠(賛) 大津絵見立忠臣蔵七段目図 天明8年(1788)以降 大津市歴史博物館
これは好きな絵で今回こうしてカラー画像が手に入ったのは嬉しい。
おおきくなるが挙げます。みんなとても可愛いのよ。
イメージ (891)

紀楳亭 大津三社図 文化5年(1808) 大津・元会所町蔵  これも見たが、当時この意味を分かっていなかった。
白い鳥居にまつわる三者。上から烏・鷺・兎がいる図。
そう、ウ・サギ・ウサギ。彼ら実は大津の三つの社のアイテムなのですよ。

横井金谷 蜀道積雪図 江戸時代(19世紀) 大津市歴史博物館  蜀への道が峻厳なのは知ってますよ、三国志の昔から。
まあそれだから三国が成立したわけだが。しかし狭い狭い崖に沿う道、怖い喃。

織田瑟々 江戸法来寺桜図 江戸時代(18-19世紀) 板橋区立美術館  「桜狂い」の人。名前には深緑の意味もあるみたい。知らなかった。
ここでも桜が美しく、そして細部まで執拗に描かれている。

続く。
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