美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ビュールレ・コレクションを見た

ようよう「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」を見に行った。
チラシではこの三点が大きく幅を利かせている。
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「絵画史上最強の美少女」美少女にルビがふられて「センター」となっている。


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モネの初公開の睡蓮の池。


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えっ!この絵ってここの所蔵なの!

…というわけで60点余の絵画を見たのでした。
ものすごく「個人の感想です」なのを挙げます。

1.肖像画
アングル アングル夫人の肖像 1814 優しそうな婦人。一目でそうしたことが伝わる。アングルはこの丸顔のマドレーヌとこの頃から1849年の彼女の死まで共に仲良く暮らしたそう。アングルから見た夫人の優しさをわたしたちは見ている。

ドガ ピアノの前のカミュ夫人 1869 足元にクッションや人形が置いてある。振り向いたところを写したような一枚。黒の襟ぐりの広く抜いたドレス、左右の分岐点にはリボン。この時代に親しまれた形の服。

ほかにラトゥールの自画像、クールベ、ルノワールの描いた芸術家の肖像画がある。

2.ヨーロッパの都市
「グランド・ツアー」の流行がまだ生きていた時代、イタリアへ行く若い人は多かった。
「君よ知るや南の国」、それはイタリアのことだ。

ヴェネツィア風景が並ぶ。18世紀のヴェネツィアである。いずれもサン・マルコ寺院が見える。象徴。そうだ、やはりあれだ。

シニャックも1905年にヴェネツィアを描く。百数十年の推移の中で、しかしこの風景は変わらなかった。

モネ 陽を浴びるウォータールー橋、ロンドン 1899-1901 もあもあした空気、靄に紛れて忙しい生活者の様子を遠くに配する。橋の上は大渋滞なのである。
ヴィクトリア朝の残影の中、一方で近代化がどんどん進む。

マティス 雪のサン=ミシェル橋、パリ 1897 こちらも忙しそう。橋脚はアーチ形に三連でそこを舟がせわしなく行き過ぎる。多忙な朝。マティスはこの様子をアパルトマンの窓から見ていたそうだ。

3.19世紀のフランス絵画
代表する画家の作品が並ぶ。

コロー 読書する少女 1845-1850 赤い服で中に白がみえる。髪にも大きなリボン。おとなしそうな少女。
数年前、西洋美術館と神戸市立博物館とでコローの婦人画ばかりの展覧会があったが、コロー描く婦人たちはみんななんとなく好ましい。

ドラクロワ モロッコのスルタン 1862 身分の高い太守だけに傘をさす人もそばにいる。サンダル履き。ずらっと兵が並ぶので観兵式なのかもしれないし、これから何らかの行動を起こすのかもしれない。

ドラクロワ アポロンの凱旋 1853 装飾品としての絵画なので、絵の形は正十字形で端々は丸みを帯びている。そこに描かれているのは天空。三頭立ての天馬の馬車を御するアポロン。 小さいエロースたちがその上を舞う。下には大蛇がいて毒を吐く。

シャヴァンヌ コンコルディア習作 1859-1861 額物にフルーツの彫刻がわんさ。群衆が森で遊び、くつろぐ様子を描く。協調・相互理解を形にしたのか。

マネ オリエンタル風の衣装をまとった若い女 1871 シースルーの白い衣をふんわり着ているので、体の線が見えるだけでなく、ヘアまでわかる。少し太めの女で、手に旗らしきものを持つ。ターバンを巻き、赤いネックレスをしている。足元にあるのは水差しなのか水たばこの道具なのか。

東方趣味が形になった時代。英国のアルマ・タデマも同時代人として、こうした傾向の魅力的な作品を多く残した。

マネの鳥の絵が二枚ある。燕は元気に飛ぶが、ミミズクは死んでいる。

4.印象派の風景―マネ、モネ、ピサロ、シスレー
やはり印象派の風景画は好ましい。

ピサロ 会話、ルーヴシエンヌ 1870 普仏戦争前の和やかな時、内妻と幼い娘とが隣家とおしゃべりする様子を捉える。

ピサロ ルーヴシエンヌの雪道 1870 ピサロは戦争がはじまるとここを出たが、それまではこの地で穏やかな日々を過ごしていた。雪はやみ、積もってはいるが、汚れてはいない。
和やかな日々を感じさせるのがその穏やかな白だった。

シスレー ハンプトン・コートのレガッタ 1874 数隻が浮かぶ。人々の詳しい様子はわからないが、楽しそうな午後。
川向こうのハンプトン・コート宮殿、赤い。

マネ ベルヴュの庭の隅 1880 いい感じの家と緑の濃い庭、そこで友人の妹が読書。気持ちよさそう。濃い青色の服も素敵。手前には大きな如雨露。それがまたいい。
見るものにそう感じさせる絵。

モネ ジヴェルニーのモネの庭 1895 花いっぱいの庭、行きたいな。春から夏か。若い女が花を触る。様々な色が塗られている。形よりも色が大事。
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モネ ヴェトゥイユ近郊のひなげし畑 1879 ああ、今の季節ぽいがフランスと日本には時差があるか。よく咲いている。子供らが遊ぶ、雲が広がる。目の前の光景なのだ。

5.印象派の人々 ドガとルノワール

ドガ リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち 1871 仲良しさんの家族の肖像。いいパパ風な髭の伯爵。幼子らは二人とも白い服を着る。男女はわからない。左は人形のようにも見え、右の少し大きい子はおすまし。

ドガ 出走前 1878-1880 横長、少し離れた位置からの視点。入れ込む馬もいる。躍動感がある。

ドガ 控室の踊り子たち 1889 これも横長。輪郭線は黒い。忙しそうな様子がよく出ている。

ドガ 14歳の小さな踊り子 1881 ブロンズ像に木綿のチュチュを着せ、絹のリボンをつける。「うーん」と手を前に結びながら伸びをする小さな顔の少女。

ルノワール 泉 1906 もう手が自由に利かない頃の絵とは思えないほどはっきりした絵。
ルノワール描く裸婦の体のありかた、それが最後に再び世に出た。
そのことを思うと胸が詰まる。

ルノワール 夏の帽子1893 少女が二人いる。仮にAとBと呼ぶ。Aの帽子には花が飾られていて、そこへBが何かを取り付けようとする。Bの帽子にはリボンが巻かれている。二人の少女のやわらかな時間がそこにある。

ルノワール可愛いイレーヌ 1880 この少女が「最強の美少女(センター)」と称されるイレーヌ。
白に青というルノワールの得意の取り合わせがよく似合う。確かにとても可愛らしい。
描かれてから百年以上経つが、この先もずっと長く記憶に残る美少女の一人。

6.ポール・セザンヌ
6点のセザンヌ先生の絵が並ぶ。
見ながら「セザニスム」と言うことを改めて考える。
彼の出現により一つの方向が決まったことを、絵を前にして考える。
セザンヌの絵はわたしの中では楽しむべきものではなく、考えねばならない存在になっている。

7.ゴッホ
こちらも6点ある。ゴッホとかそんなことを考えずただ見る。
それから売れなかったことを踏まえて絵を見る。
いい絵と、やっぱり売れなかったのもなんとなくわかる絵とがある…

日没を背に種まく人 1888 
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これなどは好きなのだが、木や落ちようとする日などは浮世絵の影響があるから、好ましく見ているのかもしれない。

花咲くマロニエの枝 1890 白っぽい花があふれる。背景には波打つ様子がある。
わたしはゴッホの中ではこういう絵が好きなのだ。多分もう帰れないところに来ているゴッホの描く絵が。
そしてこの頃の絵はやはり愛しい。 

8.20世紀初頭のフランス絵画

ロートレック コンフェッティ 1894 悪女ぽいところがいいな。男たちの手がのびているのも。

ヴュイヤール 訪問者 1900 モンマルトルの自室へ来た人。コートを着たままその椅子に座る女性。暖炉のそば。寒そうな様子が体の線に出ている。

ゴーギャン 肘掛椅子の上のヒマワリ 1901 たくさんのヒマワリがそこに載る。
椅子の右手に絵がある。ボートに向かう二人の女の絵。そしてこのヒマワリはゴッホの象徴かもしれない。
それを思いながら画中の二人の女をみる。
せつなさが湧いてくる…

ゴーギャン 贈り物 1902 タヒチでの絵。二人の女。幼児に授乳する女と、花を挙げようとする女と。
愛されている存在。

ボナール 室内 1905 こうした近代的な室内が好きだ。左の奥に鏡があり、ソファが映る。和やかな空間。

9.モダン・アート

ヴラマンク ル・ペック近くのセーヌ川のはしけ 1906 赤い木、赤いはしけ、その赤には金色が混じっているように見えた。
おとなしい感じの絵。

ジョルジュ・ブラックとピカソの絵がある。やはり「新世紀」はこの二人が開けたのだと思う。 

10.新たなる地平の絵画
モネ 睡蓮の池、緑の反映 1920-1926
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このまま進んでゆけば睡蓮の池に入り込めそうな気がした…

5/7まで。
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