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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

『大唐女性の美』その他を観る。

 天王寺で大唐長安の女性風俗を見るわけだが、中国および国内の立派なコレクションから出展をしていて、かなり見応えがあった。この手の展覧会は姫路で’96.5に大唐長安の女性たち展を見て以来なのだ。
 三彩俑が多い。加彩と灰陶と。考えればこれらは皆、どなたかのお墓から発掘されたものばかりなのだった。
 諸星大二郎『西遊妖猿伝』のおかげで隋から唐へ移り行く時代の流れと政治的背景は飲み込めている。
 以下は展覧会の素直な感想。

 拓本がある。墓の中の壁画。説明文には一種のファッションショーのようだと書かれているが、まさにその通り。蓮茎もつ女の顔にはちょっとおすまししたものがある。線刻。二枚ばかり石を剥がしてこちらへ展示しているのを見ると、やはり中国の拓本技能はすばらしい。こんな摩滅したものをあんなにも鮮やかにするとは。谷崎の『瘋癲老人日記』に中国の拓本技能を褒める件があったが、実感としてよくわかる。服も顔もポーズも違う女人たち。しかし二枚ばかりそっくりなのが並んでいた。
 俑の女人たち。指をばーんとピストルの形にした女や、三彩の座女。そのスカートは細かい花柄がびっしり。可愛いなあ。
 一口に俑と言っても顔つきや髪型や体型も全く違う。胸を大胆にカットした服を着る女もいれば、ヒレと帯をだらりと垂らして腹を見せる女もいる。
小さい加彩で美麗な女がいた。諸星の話を思い出した。諸怪志異に収められた話。
――仙人になろうとして神々の争い現場に立ち会わされた男が一つの人形に鉄石の心を動かされて破滅してしまう。その女の俑は未来に生まれる女で、神に命を奪われた男は別の俑にその命を封じ込められる。後にこの世に現れるときは唐の玄宗皇帝と楊貴妃として愉しみを極めるだろう。女の生死の裁定を神々はその男に委ねたのだった。
 楽器ひく女達。宮廷の楽団かもしれない。ゆとりが生まれると文化は花開く。三彩。男装の女が馬に乗り、演奏しようとしている。馬はアラブか。交易は以前からある。漢の武帝も汗血馬を導入しようとしていた。拝跪する、身体をくねらす、色んなポーズがある。侏儒、雑技、台所で働く女達。鴨器持つ三彩の女。
 次の間は正直、コワかった。墓内部の再現。エジプトの墓の再現に入ったことはあるが、中国のはない。しかもこの空間は意図して出来たものではないはずなのに。
鮮卑族の夫婦の壁画がある。水木しげるの人物のような微笑み方をしている。全ては墓から剥ぎ取られたのだ。
 また、今回のチラシにもなった仕女図がある。子供が足元でまとわりついている。大阪市立美術館蔵の龕が何点かあった。そこにおかれていたものは、菩薩が交脚するのをまんなかに、左右対称に狛犬だか唐獅子だかがいる。懐いている様子。後ろには、菩提樹らしき木を挟んでやはり対称に半跏思惟の菩薩がいる。まるで岸田劉生の絵のように見える。四面の龕もあるが、一つの面がまるで幕をリボンで飾ったような、昔の人形劇の舞台上のような、千日前の国際劇場のような・・・リボンの騎士のエンディングのような。
 金属工芸や玉工芸の逸品も多く出ていた。金製の水禽金具は現代では却って再現不可能なほどの細工だと思う。ある奥方の使っていた犬のついた蓋。玉製の紅容れにはなんと薄く紅が残っていた。豊頬にその紅をぼかしていたのだろうか。
 長安の女性はおしゃれを愉しんだという。あの独特の髪型もカツラだという。玉の簪頭、これが綺麗な花柄。小さく可愛い花柄と、牡丹に羽根の意匠もある。ほしいなあ。してもおかしくない感じ。辟邪という魔よけの動物像もあるが、なかなか怖い顔をしている。
 白鶴美術館所蔵の鏡やMIHOからのものもある。無論ここの美術館からも田万コレクションを数多く出品していた。
常設展も中華関係。仏具の細かさもよいが今回は観て回らず。
中国・朝鮮半島・日本の仏画。十八羅漢図の面白さはグロテスクと言うか誇張と言うか、そうしたところにもあるだろう。そうでなければばっちいおっちゃんたちの絵がこんな風に展覧されるはずも無い。釈迦涅槃変相図は元時代のだが、これがまあ、なんと言うか正直な感想を言うと、お釈迦様の遺体もどきの衛生博覧会とそのお客用に屋台を出している風景図、に見えて仕方ないのだ。クシナガラの林らしきものに横寝のお釈迦様と仏弟子たちがいるのだが、どうも誰も嘆き悲しむ様子も無いし、動物たちもいない。失礼な感想かもしれないが本当にそんな感じ。
維摩居士図も元時代のだが、シリーズものになっていて、こちらは読みやすい漢字が羅列されている。なかなか面白いことが書かれているが書き写しは出来なかった。水月観音像は高麗のものだが、明治初年の狩野芳崖の悲母観音を想起させる。たまらないのが李朝の地蔵菩薩本願経変相図。どーんと巨大な地蔵菩薩像の下に地獄が広がっているが、どうもよくわからない。これでは極卒に苛められる罪人もお地蔵様に慈悲を求めにくいのではないか。なんだかお地蔵様がぱおーとか吠えていそうだ。
 そして四天王寺所蔵の釈迦八大菩薩像。絹本着色図だが、これは絵解きにも使えそうな大きさで、へんに褪色しているのが奇妙な感心をさせる。日本と朝鮮の美意識の違いだろうか。
 次いで近世絵画―描かれた中国女性―
光琳の絵が何点か出ているがこれらは彼の実家関係の資料からか。日本人の描く唐美人はまだ手を差し伸べやすい。狩野派の群仙図は、めちゃめちゃ楽しそう。鉄拐は蝦蟇をおんぶしているし、息で吐いた先には自分のミニミニが飛んでいる仙人もいたり
女を口説いていそうな仙人もいる。
郭子儀図は子沢山な絵だが、揃いも揃って子供らは面白い顔をしている。唐子頭はともかくとしても、浮世を存分に愉しむ風情に満ちている。
 一方、版画のように見えるのが心越禅師絵巻。心越禅師というのが誰かは今も知らぬが、描かれているのは善財童子の遍歴なのである。ということは善財の後身の姿なのか。『善財は知恵を求めて文殊に会った。』と書いたのは石川淳だった。実際善財童子はこの絵巻でも次から次に色々なところへ現れては修行・遍歴を繰り返している。修行・遍歴と書けばゲーテの『ウィルヘルム・マイステル』シリーズを思い起こしもするが、善財童子の修行・遍歴といえば私は実は三十年ほど前の高橋睦郎の怪作『善の遍歴』を思い出してしまうのだ。
これはモノ凄い小説だった。幻惑されるというか、なんというか。これについては別項に書くつもり。
 小袖屏風虫干図がきれい。私は誰が袖屏風が好きなのだ。ここの屏風は南蛮図である。桃山頃の風俗を描いたようである。
探幽の縮図、つまり今のデッサン帳も出ていた。等伯の陶淵明愛菊図は画面構成が巧かった。他に目に付いたのは虎渓三笑図。先日見た蕭白のそれとは又異なる温厚な作品だった。
それから清の洋画が出ていた。チャイナ服の女達。洋犬がいる。石造りの塔や堅固な西洋風の建物。庭には大蘇鉄。広州辺りだろうか。
あと漢代の陶器が沢山出ていたが、後漢の副葬品に竈があるが、これがじつに可愛いのだ。へっついさんというよりも、ママレンジに近い。魚二匹とすっぽんと、ままごとのようで可愛くて仕方ない。他に高麗青磁の鷺を描いた水差しがさすがにすばらしい。十二世紀頃の高麗青磁の優品は、世界一ではなかろうか。
 北魏のほっそりスタイルは奇妙な微笑をたたえている。私はそれがあまり好きではない。一方、その時代以降の文字が私には好ましい。
 墓誌の拓本もある。夫人方の。謚。この字のアナグラムは公益ではないか。なんとなく納得。
 二時間もいただけにかなり沢山観て回ったような気がする。

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