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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「役者絵の世界 化政期の名優たち」

浮世絵のいい展覧会をいくつも見たが、なかなか感想を挙げられないまま閉幕した展覧会も少なくない。

国立劇場伝統芸能情報館では「役者絵の世界 化政期の名優たち」展を開催している。
イメージ (956)

化政期は大南北の活躍した時代であり、北斎も豊国も国貞もいて、特に歌川派はいい芝居絵・役者絵を多く世に送った。
この20年で国芳の面白味が大きくクローズアップされ、兄弟子の国貞はようやく近年に大きな展覧会も開催されるようになったが、まだまだその魅力は全開してはいない。
国貞は多作すぎると言われたが、とにかく芝居絵のいいのを描きまくった。
本当の舞台に基づいた作品もあれば、お客が望むであろう絵を役者にはめて描くことも少なくなく、逆にその絵があまりによくて、そこから新作の芝居が生まれもした。

化政期は特に作者側・役者側に名優が多く、わたしなども浮世絵が本当に好きになったのはこの時代の芝居絵を見てからだった。
それだけに<国貞ゑがく>いい絵を見るのは楽しくてならない。
なおこの<国貞ゑがく>とは鏡花の短編小説の題であり、そこには国貞の芝居絵のよいのが争いの種として現れるのだ。

今回、悲痛なことにリストも何もない。あるのはチラシと英文の簡易な案内リーフくらいである。
そのために筆写に努めたが、それを完全にここで写し起こすことは出来ない。
なのでタイトルや年度や役者名に間違いがあるかもしれないが、もうそのことはスルーする。

展示を見る。
イメージ (960)

まずは化政期の名優紹介である。
五世岩井半四郎、五世松本幸四郎、三世坂東三津五郎、三世尾上菊五郎、七世市川團十郎、三世中村歌右衛門、この六名がクローズアップされている。
実際、彼らはスーパースターとして化政期に大活躍する。
国貞の麗筆が本人たちの様子を魅力的に描き出し、数多の芝居絵が生まれた。


・1812.8 二世豊国 曽我 (タイトルなど、書写の文字が読めないのと二世はまだこの時期活動してないのでどうも間違いらしい) 
五世半四郎(待宵)白抜き千鳥柄の着物、七世団十郎(天日坊)、三世関三十郎(近江の小藤太) 天日坊の抜いた鞘の端を握る小藤太
天一坊の話を基にしたものらしい。華やかさと緊迫感がある。

・1819.4 車引 国貞 笠を脱ぐ梅王丸と桜丸。左から三世菊五郎(桜丸)、二世関三十郎(梅王丸)、三世三津五郎(松王丸)
さぞやよかったろうなあ、この名場面。松王丸にはこの後「寺子屋」があるから彼が主演のようにも見えるが、三つ子の長男は梅王丸なのだ。松王丸は次男なので親の跡を継げず、牛飼の舎人として時平のところに就職したのである。

・1836.7 四谷怪談・隠亡堀の場 森田座 国芳 
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おどろおどろしい様子がいいなあ。やっぱりいついかなる時も「四谷怪談」は素晴らしく、いい。卒塔婆でナマズを押さえているが、そのナマズの顔がビッグコミックのマークであってもおかしくはないような、ファンキーさを見せている。
右端には伊右衛門に父や娘を殺され零落したお弓がいるが、彼女のそばにはお岩さんの使い魔とでもいうべきネズミも現れ、陰火も燃えている。

ところで国枝史郎に「隠亡堀」という短編があり、前半はまさにこの芝居そのままなのだが、まさかのラストが待ち受けている。こういうのもアリかもしれない。

今回、何のリストもないので手書きしたわけだが、書いてる時もこうして打ち込むのも手間がかかるので、困っている。

四天王御江戸鏑
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順礼 実は 渡辺綱 / [3代目] 坂東 三津五郎 盗賊袴垂 / [7代目] 市川 團十郎 六部 実は 良門 / [5代目] 松本 幸四郎
このように役名・役者名を引っ張ってこれるのはいいが、そうでない場合は手うちなのでちょっと泣く。

1815.7 男作女吉原 おとこだていつもよしわら スゴイ読ませ方だよな。男作で男伊達はわかるけど、「いつも」はどれなんだ??「作」がそこにかかるのか??
中身は「夏祭」の書き換えらしい。三日月の夜、捕物の最中の屋根の上、左から一寸徳兵衛が三世梅幸、中 団七九郎兵衛が三世三津五郎、右は同心・助松主計の三世歌右衛門。歌右衛門の懐には「上」と書いた封書が見える。そう、上意。公式な逮捕状。

絵本合法衢 豊国 百性左五右衛門娘およね / [5代目] 岩井 半四郎 立場の太平次 / [7代目] 市川 團十郎
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今の仁左衛門丈はこのお役を一世一代の仕納めにしはったなあ。
かれは南北芝居にピッタリの役者やなあ。

この時代の芝居は現代では本当には演じ切れていない、というのを八世三津五郎と武智鐡二の対談集「芸十夜」で読んだ。
三津五郎による話だった。南北の芝居にはそのリアルタイムの洒落や流行物が入るから余計その点が難しいのかもしれない。
だが、人間の表現のエグミは現代以上ではある。
先に現代では云々と書いたが、一方で前掲の仁左衛門丈のように上方出身でありながら南北芝居を活きる役者もいる。
このことからわたしは時々勝手な考えを持つのだが、南北の後に黙阿弥と言う凄いのが現れた。
かれは明治の世も生きた。
現代の東京の役者は黙阿弥と地続きなので、それがために南北芝居を演じきれないのではないか。
だが仁左衛門丈にしろ玉三郎状にしろそうではない。
だから南北の世界の住人になれるのではないかと思う。

それにしてもわたしなどは大南北の芝居が好きで仕方ない。
悪い奴は本当に悪くかっこよく、みじめな者は生きてる間は悲惨なままで、死んでからようやく威力を得るという不条理さがたまらない。

鼻高幸四郎や「オレはなんていい男だろう」と嘯く三世菊五郎、奢侈のあまり江戸追放を喰らう七世団十郎、江戸の男前代表の三世三津五郎、「カネル役者」の称号を得た三世歌右衛門、可愛らしさこの上ない半四郎、それに関三十郎ら数多の綺羅星・名優のいた化政期。
とんでもなくカッコいい時代ではないか。

もう全部は書ききれないのであきらめるが、他にもいい絵がたくさん出ていた。
今回アンケートにもリストくださいと言うことを記したが、本当に残念だ。

江戸両国涼みの図 役者たちが勢ぞろいという空想の絵である。
イメージ (957)

イメージ (958)

イメージ (959)誰が誰かはあまりわからないが。

最後にこの企画に合わせていくつかの芝居のガラシーンの上映があった。
わたしは「砂村隠亡堀」の場を見た。三年ほど前の上演である。
お弓・おまきが零落し堀で野宿する。それでも米を炊こうとしているその土手の上では釣りに来た伊右衛門が、その母と再会する。母は伊右衛門のために彼は死んだということにしようと卒塔婆を持っている。
そして高家の書付を息子に渡し、去ってゆく。
また川に浸かり直助は鰻とりをしている。
三者の様子が上中下で見られるが、彼らがそれぞれ関係性を見出すと、途端に被害者が現れる。
情景は前掲の絵とよく似ている。
伊右衛門は「首が飛んでも動いて見せるわ」と嘯き、現れたお岩さんの遺体を突き放す。
そして暗闘(だんまり)で人々が動き回る。

やっばり面白くて仕方なかった。
次からはいよいよ「悪」の浮世絵が登場する。
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