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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ありがとう 南蛮文化館

大阪の阪急の中津駅のごく近くに「南蛮文化館」がある。
年に二か月間だけの開館で5月と11月が開館期間。
今年は開館50周年らしく、わたしは久しぶりに訪ねた。
なにしろ年に2か月だけ、しかも一時館長さんのご都合で長いことお休みだったようなので、気にはしていたが、なかなか再訪できなかった。
そう、一度だけ行っている。
あれはいつだったかな、見たのは南蛮の大砲で、館長さんが自らご案内してくれはったなあ…などと追想はたやすいのだが、今回データを調べてびっくりした。
なんと25年も前だった!!つまり25年ぶりの再訪、これでゆくと次の訪問は今から25年後になるやないかい。←あかん。
正直、そんなに年月が開いていたとは思いもしなかった。
つまり、普段はここを忘れてはいたが、意識の底にはいつも活きているので、そんなに長い歳月が横たわっていたとは思わなかったということだ。

今回出かけたのはこの新聞記事を見たから。
それで開館を知り、出向いた。

阪急中津駅自体は全然変わらないしこれまた人生2度目の下車なので、よけいに時間の推移がわからない。中津で人気のケーキ屋さんも見たが、この日はさらに遠出するのであきらめる。

前回もそうだがなまじ近いわりにわかりにくいので道に迷う。
しかしそこが大阪のよいところで、近くにいた人に尋ねると、わざわざその前まで連れて行ってくださった。ありがとうございます。
まあわたしもわりとそういうことをする方だな。

出ました南蛮文化館。



それが久しぶりに来たら本館前にギャラリーも出来ていたよ。けっこうなことですな。

で、しかもお得なことが。


ははは、ありがとう。

中庭にはポスターの展示と南蛮の鐘(普通にキリスト教会のあれ。)があり、そこらに可愛い石像も置かれている。
南蛮の鐘といえば「仮面の忍者 赤影」での「ギヤマンの鐘」を思い起こしたりハウプトマン「沈鐘」も浮かぶが、要するに裾広がりのあれ。
日本の鐘は「国家安康君臣豊楽」の銘のあるあれとか「獄門島」のとか「道成寺」のを思い浮かべればよろしい。

全然関係ないが、鶴屋南北の「桜姫東文章」では悪者の「釣鐘権助」に惹かれた桜姫は、彼の腕の釣鐘の刺青を忘れず、自分の二の腕にも同じものを小さく入れた。
後に姫君から落ちぶれて小塚っ原の女郎になった時、その刺青の小さいのが可愛いからと「風鈴お姫」と呼ばれて、人気者の女郎になる。

話を元に戻す。
いよいよ25年ぶりにここの展覧会へ。
前掲の新聞記事通り、コレクションはすべて今は亡き館長さんが集められたもので、今は二人の娘さんが守っておられるそう。
新しいものはないけれど、集めたものを楽しんでもらおうという気持ちはよく伝わる。
イメージ (992)

「南蛮文化」ということで、キリスト教関連の例えば聖遺物入れ・聖母子像・桃山時代の螺鈿のキャビネットなどがある。

南蛮屏風もよいのがある。南蛮寺へ至る道はきちんと整備されているし、犬やヤギが一行にいる。ヤギはあれか乳用かな。
そういえば大分の府内には日本初のアルメイダ病院が作られたが、そこでは牛乳が供されたそうだ。
イメージ (994)

中にスペイン辺りで作られたような聖人像があり、ザビエルらしいことを知った。
マカオに行ったとき、ザビエルの腕の骨を安置した教会があった。
神戸市立博物館にザビエルの肖像があるので、なんとなく親しみを感じてはいたが、あまりに遠い人なので全く実感がなかった。それがいきなり腕の骨なので、二次元の人がいきなり三次元化した気になったものだ。
そのザビエルの像である。
ザビエルがイエズス会の重鎮だとは知っているが、キリスト教世界でかれの位置がどのあたりにあるかは知らない。

聖母子像だけでなく義理の父子像もある。ヨゼフと幼子。
これを見ると武田泰淳「わが子キリスト」と中村光「聖☆おにいさん」を思い出す。
前者はマリア以上にキリストを熱烈に信ずるヨゼフの一人語り、後者はいろいろ思い悩むヨゼフ建設の社長さんである。

聖餅箱。この翻訳をした人の「餅」の認識とは、とたまに考える。
なにしろわたしの知る餅はふっくらふくらむ丸餅(関西人なので)か四角い餅かのどちらかで、これは膨らむことのないぺたんこのもので餅とは言えないのではないか。
いや待て、求肥餅もあれば韓国のトックも餅か。
聖餅箱とはオスチヤ(HOSTIA聖餐式に用いるパン)を納める箱、と他に螺鈿で綺麗にされた箱を持つ東慶寺は説明する。
パンはキリストの肉、ブドウ酒はキリストの血。
一度映画でそのオスチヤなるものを見たことがある。あれは何の映画だったか、口の中に何やら薄い丸いものを押し込んでいた。
味のことが気になるが、こうした儀式にそれを言うのはよくないのだろうなあ。

20180506_131043.jpg

隠れキリシタンのための像もあり、信仰心の深さというものを感じもする。
やきものもいろいろ。マジョリカの明るいものもあれば染付の綺麗なものもある。
高山右近関連の資料も少々。
それから長谷川路可の和少年たちの洋楽。

近代日本画の中から南蛮文化とキリスト教関係を描いた作品を集めれば、かなりの数になると思う。
真っ先に小山硬、その師匠の前田青邨、守屋多々志らの絵がいくつか浮かぶ。
実際2008年には府中市美術館の春恒例お江戸絵画祭の一環の「南蛮の夢 紅毛のまぼろし」展があった。当時の感想はこちら


南蛮といえば近藤ようこさんもいくつか作品を生んでいる。
「南蛮船」「異神変奏」の一篇など。

長筒、鉄砲があった。これを見ると前回館長さんが「長いでしょう」とお話しなさったことを思い出す。
そして雑賀衆のことなども想う。

南蛮文化は日本にも多く受け入れられた。
「松浦屏風」などでは長いキセルでたばこを楽しむ遊女もあり、ウンスンかるたで遊びもする。
風俗画はその時代の最先端を描こうとするものだから、それらが世に広まっていることもわかる。
ただ、ウンスンかるたは形を変えてしまうが。

そういえば清方に珍しく若衆が寝そべりながらウンスンかるたで遊ぶ絵があったが、あれはハマ美のコレクションだったかな。

様々なことを思いながらここを出る。また今度は秋か。行けたら行こう。
南蛮文化館は5/31まで開館。

そこから徒歩で梅田に出るのも楽しい。
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