FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「モネ、それからの100年」展を愉しむ

横浜美術館で開催中の「モネ それからの100年」展のブロガー内覧会に行きました。←嬉しい。

前評判が高い展覧会で、なんでも
「本展では、モネの初期から晩年までの絵画25点と、後世代の26作家による絵画・版画・写真・映像66点を一堂に展覧し、両者の時代を超えた結びつきを浮き彫りにします。そして、「印象派の巨匠」という肩書にとどまらず、いまもなお生き続けるモネの芸術のゆたかな魅力に迫ります。」
ということなので、現代美術も一緒という話だった。

普段は現代美術と距離を置くわたしだが、モネからインスパイアされた(かもしれない)作品を見るのも面白いかも、とそそられましてな。それで参加者の一人となりました。
20180714_180629.jpg

結果的に言うと、たいへんよかった。
どうよかったかと言うと、これまでわたしの中では意味不明だった現代美術がモネを通して、脳や胸にスーッと入り込んできた。
それが実は凄いことだった。
モネというフィルターを通さないとダメなのかと問われたら「その通り」と答えるしかないが、これはわたしの中では一種の革命に近い現象だ。
この展覧会が自分の中で一種のエポックメーキング的な存在になったのは確かだった。

なお、この先いくつか画像を挙げてゆきますが、それらは夜間特別鑑賞会の為、特別に撮影許可がおりました。
そしてわたしが何をチョイスしたか、それがわたしにどう響いたか、よかったら想像してやってください。

結局のところ、展覧会のルポでもなく、展覧会のガイドにもなれず、例によってごくごく主観的な感想しか書けないけれど、この展覧会がどんなに良かったかを伝えたいと思う。これは確かなキモチ。

20180714_185610.jpg


モネと言えば印象派、作品で言えば睡蓮、水面の様子、積み藁、大聖堂、ウォータールー橋、奥さんのカミーユ。
こういったイメージが強いと思う。
実際モネの睡蓮ばかり集めた空間を誇る美術館もある。
わたしなぞも例えば大山崎山荘の「地中の宝石箱」に至り、円形の壁面に睡蓮がずらりと並ぶ様を眺めるとき、嬉しくてならなくなる。
橋の上からモネが睡蓮をみる写真や映像があるが、あのモネの心持をちょっとばかり味わえるのだ。
見る側の味わえるモネ体験ということだ。

では描く側は?
これまで考えなかった問いかけが心に浮かんできた。
その答えはいつもは見当たらないが、この展覧会では答えが出されていた。
たとえそれが主催者側からのミスリードであろうとも、この導かれ方はとても気に入った。

泉屋博古館分館から「モンソー公園」が来ている。
これはわたしなどは好きな作品の一つだが、分館がオープンするまでほぼ世に出なかったらしい。そして公開された最初、この絵を見た人の多くが「モネらしくない」と言い、不評だったことを興味深く思った。
モネが新しい画風を手に入れる前の絵なのだ。モネ好きな日本人の多くのパブリックイメージから離れている一枚。
20180714_180735.jpg


いよいよモネと現代美術のつながりが提示される。
イメージ (1177)

モネ ヴィレの風景 1883
中西夏之 G/Z夏至・橋の上 1992 
20180714_181024.jpg

20180714_181009.jpg
遠目で見ると花に見えるもの、この上なく花らしきもの、それが間近でみると違うものになる。
接写されたものが違う存在になる。それを目の当たりにする。

ルイ・カーヌ 彩られた空気 2008
技法も何も違うのにルイ・カーヌの色の影にモネを見出している。
似せているわけでもないのに、モネを通過したからこその誕生ということを思う。
20180714_180756.jpg

わたしは現代美術に疎いから、現れた作品が本来はどういった意図で生成されたのか、まるでわからない。
随分以前に現代美術に詳しいはろるどさんにレクチャーをうけて作品を見たとき、なんとなく作品と近づけた気がしたが、あれ以来の親しみをこの展覧会では感じた。

そうか、わたしのような現代美術と疎遠のひとにいい展覧会なのか。
むろん、現代美術が好きなひとも含めて。

20180714_181408.jpg
湯浅克俊 RGB#1 2017  和紙でライトボックス  ああ、きれいだな。 欲しくなる。
モネの世界を青くすればこうなるのかもしれない。
そしてこの青は海の中なのか空の青なのか。
海の青は空を反映したものだと言うが、本当はそうではないのかもしれない。
水を掬えば透明になるが、掬わなければ青のままだ。
この箱を見ながらそんなことを考えた。

モネも光が差し込む池を見て光をキャンバスに再現しようとしたのだ。
20180714_180652.jpg


イメージ (1178)

モネの言葉が紹介されている。
20180714_181507.jpg

その「何か」とは何か。
モネが提示してくれたものを見なくてはならない。
20180714_181606.jpg
モネ ヴェトゥイユ 水浸しの草原  
モネ ジヴェルニー近くのリメツの草原
20180714_181732_HDR.jpg
坂本繁二郎もモネの世界に連なる人なのかもしれない。
この白さを見てそんなことを想う。


エドワード・スタイケン
20180714_181953.jpg


アルフレッド・スティーグリッツ
20180714_182013.jpg
同時代の写真…
魅力が深い。


わたしはマーク・ロスコの良さと言うものを全く理解できない。
これはもう現代美術好きな方にとっては救いがたい話だと思う。
しかしここでも「モネフィルター」が効いたか、わたしは今このロスコの作品を見ながらこれまでにない感興を覚えている。
20180714_182126.jpg

しかしそれがどんなことかは言葉にするのが惜しい。いや、まとまらない。
ただ、この絵はモネの「ラ・ロシュ=ブロンの村」と向かい合う、対面にある。
その絵と向かい合うことである種の化学反応が起こったように気がする。
それはぜひとも会場で確認してほしいと思っている。


20180714_182334.jpg

純粋に言う。
ピンクのふわふわ、雲の中にいるようだ。あっちは大正ロマンの銘仙の着物のようだ。
どちらもとても可愛い。
こんな感想を出すと現代美術に詳しい方や作者の方は苦笑いされるかもしれないが、とても気持ち良い中でそう思ったので書く。


モーリス・ルイス ワイン ・金色と緑色
20180714_182549.jpg
この二点は以前からずっと思っていたのだが、変色した白菜にも峡谷の隙間のようにもみえる。
絵に意味を見出そうとするわたしがわるいのかもしれないが、そんなことを考える。


映像を見る。
20180714_182742.jpg
今は無人だが、多くの人が見ていた。
わたしもみた。
緑に染まる喜びがある。

リキテンスタインのつみわらは「必殺つみわら」とでも言いたくなる。妙に楽しい。
20180714_183017.jpg

福田美蘭 モネの睡蓮
平松礼二 夏の気流(モネの池)
20180714_183836.jpg
大原美術館の蔵をもここに入り込ませる。こうしたイメージが膨らんだ絵がとても好きだ。


圧巻はモネの睡蓮が並ぶ空間。
ここに是非立ってほしい。
20180714_184217.jpg 20180714_184230.jpg

20180714_184255.jpg 20180714_184403.jpg

わたしのカメラでは本当の色なんかでない。
出来る限り本物を見てほしいと思う。

ここから出た後、サム・フランシスの絵を見て、これまでにない清冽なきもちになった。
20180714_184522.jpg
色彩の暴力を感じていたのだが、そうではなく、スパークする美だと感じたのだ。
ああ、とても心地いい。

そしてウォーホルの10点の花。
20180714_184635.jpg
とてもここちいい。

最後に福田美蘭の特別なプレゼントがあった。
20180714_184759.jpg
ぜひ会場で本物を見てほしい。

心地よく会場を出てショップに入ると素敵なものがあった。
20180714_185406_HDR.jpg
いいなあ。とても…これは期間限定だそう。

建物の前には鉢があった。
20180714_190237.jpg 20180714_190244.jpg
その時花は眠っていたが、目覚めた花の美をみてから横浜美術館へ入ってほしい。

わたしはこれからは現代美術にも向き合いたいと思っている。
「モネ それからの100年」展 9/24まで。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア