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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「糸のみほとけ―国宝 綴織當麻曼荼羅と繡仏―」に驚く その2

続き。
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第4章 平安時代から鎌倉時代へ―美麗の繡仏
ここから先はもう唖然とするばかりの美麗さが続く。
刺繍で表現する、というのは絵画や彫刻とはまた別な苦労があるが、様々な技法を用いて表現するところに、宗教心だけでない喜びもあると思う。
それにしてもこの作り手は女性なのか男性なのか、どちらもが関わっているのか。

わたしの祖母は女学校時代、西洋刺繍で森の中の湖水を表現した。それは長く家に飾られていて、とても綺麗だと思った。
友人の旦那さんは伝統工芸士で羽二重布団を拵えているが、糸もよく使う人だという。
そう、糸と針を使う「人」ということだ。
しかしこれら「糸のみほとけ」を制作したのはどんな人なのか。
性差なくそれに当たったのか、それともかつてのペルシアの絨毯制作のように女性の労働だったのか。
いや、みほとけということで女人を措く仕事だったのか…
実際、誰が…むしろ「どのようなヒトが」拵えたのだろう。

刺繡普賢十羅刹女像 1面 平絹地 部分刺繡 平安時代 12世紀 滋賀 宝厳寺  竹生島のお寺に伝わるもの。白象に乗る普賢菩薩の周囲に十人の羅刹女。遊歩するように見えるのもいい。なんでも主に「さし縫い」を使い、ところどころ「平縫い」で構成されているそうだ。

刺繡文殊菩薩騎獅像 1幅 平絹地 部分刺繡 鎌倉時代 13世紀 奈良 大和文華館  五髷の文殊少年。可愛い。
ところでわたしは大和文華館の会員をわりと長く続けているが、この作品はまだ見たことがない。
明の相良縫いの刺繍如来像は二年ほど前に見ているが。
それが出ていたのはこの展覧会。
仏教の箱 荘厳された東アジアの容れもの 
当時の感想はこちら

鎌倉から南北朝の頃は種子ブームが来たのか、大きく強く梵字の刺繍のついた曼陀羅などが続く。
思えば一文字でどの仏かわかるのだ。いいアイテムなどと言っては叱られるか。
そうそう、諸星大二郎「暗黒神話」で梵字が「邪馬台国」を示す道標になったシーンがある。
四体の石仏の頭上にそれぞれ種字があり、並べて読むと「ヤマタイ」となる。
更に四体の彼らの視線の交わる先に庚申塔が立つ。日月を手にする像が。

刺繡種子阿弥陀三尊図 1幅 平絹地 総繡 鎌倉~南北朝時代 14世紀 京都 檀王法林寺  京阪三条近くの「だんのうさん」。
刺繍には髪も使われているそうな。←サー出てきたぞー


第5章 中国の繡仏―多彩かつ緻密
丁寧かつ執拗な美。
東アジアの仏教美術の細密さの凄みというものを改めて実感。
刺繍も螺鈿も何もかもが緻密。仏を表現するために技術が向上する。

刺繡楊柳観音像 1幅 平絹地 部分刺繡 中国・南宋~元 13世紀 京都国立博物館
刺繡菩薩像 1幅 平絹地 部分刺繡 中国・元 13~14世紀 愛知 本光寺
刺繡普賢菩薩像 1面 平絹地 部分刺繡 中国・南宋~元 13世紀 愛知 延命寺
刺繍の始まりというのはどうも中国らしいが、古代既に技術が生まれていたと思われる記述もある。
なにしろ前漢の頃にはもう刺繍がしっかりあるのだ。
だから今ここにある刺繍仏像が作られる千年前にはもう使われているわけだ。
なので千年後のこれらの刺繍仏の制作に遺漏があるはずもなく、六~七百年後の今日まで仏たちはイキイキと生き残っている。

刺繡九条袈裟貼屛風 1隻 羅地・綾地 部分刺繡 中国・南宋~元 13世紀 京都 知恩院  美人もいる。またもういい素材に凄い刺繍。これは重源請来という謂れがある。東大寺の重源から知恩院にどのように入ったのかは知らない。
8年前の京博「高僧と袈裟」展に出たそうだが、わたしはあいにく風邪をひいて見に行けなかった。
その事情はこちら。
上京区ふらふら 非公開寺院など見たり

まあ八年目にしてやっとご対面だからよかったよかった。

刺繡九条袈裟 無関普門所用 1領 繻子地 部分刺繡 田相部は綾 中国・南宋~元 13世紀 京都 天授庵  これまた凄いものを見るなあ。孔雀がいるよ。
極端なことを言えばお坊さんのオシャレの粋が袈裟だからなあ。←「月刊住職」にそんな特集あってもいいと思う。
「西遊記」にも袈裟コレクターのヤバイ坊さんが出てきたし。観音禅院の和尚だったかな。

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第6章 浄土に続く糸―刺繡阿弥陀来迎図
臨終の時、五色の糸を阿弥陀仏の指にかけたのを延ばして瀕死の人につなぐ。
これで来迎間違いなしというシステムがあった。

近藤ようこさんの「安寿と厨子王」にその描写がある。
厨子王を養子とした梅津院は臨終の際、完成間近の金仏の指に五色の糸を絡めて安寧な来迎を望んでいた。だが悪人の厨子王は全財産を相続するために、いうことをきかないと糸を切ると梅津院を脅迫する。
結局梅津院は来迎仏たちの音曲を耳にしながらも厨子王から糸を奪われ、先に殺された妹らのいる地獄へと落ちてゆく。

他に板橋区立美術館での「地獄/極楽」展で黒いマネキンを使った臨終-来迎待ちの展示をみたが、あれはもう本当に強烈な印象を今に残している。

ここではその極楽へつながる糸はなく、その糸で構成された仏たちがある。

中将姫坐像 1軀 木造 彩色 室町時代 永禄元年(1558) 奈良 當麻寺
尼となった中将姫の坐像である。とても優美なお顔。
五年ほど前この奈良博で開催された「當麻寺 極楽浄土へのあこがれ」展以来の再会。
当時の感想はこちら
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當麻寺縁起 下巻 1巻 紙本著色 室町時代 享禄4年(1531) 奈良 當麻寺  尼僧の日々の果てついに生きながら極楽往生を迎える。阿弥陀と蓮とが奇麗。
あなたふと なもあみだほとけ…

刺繡阿弥陀三尊来迎図 1幅 平絹地 総繡  鎌倉から南北朝、室町時代のがいくつも並ぶ。
中宮寺、大雲院などのほか個人所蔵も。祈るための図。
藤田美術館のは髪がたくさん使われていた。
だんのうさんのは色合いがとても綺麗で背景はトルコブルー、金糸もよく使われている。
みっしりと縫い尽くされた刺繍仏画。よそ見も出来そうにない来迎図。

繡仏残欠 1面 平絹地 総繡 鎌倉時代 13~14世紀  向かい合う孔雀が綺麗。

刺繡釈迦阿弥陀二尊像 1幅 平絹地 総繡 鎌倉時代 13~14世紀 大阪 藤田美術館  台に獅子が乗る。可愛い。

時代が下がり極度にキラキラなものが現れた。
刺繡當麻曼荼羅 1幅 平絹地 部分刺繡 彩絵 江戸時代 明和4年(1767) 京都 真正極楽寺  びっくりした。キラッキラ。堂内、輝くだろうな。

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 第7章 髪を繡い込む―種子と名号
髪、特に女の髪には霊力がこもるという。現代はもうそんなこともなくなったろうが、昭和の半ばくらいまではそれはある種の信仰として活きていた。
東本願寺には「毛綱」がある。今あるのは明治の新潟三条あたりの女性たちからの寄進の物らしい。
それについてはこちらに内訳が記されている。
昔の髪がどれほど強かったのかは知らない。栄養不足で髪がいまいちということはなかったのだろうか。
尤もこうした刺繍に使われる髪はいい髪に違いない。

刺繡種子阿弥陀三尊図 1幅 平絹地 総繡  いくつも並ぶ三尊図、仏の前の台には獅子または香炉が乗る。
獅子が刺繍でふくよかでモフモフなのが可愛い。

いよいよ著名人の髪が登場。
刺繡阿字図 1幅 平絹地 総繡 南北朝時代 14世紀 東京国立博物館  北条政子の髪らしい。出家の時のかそれ以前のか。
「阿」の字が髪製。
高野山にある血曼荼羅は清盛のだが、色はよくわからなくなっている。しかしこれは糸として使われているからはっきりと見える。
…ヒトから離れた髪と言うものはなんとなく恐いな。

随分前に平泉金色堂の宝物殿で秀衡の枕をみたが、あの凹み具合が八百年の歳月を強く感じさせた。
そしてそこに髪が数本残っていた。
平安末期のヒトの存在感がなまなましく迫ってきた。

髪を鎧に使うという話もあるが、やはりいちばん残るのはこれら刺繍に使われた髪だ。

刺繡阿弥陀名号 1幅 平絹地 総繡 南北朝時代 14世紀 京都 宝鏡寺  天蓋の下に六文字。尼寺にあることの意味を少しばかり考える。ここのお寺は百々御所で皇女の御寺なのだが、剃髪したその髪はこうしたことに使われるということはなかったのだろうか。


 第8章 近世の繡仏―繡技の到達点
このタイトルで思ったことは着物の装飾のことだった。染織の美に刺繍に。
技能も突き抜けてしまうと、一回りして仏の国から人の世に来るのだ。
江戸中期の着物の飾り、お能の装束などなど、様々な糸の文様が浮かんでくる…

刺繡仏涅槃図 1幅 平絹地 部分刺繡 江戸時代 享保15年(1730) 福島 妙国寺  様々などうぶつたちの嘆きも刺繍で表現する。布に縫い取られる悲しみ。・・・カニもいた。

刺繡聖徳太子孝養像 1幅 平絹地 部分刺繡 彩絵 江戸時代 17世紀 大阪 四天王寺  顔や手は絵。衣裳などが刺繍。
これを見ると菊人形、陶器人形などを思い出した。着せ替えも可能ではないか。
そしてこの様式は現代でも生きているのではないか。

アーチスト清川あさみは美男や美女の写真に糸やビーズを使った刺繍を施す作品を発表しているが、現代の刺繍はそのように異種の素材をも使いこなす。
ただしこちらはヒトを飾るための技法としての選択なので、また意図は違うが。

刺繡八幡神名号 1幅 平絹地 部分刺繡 南北朝~室町時代 14~15世紀  八幡神のお使いは鳩。その鳩がここにもいる。
ふくよかな鳩。

刺繡青面金剛名号 1幅 平絹地 部分刺繡 江戸時代 17世紀 京都 天祥院  こちらは当然三猿。
四天王寺のも並んでいるが、どちらもやや短髪モフモフ系の刺繍猿だった。

刺繡釈迦誕生図 1面 綾地 部分刺繡 朝鮮半島・朝鮮時代または中国・明 15~16世紀 長崎 最教寺  平戸にあるお寺。わくわくと楽しそうである。甘茶をかけてやろうと待機中の帝釈天までいてそうな気がする。

錦織如来三尊百体仏図 1幅 錦織 朝鮮半島・朝鮮時代 天順7年(1463) 京都 誓願寺  ああ、なんだかもうここまで来たのだ。

この展覧会は絶後ではないかもしれないが、空前であることは間違いないと思う。
刺繍仏像を集めた展覧会がこの先あったとしても、この「糸のみほとけ」展を超えることはかなり難しいのではないだろうか。
一針一針に祈りをこめた指が動き、形が生まれてゆく。
仏の形が完成する頃には疲労困憊、目も痛むだろう。
大勢で取り掛かったとしてもすぐに出来るわけではないのだ。

凄い展覧会をみた。
この展覧会を見ることが出来たのは幸いだったと思う。
8/26まで。

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