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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「琉球 美の宝庫」  その1

サントリー美術館で「琉球 美の宝庫」展が開催されている。
思えば2012年にここで「紅型 琉球王朝の色と形」展が開催されたのだ。
この美術館が「用の美」を掲げて半世紀前に赤坂でオープンしたことを、今あらためて思い起こす。
日常の「用の美」もあれば、王朝に伝わる「用の美」もある。
琉球、尚王家とその地に暮らした人々の伝えた美しい工芸品と絵画とを「拝見」する。
イメージ (1254)


第1章 琉球の染織
前掲の通り「紅型」展で非常に良いものを多く見た。
サントリーで見た後、わたしは大阪市立美術館でも見た。
当時の感想はこちら。
紅型 琉球王朝のいろとかたち 前期

紅型 琉球王朝のいろとかたち 中期

あの当時、街中でも全く知らない人と紅型について話したことがある。
たまたま京都行きの特急に乗っていて隣同士になった女性と紅型の美についてかなり熱く語り合ったのも忘れられない。
あれから6年、久しぶりに紅型の名品に再会する。

黄色は貴色であり、身分の高い人しか身に着けてはいけない。
「四季折々」ではなく「四季同居」である。
この二つを踏まえて、華やかな色彩と文様で飾られた紅型の装束を見た。

もう本当に素晴らしいのが並ぶ。
字面を眺めるだけで文様や色彩が浮かんでくるようだ。
すべて19世紀の第二尚氏時代の衣裳。一つだけ明治にかかるものもあるか。 
黄色地松皮菱繋に檜扇団扇菊椿模様胴衣
白地霞に尾長鳥牡丹菖蒲模様衣裳
白地鶴に貝藻波模様子ども着
浅地稲妻に松窓絵散し模様衣裳
緋色地波頭桜樹模様衣裳
染分地遠山に松竹梅模様衣裳
薄紅麻地総絣衣裳
地御絵図柄衣裳
黄色地御絵図柄衣裳
紺地朱格子経緯絣衣裳
流水蛇籠菖蒲葵に小禽模様裂地

中でも特に好ましかったのはこちら
桜波連山仕切り模様裂地 一枚 第二尚氏時代 19世紀 サントリー美術館  山また山に桜が咲き乱れる、そして山や波がそれを仕切る。染め分け地の美麗さがいい。

花色地瑞雲霞に鳳凰模様裂地 一枚 第二尚氏時代 19世紀 サントリー美術館  綺麗な薄紅で、桃色というべきものか、これに手の込んだ文様が入る。以前にも見ているが、やはりその時と同じ心持になった。尊く綺麗…

水色地流水桜散し模様裂地 一枚 第二尚氏時代 19世紀 サントリー美術館  この明るく対照的な色彩を合わせるところが、琉球の空に映える寒緋桜を思わせる。

型紙もある。
流水に菊桜模様白地型紙 一枚 第二尚氏時代 光緒5年(1879) サントリー美術館  清朝末期の元号が記されている。そうか、光緒帝の時代か。
このことで改めて琉球と清朝と日本の関係を考えねばならなくなった。

ところでこの感想を書いてる最中に同僚が里帰りの土産にと「琉球菓子 薫餅」というものをくれた。中にはピーナッツバターが入っていた。調べたところサイトにこうある。
「琉球王朝御用達菓子として、献上されていた伝統菓子です。煎り胡麻の香ばしさと、コクのあるピーナッツ餡が魅力です。上品な甘さは、茶菓子にも最適です。」
この菓子を見たことがある気がしたが、もしかすると仲間由紀恵主演の琉球王国が舞台のドラマ「テンペスト」で、側室のもとへ献上された菓子かもしれない。


第2章 琉球絵画の世界
ほとんど知らないのだが、大和文華館に一点の絵があり、それだけがわたしの知る全てだ。
今回もその絵が出ている。

花鳥図 山口〔神谷〕宗季(呉師虔) 一幅 第二尚氏時代 康煕54年(1715) 大和文華館  白い絵で、朱色が極めて効果的に用いられている。
文鳥たちの様子が愛らしい。
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白沢之図 城間清豊(欽可聖、号 自了) 一幅 第二尚氏時代 17世紀 一般財団法人 沖縄美ら島財団  はくたくである。ここでは白狐のような姿を見せる。それが見返る。
白澤といえば近年では「鬼灯の冷徹」に現れるごくごくええ加減な男か浮かんでこないが、一応霊獣なので、これはたぶん吉祥画とみなすべきかもしれない。

関羽像 山口〔神谷〕宗季(呉師虔) 一幅 第二尚氏時代 雍正5年(1727) 一般財団法人 沖縄美ら島財団  たぶん愛馬・赤兎馬らしきのに乗る様子。
関羽は中国では商売の神様として崇められている。明代以降そうなったようだが、現代でもそれは変わらず、日本でも関帝廟は開港以来、横浜・神戸・函館などにあるし、江戸時代には黄檗宗の崇福寺が仏教も道教も併せて祀ったおかげで、古くから知られていた。
中国文化の影響が強い琉球で関羽の絵が描かれるのも不思議ではない。
尤も、それとは関係なく浮世絵でも関羽の絵は少なくないし、三国志もよく読まれている。

薔薇に文鳥図 小橋川朝安(向元瑚) 一幅 第二尚氏時代 18~19世紀  文鳥がとても愛らしい。二羽の小鳥が仲良さそうなのもいい。

虎図 一幅 第二尚氏時代 19世紀 東京国立博物館  可愛い虎!!大ぶりな目鼻で目玉クルクル。眉毛も太い。大きめ。顔も眉も丸々している。ヘタウマっぽいのがいい。

琉球交易港図屏風 六曲一隻 第二尚氏時代 19世紀 浦添市美術館  進貢船の図。wikiからひらう。
「進貢船(しんこうせん)とは、14世紀から19世紀中期まで行われた、対中国交易・使節を派遣するために用いられた琉球王国の官船。船首部の獅子の絵と舷側の目玉が特徴である。」
ここでも船の舷側に可愛い目玉が描かれている。
この船は山村耕花の中国旅行のシリーズ画にも描かれていた。

冊封使も出していたし琉球は本当に大変だったのだ。

ところで前期展示で「琉球美人」図が出ていたが、今回はパネル展示になっていた。
わたしは社内旅行でその絵ハガキを購入していたので、ちょっと挙げる。
イメージ (1260)
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皆さんとてもたおやか。

花鳥図巻 孫億 1712 九博  鳩、雀、紫陽花、鶺鴒、キスゲまたは百合。顔を見合わせる鳥たちなど、声はないが楽しそうな雰囲気が伝わってくる楽園図。

中山花木図 19世紀 岩瀬文庫  尚家から近衛家と島津家に贈られた。 これは後者の分だそう。ガニュマルなどが描かれている。博物誌の一種と言うべきか。
琉球大学のサイトに写本がある。こちら

琉球人来朝図 19世紀 東博  綺麗に装った行列である。羽根の付いた虎の旗を立てている。
大河ドラマ「琉球の風」でこの行列についての紹介があったが、美麗に装った行列は琉球ではなく中国から日本へ・徳川家へご機嫌伺いに来た、という建前…だったと思う。
もう25年前のドラマなのではっきりとは思い出せないが。
そしてこの来朝についてはパフォーマンスが美々しければ美々しいほど、島津と徳川がその威を見せるという嫌な面がある。
この行事についてはこちら

琉球八景 北斎 1823  8枚のうち半分が出ていた。以前にどこで見たか、見知っている。
馬琴「椿説弓張月」の挿絵を担当した北斎。どうしてもわたしなどは絵の中に鎮西八郎為朝の痕跡を追ってしまう。
小説は1807-1811の刊行。北斎は無論琉球には渡れなかった。元ネタは冊封使の周煌の描いた作品らしい。
このことについての考察はこちらに詳しい。
そういえばわたしが「琉球」という地名を知ったのは人形劇「新八犬伝」からだった。
あの作品には「弓張月」「小栗判官」などが巧く使われていた。

長くなりすぎるので続く。
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