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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「文豪・泉鏡花×球体関節人形」展に遊ぶ

弥生美術館で人形作家・吉田良とその門下の人々による「文豪・泉鏡花×球体関節人形」展が開催されている。
前期は終了し、既に後期の人形が今また新たな鏡花世界を展開している。

鏡花の世界は再現するのが難しいと言われる。
鏡花存命の頃からその傾向はみられたように思う。
たとえば明治36年の作「風流線」なども早い時期から演劇化されたが、「された」というだけで今日までこの芝居は残らなかった。
新派悲劇として現代も続く「日本橋」「婦系図」も、これはむしろ鏡花の筆の世界から離れて、長い間に演出者・演技者・観客の三位一体によって新たに創られた世界だと言っていいと思う。

今回の展覧会に先んじて鏡花世界を「再現」したのは、まずその当時の挿絵画家である清方、雪岱・英朋らである。
かれらは同時代人であり、更には鏡花本人とよい付き合いをした人々であった。
それ故にかれらの描いた鏡花世界は今日までなんの違和感もなく、むしろ魅力的な作品として、愛され続けている。

しかし生身の人間が再現するのは非常に難しい。
鏡花の文章でそのまま人間を再現するわけにはいかない理由がある。
そのことについてかつて辻村ジュサブロー(当時)が著書の中で端的に記した。
かれは「色情狂」という言葉を使っている。
これは読み手が文章による人間像をどう捉えるという問題ではなく、読み手の夢想と絵師による二次元での再現ではわからないことかもしれない。
三次元で鏡花世界を再現しようとしたクリエイターによる実感だと思う。
だからこそ、人形による再現が最も相応しいのだろう。
読むだけでは到達できないなにか。

今回の弥生美術館での展示が素晴らしいのは、そのことを知ったからこその表現だからだと思う。
終焉が近づいている「文豪・泉鏡花×球体関節人形」展で、人形たちの織り成す世界へ入り込むことを、ただただ勧めたい。

今回の人形による世界再現の、その先達として辻村寿三郎、ホリ・ヒロシがいるが、彼らから20年後に鏡花の世界をこんなにも見事に再現した人々と、この展覧会を企画した人々に、敬意を表する。

七人の作家による作品がそこにある。
鏡花は今日では「幻想小説」の大家だと見做されているが、長らく世間では芸道もの・花柳ものの大家だと思われていた。
これは新派悲劇になった前述の作品と、溝口健二らの撮った「滝の白糸」「折鶴お千」「歌行燈」といった作品ばかりがクローズアップされ続けてきたからだった。
実際「三文役者」と自称し、様々な映画に出演し続けた殿山泰司がその随筆で、鏡花の幻想小説の存在に驚いたことを記している。
三島由紀夫、寺山修司、澁澤龍彦らによる「再発見」のおかげで、今日の鏡花の大きな評価は定まったのだ。

芸道もの・花柳ものは前述通り、生身の人間による表現は可能だ。
ただし、それもまた実際には鏡花世界から離れてこその成功だと言える。
幻想小説を人間で表現するのが、非常に困難だと知らしめた作品がある。
名監督篠田正浩による「夜叉が池」である。
鏡花描く女性を再現するのに生身の女性をあてることを断念した篠田は坂東玉三郎をその役に据え、相手役に加藤剛をあてた。
音楽はドビュッシー「沈める寺」などを使った。
興行的には失敗したが、わたしはこの作品はよかったと思う。

しかし興行的な失敗は尾を引き、関係者はこの作品をなかったもののように扱った。
後年坂東玉三郎が監督として「外科室」を映画化したが、あの作品を作った時の「監督」としてのコメントに、「会社には迷惑はかけていない」ことを強くにじませていた。

寺山修司「草迷宮」は妖魅と幻惑を主眼に置いたことで、破綻を免れたと思う。
現れる美女もヒトではなく妖魅だということ、必ずしも美女でなくともよくなり、狂乱の一夜を過ごす少年の姿は、まるで化物に負ける平太郎のようでもあり、「死棺 妖婆の呪い」の神学生のようでもあった。

そして蜷川幸雄も「黒百合」としていくつかの作品を綯交ぜにした作品を世に贈ったが、彼とても完璧な再現者ではありえなかった。とはいえ、決して離れてはいないのだが。

鏡花作品のマンガといえば、わたなべまさこ「註文帖」「高野聖」、波津明子「夜叉が池」、中島一恵「海神別荘」などがある。
いずれも絶品だと言っていい。
そう、二次元での再現は叶うのだ。
清方による絵物語の昔から。

展覧会の様子はこちらに詳しい。
鏡花の世界を再現した方もいれば、そこからインスパイアされて別な世界への階を作り出した方もいる。
しかしそれもまた鏡花世界では起こりうる現象のようにも思われる。

他に鏡花存命の頃の連載作品の挿絵などが展示されていた。
清方、雪岱、英朋、そして装幀の橋口五葉といったよく知られた作品群だけでなく、山六郎の挿絵もあれば、なつかしい「黒百合」「照葉狂言」もある。

この展覧会から鏡花世界へ耽溺する人が増えればとても嬉しく思う。


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