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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「わたなべまさこ原画展 カラーイラスト編」 を見に行く

銀座スパンアートギャラリーでわたなべまさこさんの原画展を見た。
今期はカラー原画である。
イメージ (1326)

わたなべまさこさんは来年90歳になられる。
今もお健やかに過ごしておられるようで、スパンアートギャラリーに訪問されたときの様子をツイッターでみかけて、とても嬉しく思った。
もともと作品同様とてもおしゃれな方で、先年なにかの番組で玉音放送を聞いたときに「これでスカートがはける!」という気持ちを懐いたことを朗読されているのを聴いた。
そう、随分若い頃から一貫してとてもおしゃれで素敵な方なのだ。

前書きが長くなったが、カラー作品の原画展を見ることが出来てとても嬉しかった。
1960年代とそれ以前の健気な少女たちの絵から始まり、「ガラスの城」、「聖ロザリンド」「天使と挽歌」短編もの、怪談もの、「金瓶梅」のカラー表紙や口絵が並んでいた。

随分以前に弥生美術館で「わたなべまさこ・牧美也子・水野英子」展があり、その時初めて原画を見た。
その時に読んだか、それ以前かはっきりしないが、感銘を受けたことがある。
それはわたなべまさこさんの色彩感覚についてである。
その色彩について少しばかりしるす。

わたなべまさこさんのカラーは繊細な淡彩である。
色の取り合わせも基本的に淡白で、それがとても美しい。
原色の取り合わせはまず、ない。
作中でも女性の衣服の色の取り合わせについて記されており、オシャレな方だけに鋭い意見も多い。
そしてこれはまだ今のようにマンガが世に当たり前にある時代ではなかった頃の話。

カラー原稿を制作するにあたり、わかりやすく派手で華やかな色彩を、わたなべまさこさんは選ばなかった。
それに対し、編集部は難色を示したという。
少女むけのカラーは濃い目の色の取り合わせでなければならない、と編集部は望んだそうだ。
小さな少女に淡彩の美は理解できまいという考えだったようだ。
しかしわたなべまさこさんはそうではないと考えられ、淡彩を・薄い色同士の取り合わせを採られ、それでカラー作品を構成した。
思えばすごい試みではある。
が、結果的に編集部の危惧したことは起こらず、少女たちは初めて見るその繊細な色彩の美しさに陶酔した。

半世紀後の今、その当時のカラー原稿を眺めて、改めてわたなべまさこさんのセンスの良さを思い知る。

少女マンガからレディスコミックに場を移されると、妖艶さのいや増した絵が現れる。
わたしなどはもともとわたなべまさこさんのホラーや愛憎の物語に耽溺しているので、ここでその一端に触れることができたのは僥倖だと思えた。
妖艶というより凄艶な女、そしてその背後に陰惨な影を映す亡霊…ゾクゾクする。

「金瓶梅」のカラーは色っぽく、はすっぱさもありつつ、小さなギャグも含んでいた。
淫奔な藩金連と放蕩の大家・西門慶の仲良くするそばでウサギたちがせっせっとその最中なのだった。
はっはっはっ、みんな元気だなあw

グッズも色々あり、魅力的な原画展だった。
11月にはモノクロ原稿の展示もあるという。

そうそう思い出した。随分前のバレンタインデーのとき、わたなべまさこさんの男性キャラが「顔を洗って出直してきな」とウインクするCMがあった。かっこよかったな。

わたしが最初に見た作品は「黒天使シンセラ」だったと思う。
それを手に入れたのは小学5年生で、手に入れるまでに数年の捜索期間があった。
実にうれしかった。
最初に手に入れた本は「白狐あやかしの伝説」でこれはリアルタイムに読んでいた。
祖母が買ってくれたのが小4だったと思う。
代表作として名高い「ガラスの城」を通読したのは高1の合宿前夜で、恐怖に震え上がった。
それまでにバラバラで読んでいたのを通読したショックは大きかった。
悪魔のような姉と健気で清楚な妹。
わたしはこの系統では「シャンデリア」が好きだった。
これらは1970年代初頭の作品群である。

わたなべまさこさんは今も現役のマンガ家である。
「金瓶梅」の連載もまだ終わっていないのだ。
二層構造の展開で、「金瓶梅」自体はどんな展開があるかはわかっているので、興味は表現に向かうが、物語はそうではない。
なのでなんとか続きが読みたいと思うのだ。
「金瓶梅」に仕込んだ毒は効くのか、復讐は果たせるのか、とそれがとても気にかかる。

どうか、本当にお健やかに過ごされ、もしかなうなら新作をどうか、どうか。
ああ、本当にどうか。
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