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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「長崎は今日も(案外)マシな天気だった」の巻 その1

前川清の名曲「長崎は今日も雨だった」がアタマにあるので年中天気は良くないのかと思いきや、別にそういうわけでもなかった。
いやいや、ちがうちがう。
10/5は晴れに晴れて31度の暑い日だったが、10/6は台風の影響で午前中は降ったり吹いたりの長崎でした。

長崎には1984年3月と1994年10月の二回行っている。
最初は修学旅行、次は会社の社内旅行。
前者は大浦天主堂近くの東急ホテル(現・ANAクラウンプラザホテル)、後者はプリンスホテルでの宿泊。
今回は電停・宝町前のザ・ホテル長崎BWプレミアコレクションである。
もう次は行けるかどうかわからない。

というのは…
飛行機が非常にニガテで、今回もつらかった。
家庭の事情がよくない。
これまでの時間の経過から考えると、次に行けるとすれば…
どうも難しい。




それはともかく長崎空港から市内へのバスに乗ったが、同行の友人がホテル前のバス停で下車できるのではと気づき、それなら楽で結構だなと思ったが、そうそううまくゆくはずもない。
バスは確かに宝町に止った。
しかしあれだ、対岸なので、渡らねばならない。渡るには目の前の陸橋を使うしかない。
ひーっ
しかもこの陸橋は長崎電気軌道、つまり路面電車の乗り場(電停)に行く道でもあるので、何が何でも上り下りするしかない。
ああ…いくら坂の町とはいえ、長崎の人はこの陸橋や坂のぼりをどう思っているのだろう。



いいホテルです。

荷物を預けてまずは浦上へ向かう。
浦上は過去二度の長崎ツアーにも何故か行かなかった。
わたしの意思ではなく、学校や会社の総務の都合。

まず平和公園へ。
エスカレーターで上る。


祈る。

この北村西望の彫像は近くで見ると更に巨大だった。
穏やかな表情、素晴らしい体躯。
日本郵船歴史博物館にもかれの作った鎮魂の像があるが、確かにこの穏やかな表情の男性像はそれにふさわしい。

公園の裏手から坂を下りるとカトリック浦上教会へ着く。
歩くとさすがに長崎だけに紫陽花モチーフのマンホールやなんだかんだと目につく。
椿、躑躅もそう。花の国・長崎。
天主公園にもいろいろと色ガラスが。
そして「長崎の鐘」の♪も刻まれている。

近くにあるレトロなアパートも素敵だ。別項にまとめる。





浦上教会は実に荘厳なたたずまいをみせていた。
戦後に建て直されたことはわかっているが、内部の青色に浸された空間、そこに立つだけで言葉を失う。
ただ、沈黙を守ることもカトリックには必要なことなので、異教徒のわたしも従うことに不思議はない。

原爆被害を受けたマリア像の首、吹き飛んだ鐘楼の跡、そしてどのような原爆であったかの説明を読む。苦しい沈黙を以てそれらに向き合う。

如己堂、永井隆博士のうちには行けなかった。
修学旅行の年、加藤剛さま主演「この子を残して」が上映されたことを思い出す。
脳内では藤島一郎の美声による「長崎の鐘」が響いていた。


長崎大学の方へ進む。ここは十年前にノーベル賞もらった下村さんの母校だったかな。オワンクラゲの…
京大名物の立て看板ではないけど、ここにも何かあるなと微笑ましく思いきや、中身は近辺住人からの色々な抗議だった。
こういうニュースは知らないからなあ。

一本足になった鳥居を見る。これも原爆のせい。

そこから長崎歴史文化博物館の方面へ向かう。
途中、聖福寺へ寄るが、これがもうどうしようというほど無人で…妙に荒れてて、怖かったなあ。


「じゃがたらお春」の碑もあったのか、わからなかった。
いたたまれなくて早々に去るが、鬼瓦を埋め込んだ鬼塀はよかった。
ちょっとばかり「聖闘士星矢」の蟹座のデスマスクを思い出しましたわ。

そこをまっすぐ進むと長崎たばこ販売協会とかあって、たばこと塩が専売だったことを改めて思い出す。
すぐそこには西園寺公望の仮寓跡もある。そうそう斎藤茂吉もこのあたりに住んでいたな。
でると目の前に黒い巨大な建物が。
ジャジャジャジャーン長崎歴史文化博物館でござる。
なんで「ござる」かというと、あれだ、ここは大昔は長崎奉行所だったのだ。
「長崎犯科帳」を思い出すぜ。あと「十時半睡」シリーズの「包丁さむらい」な。

先にサント・ドミンゴ教会跡資料館へ。
これが実に見ごたえのある「遺跡」で。近世の遺跡という点では超一級資料ですわな。
非常に面白かった。
井戸の跡一つにしても数十年の経緯があるわけだし、なんだか妙にドキドキした。


時間にゆとりをもってお向かいの長崎奉行所跡地の長崎歴史文化博物館へ。
ここは翌日から特別展「高倉健」展と「映画界の風雲児・梅屋庄吉」展とが開催されるので、当日は内覧会があったらしい。
われわれはですね常設展へ向かうわけです。

ここの所蔵品は折々にツイッターで拝見しておるのですよ、またこれは別項で詳しく挙げます。たいへんよかった。
体験型なところもあり、楽しい。

六時前に出てからまずは諏訪神社へ。
おくんちの見物のための桟敷席というのか、かなりの勾配の席を拵えてた。
拝みに行くにしてももう「かわたれ時」になりつつあって、やめる。母子が遊んでいるのをぼんやり見る。

日銀がいい建物なんだが、どうも設計士がだれかはわからないらしい。
これまた詳しくは後日別項。

図書館もちょっとのぞく。坂とカーブとが危ないのだが、妙に魅力的なフォルムの先にあるのがいい。
ここで六時前まで待ってから再び博物館へ向かい、レストラン・銀嶺に入る。
トルコライス。


ようやく食べた。
8歳の時、地元のダイエーにあったレストランがトルコライスを出していて、常々食べたいと思っていたが、わたしのミスで食べる機会を失くした。外食嫌いな母が折れて食べに連れて行ってくれたのに、ついつい他のことに気を取られ、閉店時間になってしまったのだ。
強く叱られたのも食べられなかったのもショックだったが、更に輪をかけてショックだったのは、その店がしばらくして閉店してしまったことだ。
あれから随分の歳月がたったが、ようやく食べることが出来た。
しかしあのショックが癒えることはない。あれはあれ、これはこれなのだ。
だからこの先もあのトラウマは生き続けるだろう。
とはいえフライもケチャップ炒めのスパゲティもおいしかったが。

店から電停まで歩き、ホテルへ帰る。


この日は友人に合わせ、22時に就寝。
むろん寝るのに時間はかかるが、それでもそのようにした。

初日はここまで。

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