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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「大谷光瑞師の構想と居住空間」展をみる

短期間の展示なので見に行けないかもしれない、と焦った。
龍谷大学大宮学舎・本館での展覧会である。


10/3から10/13、そして10/18という短期間に、とても興味深い展覧会が開催された。
10/18は映像展示がないそうで、資料のみとなる。
わたしは10/11の午前中になんとか見ることが叶った。

開催場所はここ。



この建物を撮影したものをまとめたのはこちら。
龍谷大学を訪ねる

チラシを見て分かるように大谷光瑞の周囲に5つの魅力的な建物が配置されている。
現存する伝道院、築地本願寺、失われた二樂荘の魅力に溺れている身としては、なんとしてもこの展覧会に行かずにいられなかったのである。
イメージ (1363)

擬洋風の龍谷大学の本館へ入ると学生さんが受付をされており、とても立派な図録をくださった。
展示もこの図録も無料なのである。申し訳ないような心持になる。

今回のわたしの主目的は前掲の建物のほかの建物の資料を見ることにあった。
そして「大谷光瑞と言えば大谷探検隊」という意識が中学生の時から今も活き続けているので、その資料にも会えるのではないかと期待していた。以前の展覧会の感想にもその想いを記している。
二楽荘と大谷探検隊

展示はとても充実していた。
今回はわたしの初めて見る建物について少しばかり紹介したい。

チラシの建物は上から
六甲の二樂荘
大連の浴日荘
西本願寺向かいの伝道院
高雄の逍遥園
ジャワの環翠山荘
現存するのは中二つである。



このようにツイートしたが、実際どう考えてもそうとしか思えない。
伊東忠太との出会いがそうさせたのか、元からその傾向が強いのかはわからない。
尤も近代の宗教者の拵えた建造物は素晴らしいものが少なくない。
天理教は竹中工務店だったか、近代和風の傑作だし、お東さんの住まいは武田五一、大本教も…
中でもやはり大谷光瑞の建てた建物の魅力の深さは非常なほどだ。

イメージ (1366)
月見山別邸 現在の須磨離宮公園に1903年に建てられた。
これは光村印刷が出した絵はがき。ここで大谷探検隊が将来した資料の研究がすすめられたそう。
それを想うだけでドキドキする。
尤もこの建物はたった四年後に明治天皇の武庫離宮とされ、手放してしまう。

須磨の月見山界隈は光源氏の昔から風光明媚な土地として知られているが、他にも多くの富豪が別荘を建てていた。
たとえば住友春翠は今の須磨水族園の地にこれまた素晴らしい大邸宅を拵えていた。
「邸宅美術館の夢 Baron住友春翠」展には住友須磨別邸模型があった。
その模型は撮影可能だったのでパチパチ撮った。
こちら

わたしがこの地が別荘地だと知ったのは横溝正史「悪魔が来りて笛を吹く」で読んだからだった。
玉虫伯爵の別荘があるという設定で、舞台は戦後すぐの1947年、戦災の無残な痕を歩く描写があった。
横溝は神戸出身なので、隣の須磨にも詳しいのだ。

そんなことを思いながらほかの建物写真をみる。
上海の共同租界にあった無憂園…ドイツ風な趣を見せる美しい建物。
旅順大谷邸…写真は廃墟だったが、現在は修復されたとある。
わたしはどうやら見に行けそうにないが、いつかどなたかがこの写真を挙げて下さればなと願っている。
ほかにもまだあるまだある(この言い回しは芝居の「天下茶屋聚」のかまぼこ小屋の元右衛門だ)

二樂荘の写真絵はがきもあり、それを見るだけでも楽しい。
展示はまた光瑞の大志ともいうべきものを見るようにも設えられていた。
たとえば都市計画である。
その地図を見るのも興味深かった。
他にも陶器の破片を鏤めた扁額、著作などなど。

そして13日までの映像資料は「二樂荘と大谷探検隊」と大谷光瑞の法事の様子を捉えたものだった。
どちらもたいへんよかった。
特にわたしとしては橘瑞超と吉川小一郎の2ショットなども見れたのは嬉しい。

今後もこうした展覧会があれば何としてでも見に行きたいと思う。
10/18、資料展示のみだが、行ける人にはぜひ勧めたい。
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