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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

TARTAN スコットランドからの贈り物 タータン

秋の恒例「東灘アートマンス」の一環で神戸ファッション美術館へ向かった。
「タータン」展が11/11までなので間に合ってよかったわけだが、この展覧会で初めて知ることがあまりに多く、その情報量の多さに圧倒された。
まずこのチラシでタータンの質感を感じよう。
イメージ (1463)
上質の染織が圧してくる…

わたしは「タータン」とチェックとが別物とは全く知らなかった。
この展覧会でホントに初めて知った。びっくりしたなあ。



タータンの歴史や意義などについてはWikiがたいへんよい説明をしている。
2018.10.8に更新されているところを見ると、この展覧会とリンクすることを考えたひとが丁寧に記されたのかもしれない。

イメージ (1464)

圧巻なのはタータンの一覧。一つずつ全部違う。こんなに違うのか、とそれにもビックリしたし、判別できないものもあるが(わたしの注意不足だな)、とにかく現物がずらーーーーーっに圧倒される。
こんなにもたくさんのタータンがあるのか…
クラン・タータン…氏族の違いのタータン。実に多くの種類があり、ここでは52種のタータンが出ていた。
ところでわたしが「クラン」=氏族というのを知ったのは実は「バッフ・クラン」からなのでした。
ディストリクト・タータン…地方に根差すタータン。32種
ミリタリー・タータン…「禁止令」が出ていた時も軍隊だけは許されていたそう。11種

今更だが、タータンはスコットランドのハイランド地方で発達した織物だが、だからこそイングランドとは違うぞという気概が込められていたようだった。
「ジャマバイトの反乱」を鎮圧されたスコットランドはタータン禁止令を受けて、軍隊以外は35年間着れなくなったそう。
1746-1782
しかしヴィクトリア女王がタータン好きで、1851年には子供らに着せ、1855年には夫君アルバート公がタータンを着てパリへ公式訪問ということもあった。アルバート公のタータン姿には世界も驚いたらしい。
膝小僧を出したからというのではなく、イングランドの女王の夫がスコットランドの魂をということだ。

そしてロイヤル・タータンという特殊なものも生まれる。
王室以外は身につけてはいけないタータンなのだ。
こういうのをみると古代日本の皇族や清朝までの皇帝の衣裳の色のことを思いだす。

日本のコーポレート・タータンも紹介されていた。
学生服のトンボ・タータン、これはもう親しみやすい。
明治末には日本にもタータンが入ってきたのだが、こういう柄物は日本人に好まれやすいと改めて思った。
戦前のサンデー毎日の表紙を飾る女優たちの衣裳もタータンだったりする。
そしてなによりハマトラやVANがあるではないか。
これでわたしは「タータン・チェック」はトラッドの王道だ位の認識が出来上がっていたのだった。

元々がスコットランドのだというくらいは知っていた。
それはバグパイプを演奏する人が着ていたからだ。
それはたぶん「チェルシー」のCMから知ったことかと思う。
そして「キャンディ・キャンディ」も。
作中で「丘の上の王子様」はスコットランド人の正装をして現れる。
名門アードレー家の養女となったキャンディも一族のお披露目の時にタータンを着る。
それでわたしも覚えたのだった。

マネキンの着る様々なタータンも素敵だが、この展覧会をみたことで、タータンへの尊敬が生まれてきた。
ニガテだったが、わたしも着てみたいと思った。

紙資料ではジョン・ケイの風刺画がたくさんある。
18世紀後半の銅版画家でハイランドの人々を多く描いた。
様々な風刺のきいた絵の他に意外と真面目な肖像画もある。
自画像は巨大な黒猫やホメロス像と一緒のもの。
ジャマバイトの反乱の敗残で錯乱した大地主の奇行、職人組合長でありながら盗賊だった男(後に「ジキル博士とハイド氏」が書かれた時、モデルはこの男だと皆に目された)、風刺画家仲間ドゥ・ラトゥールは眼鏡をかけた猫と一緒の図…などなど

ほかにジョルジュ・ルバーブ、バルビエらのファッション・プレートもあった。みんなタータンを着ている。
こんな絵もある。
イメージ (1465)
右の猫はきちんと正装し、あざらしの毛皮つきスポーランも腰に下げている。

とても面白い展覧会だった。
11/11まで。グッズも素敵なものがとても多い。


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