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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

開館30周年記念 鄭詔文と高麗美術館

高麗美術館は京都市内北部にある。堀川通りを北上して、真っすぐな道が曲がりかける直前の所で下車する。
なのでここが堀川通りの果てのような気になる。
その地に高麗美術館はある。
1988年に開館し、今年で30年だという。
高麗と書けば普通は「こうらい」とよむが、ここでは「こうりょう」である。
チラシやポスターでは明朝体などで記されるので特に何も思わないが、美術館に来れば独特の味のある手書き文字に出会える。
筆者は司馬遼太郎である。
司馬さんはこの美術館ととても関係が深く、それでここの館名を書いたのだ。

イメージ (1503)
左端がないのはそこに30周年記念プレゼントのチケットがついているから。

遠いけれど好きな美術館なのでなるべく行くようにしている。
特に今年は高麗成立から1100年の節目の年だというので、各地で高麗祭が行われている。
・東洋陶磁美術館「高麗青磁」展
その美に溺れて感想文を複数挙げてしまった。
その1
・建国1100年 高麗 金属工芸の輝きと信仰 
こちらも感想を複数に分けた。
その1

その高麗を館名に挙げた理由は、初めて統一国家を作ったから、ということらしい。
そしてその高麗を代表するのが高麗青磁。
イメージ (1505)
青磁象嵌の美を深く味わえる。

展示は手縫いのポジャギ(パッチワークの布)から始まる。可愛く作られていた。
その下には二つの箪笥が並ぶ。
半閉櫃とある。木の感じもいいが、がっしりした金具がどれもこれも可愛い。
蝶番はなかったが、花型や何かの文様の形を下金具である。

刺繍の十長生図屏風八曲一隻がある。鶴、亀、松竹梅などが大胆に刺繍されていた。

司馬さんの書があった。綺麗にガラスに収まっている。
「熟柿落ち 碧き丹波の雲と陶 為鄭詔文氏」
そばには鄭さんの書も。
「期必 朝鮮美術館 千九百六十九年元旦」

鄭さんの祈願は果たされる。
1988年、この地に遂に高麗美術館が作られたのだ。
そしてそこへ至るまでの間に仲良しの司馬さんや上田正昭さんらと雑誌も出し、ついには豊饒の時を迎えたのだ。


朝鮮時代の白く豊かな白磁に青花・辰砂・鉄砂などを懸けた壺がいくつもあった。
ふくよかなフォルムに四季の花々が描かれていた。

鹿の絵の大壺もある。面白いことにその牡鹿には八重歯がある。
職人の遊び心だろうか。

船の絵の壺はこれを描いたものと共に展示されている。
イメージ (1506)

花鳥図屏風も妙な楽しさがある。柘榴の実が描かれているのが特に面白い。
蓮と翡翠もいい。薄紅色が多用されていたかせあの華やぎだろうか。

文字図があった。文字に花などの綺麗なものをからめる技である。
これは映画「風の丘を越えて 西便制」で知ったものだ。
ここでは「至忠」と「忠」の二文字がある。
どちらも忠の字が飾られていた。竹と海老で再構築されているのだ。

仏像もおもしろいものがある。三頭身の頭大な如来さんは可愛くてならなかった。
冥官吏のはしくれの少年は可愛い。

民画の十牛図もあり,表情がおかしく見えるのが、面白い絵になる。
こういう素朴な味わいは奈良絵本の素朴なものと通じる。

凄まじいのをみた。長生図8曲なのだが、ここにあるのは桃である。
桃の実の満開の時を、これでもかというくらいに描きこんでいる。
速い流れの川を覆うようにして桃の実が溢れかえり、主張している。
類例はないそうだ。それはそうだろう。
なんだかもう物凄い桃だ。

蝶と花の絵もいい。
やがて猫の図があらわれた。
チラシなどではこうだった。
イメージ (1504)

しかし実際の絵はこうだ。
イメージ (1507)
違う植物を狙っていたのだ。

螺鈿の素晴らしいのもある。大きな箱で海浜の様子や貝殻が刻まれ、そこに鹿が来るのだった。

他にもう一つ興味をそそがれたのがこれ。
青磁鉄彩白象嵌草花文梅瓶である。
黒く光る器に、まるで螺鈿のようにはまり込んだ植物文様がとても艶めかしかった。


最後にこちらはさきほどのチラシの切れ端を出すことでもらえたもの。
ありがたい…
.イメージ (1508)

いい展示をありがとう。
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