FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

一条ゆかり展をみる

弥生美術館では一条ゆかり原画展が開催中。
わたしは小中学校の時、とくによく読んだ。
そしてその頃の原画がたくさん並び、作品紹介も的確なのでとても嬉しい。

貸本のデビュー作は今回が初見だが、それでももうかなりの画力だった。
そして早いうちから物語性の高い作品を世に送り出している。
思えばわたしが一条作品を夢中で読んだのは、その作品性の高さと丸く収まらない物語とに惹かれたからだと思う。
しかもそれが小学生から中学生までが対象の雑誌「りぼん」で連載されていたことに、改めて感心する。

わたしが最初に読んだのは「こいきなやつら」のシリーズだった。
今見ても本当に「こいき」=小粋な連中だが、小学生にはその「小粋」というのがわからなかった。
ひらがなだからよけいわからず調べなかったので、大きくなるまで「小粋」と思わなかったということがある。
尤も今でも「小粋」の本質がわからないのだが。

この作品の良さを拡大化したのが「有閑倶楽部」だと思っている。
とはいえ「こいきなやつら」の舞台がヨーロッパなのがよりカッコよく思われた。
70年代ファッションに身を包み、センスを煌めかしたキャラたちの動きが本当に魅力的だった。
ここでこうして原画を見ていると、往時のときめきが蘇る。
後に知ったことだが、メカニック全般を男性作家の弓月光、聖悠紀、新谷かおるが担当したそうで、そういうところがまたカッコよく見えた。
(同時代の本宮ひろ志の女性キャラをもりたじゅんが、新谷かおるのクールな女性キャラを佐伯かよのが担当したことで、作品全体とキャラとに厚みが増したのを忘れてはならない)

この当時わたしは小学生だったが、一条ゆかりの描くカッコ良さには本当にほれぼれと憧れの視線を向けていた。
魅力的な女性作家は他にも多くおられるが、描き出されたキャラのカッコよさ、センスの良さは一条ゆかりが随一だったと思う。
そして恐ろしいことに、非常に冷静にキャラを突き放して描いていた。

「デザイナー」は傑作だった。
二巻で話がまとまっているところも凄いが、どの場面にも一切冗長さはなく、いつも張り詰めた緊張感があり、更に絶望的な終焉を予感させるような何かがあった。
わたしが読んだのは既に連載終了後で中学生の時だった。
話の展開をきちんと追えていたと思うが、それでもラストは予測できなかった。
あそこまで無残な結末を迎える少女マンガはあの当時他になかったのではないか。
数年後に山岸涼子「日出処の天子」、三原順「はみだしっ子」のラストに傷ついたが、それでもどこかに…希望はないが、まだそれでも未来はあった。
しかし「デザイナー」のラストには何もない。
大矢ちきが担当したキャラ・柾だけが幸せを掴むばかりで、主人公二人・亜美と朱鷺とは救い難い状況に陥った。
一人は自死を選ぶしかなくなり、一人はそれにより正気を失う。
柾は亜美を喪い正気を失くした朱鷺を以前のままに愛する。

正気を失い、自分だけをたよりにする「かれ」を手に入れて、それが愛の完成だと微笑む人物は、他に坂田靖子「アモンとアスラエール」でのアモンがいる。
本当の狂気の持ち主とは「かれ」を手に入れるために手段を択ばぬキャラなのだった。

一条ゆかりの作品には自分の欲望を正しく知り、それを手に入れようとあがく人物が少なくはない。
たとえばこの「デザイナー」ではそれがとても顕著だった。
捨てた実子・亜美から復讐を受け、しかしそれによりデザイナーであり続けることで立ち直ろうとする麗香。
彼女に対し、亜美は敬意をもって「あなたこそ本当のデザイナーだわ」と言葉をかける。
実際、一条ゆかりもこの麗香こそが実は本当の主人公だと明言している。

成功するキャラもいれば手に入れたものを失うキャラもいる。
「砂の城」はわたしが小中学校の頃に「りぼん」で連載していた。
最初から最後まで常にハラハラし続け、少しの安寧に喜んだこともあったが、ラストの無残さにやはり心が折れた。
今回の展覧会で初めて一条ゆかりの意図を知り、ようよう納得もいった。
一条は言う。
「わたしの一番嫌いな女の一生を描く」。
そうか、ナタリーはいちばん嫌いなタイプだったのか。
それでも主人公なので、わたしはナタリーの薄幸なところ、無残な恋物語を応援したよ…
そう、こんな読者は多かった。そしてそれこそが一条ゆかりの狙いだったのだ。
大嫌いな女の一生を描く。死ぬまでを描く。
読者に思い入れを深くさせて、そこで絶望的な生を与え、誰も望まぬ死を迎えさせたのだ。
酷い話である。
作者の掌で踊らされたのはナタリーとわれわれ読者である。
しかしそれでいて、決して作者・一条ゆかりを呪うことはなかった。

この辺りの心情については展示解説にも詳しく出ていたが、丁度こんな記事があるので紹介する。
「少女マンガアーカイブ/一条ゆかり「砂の城」

よくこの作品を「りぼん」で連載したものだと改めて感心する。
当時の編集部の苦労もしのばれる。
尤も、この大人っぽい作品のおかげで、わたしは長く「りぼん」読者でもあったのだが。
同時期の「りぼん」には田渕由美子、太刀掛秀子、陸奥A子、坂東えり子らが魅力的なストーリーマンガを連載していたが、中でも太刀掛「花ぶらんこゆれて…」も波乱含みのストーリーで、毎月ハラハラしていた。
だが、こちらは最後は幸せを掴むことになり、カタルシスを感じたが、「砂の城」はそうではない。
連載終了後30年以上たつが、今なお物語がつらくて仕方ない。
とはいえ、わたしもそんなに主人公ナタリーにも恋人フランシスにも肩入れはしていなかった。
わたしが好きなのはナタリーの友人で紆余曲折の果てに幸せな家庭を築く彼女であり、フランシスに秘かに恋心を懐く友人だったりしたからだ。
だがそれでもナタリーが「可哀想」だという気持ちはあった。
作中でナタリーか心臓が苦しいと訴え、それがわがままからくるものだと解説されているのを読んだ時でさえも、ナタリーにはなんとか幸せになってほしいと願ったものだ。
また、直接ナタリーを地獄へ落した少女の行動が非常に嫌いで、今に至るまでこうした考えなしの自分の喜びだけを追求するわがままでおしゃまな少女というキャラが、本気で大嫌いだ。
とはいえこの性質は実は現れ方は異なってもナタリーと同じなので、彼女のアルターエゴというべき存在かもしれない。

美麗な原画を見ながらそんなことを思っていた。

「有閑倶楽部」は一時期「砂の城」と並行して描かれていたそうだ。
そういえばそうだった。
そして「砂の城」の第一部と第二部の間には「ハスキーボイスでささやいて」もあり、わたしはこの作品がとても好きで、やっぱりカッコいいなーとみていた。この作品にはある種のジェンダー論の火種も撒かれているのだが、そのことについては省く。
「果樹園」は一切この原画展では紹介されなかったが、一読しかしていないものの、とても心に残る作品だった。
狂気の現れ方について、色々と考えさせられる作品だった。
「ときめきのシルバースター」も少しばかり紹介されていたが、色々と楽しかった。

「有閑倶楽部」は日本のコメディーマンガ史に残る傑作で、長く続いた。
全員がお酒にちなんだ苗字だったのも面白く、連載当時作者のインタビューでそれを知って、子供心に面白く思えた。
ただ、「有閑倶楽部」を完全には楽しめなかった。
長く距離を置いてしまったので、今回の展示で改めて作品の面白さを知ったようなものだ。

「恋のめまい 愛の傷」は今回初めて知ったが、絵の美しさに拍車がかかり、メロドラマの美をまざまざとみる思いがした。
とはいえ、物語としてはわたしの嗜好からは離れている。

他方、「正しい恋愛のススメ」はキャラの表現が魅力的で、絵もだいぶかわり、時代の流れに応じて変化を付けていることを知った。少年たちは二人ともとても素敵で、特にわたしは護国寺くんにときめいた。
わたしならたぶん彼の方をオーダー…はっ!いけないいけない。ナイショです。

最後の大作「プライド」の原画を見た。
女二人の息詰まる対決だった。
この作品を最後に長期の休養というか、新作発表はない。
ご自身の肉体の疲弊も酷いという。緑内障や重篤な腱鞘炎などなど…
だが、改めて旧作に触れることで、一条ゆかりと言う大作家の新作を読みたいという欲望に齧られた。
何をテーマにしてもいい。ただ読みたい。

その熱を抑えながら見て回り、やはり凄い作家だと思い知らされた展覧会だった。
12/24まで。
関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア