FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

終わってしまったピエール・ボナール展

ああ、とうとうこの日を迎えてしまった。
ピエール・ボナール展最終日なのだ、今日は。
まずい、たいへんまずい。一か月前に見に行ってこの体たらく。なんてこったい。
どうでもいいが、「体たらく」は何故「体たらく」なのだろう。
元の字は「為体」だというが、イメージとしては「低タラく」くらいが合うのではないか。
→こんなことどうでもいい。

ボナールとボナール展よ、すまぬ。
少しばかり書けてるのでそれを足して適当なことをあわせよう。
いや、それはいかん。いかんのである。
どんな状況であれ、考えながら書いてゆこう。
イメージ (1565)

ボナールと言えば伸びる白猫をはじめテーブルやそこらにいる猫が思い浮かぶが、この展覧会で猫が多出するのはボナールの前半生で、後半生はむしろわんこばかりだと知った。

ところでボナールはナビ派の中でも「日本かぶれ」と揶揄されていたようだ。
あの当時の「日本大好き」さんはかなり多いが、皆さん良い作品を残しているのが素晴らしい。

1.日本かぶれのナビ
なかなか艶めかしいような女性像が多い。

アンドレ・ボナール嬢の肖像、画家の妹 1890  この絵は以前から好き。二匹の犬と一緒にいる妹は赤いスカートをはいている。ポピーが咲き、蝶々が舞う背景の中で。

庭の女性たち 1890-91  連作もの。以前のオルセー美術館展で見たのが最初かな。
イメージ (1572)

男と女 1900年 これはオルセーで見たのが最初。露骨に事後の様子で、やっぱりフランスは違うなと妙な感心をした。
ベッドの上に猫が集う。いろんな種類の猫がいるのでついついそちらに目が向く。
しかし猫と言うのは状況を弁えないというか、逆に弁えすぎるというか…

2.ナビ派のグラフィック・アート
版画も少なくない。商業芸術の仕事である。
思えばかれはミュシャと同世代なのだ。
ロートレックとも被る。パリはポスター花盛りの時代だったのだ。

イメージ (1570)

サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)とあるが、これは元々はグランヴィレ・コレクションを1990年にサントリー財団が一挙に購入し、大阪府に寄託し多分だろうか。当時中之島にあった府立文化情報センターでわたしはその年にみている。

ジュール・ルナール「博物誌」の挿絵はパネルで紹介されていた。ファンキーな動物たちである。可愛い。

ユビュ親父の挿絵まである。ルオーだけではなかったのだ。
調べたところムンクも描いていたようだ。どうやら一番早く描いたのはボナールらしい。

3.スナップショット
ボナールは1890年から1905年まで盛んに撮影をした。それ以後はほぼしていないそうだ。
ここにあるのはモダンプリントばかりで当時のものはないが、その分きちんと残せている。
恋人でモデルのマルトの写真が多いのは、絵のためだろうか。
ルノワール父子の1916年の写真もある。髭爺さんのオーギュストとにこにこと体格のいいジャンと。

4.近代の水の精(ナイアス)たち
浴室関連の裸婦たち。
マルトの友人ルネもまたモデルとなった。
ボナールは彼女に好意を懐くが、マルトがそれをよく思わず、それまで未婚だった二人は婚姻し、それが原因かルネは自死してしまった。

イメージ (1573)

裸婦ばかりでなく男性の絵もあった。本人の自画像である。
64歳でベアナックルでファイティングポーズをキメる。

しかしなんといってもやはり裸婦がいい。
スケッチも実に多く描いている。

ダフニスとクロエも描いていたのか。ヴォラールは目端の利く画商だった。決してわるくはない。

5.室内と静物「芸術作品―時間の静止」
静物画ではなく室内画であることから、「死んだ自然」ではなかった。
そしてそこが好ましい。

絵の中に猫や犬がいるのもいい。
大きな白猫がたいたり、犬が寄り添っていたり。
テーブルの上の果物にあたる日差しによって影が色を変えたり。
今日では特に何とも思わない表現もまた、この時代に生み出されたものなのだ。

スケッチで「フランス窓」をえがいたものがあった。
これを見て田渕由美子「フランス窓たより」を思い出す。1970年代の繊細で素敵な作品。
枯れたような線描の美。
ボナールのスケッチからあの作品を想った。

イメージ (1571)

6.ノルマンディーやその他の風景
ノルマンディーをフランス人がどのように想っているかを日本人の、現代人のわたしでは到底わからないだろう。
その計り知れなさこそが魅力なのだ。
なのでボナールがこの地の風景を描きつづけたことを興味深く思う。

ボート遊び 1907  構図が面白い。ボートの舳を描いているが、手前が観客の立つ位置に来るので、我々までもがこの小舟に乗りこまなくてはならないようになっている。
こあしたトリックは楽しい。

この頃のボナールとマティスの交流―文通―はたいへんよいもので、とても心にしみる。
互いの健康を祈り、仲良くする二人の心。いいなあ。

はしけのある風景 193-0 セーヌの風景なのだがこの絵を見ているとき、「はしけって何?」と話し合う人々がいたので、説明をした。思えば「艀 はしけ」というものを見る機会はほぼないのだ。
ポルトガルのファド「暗い艀」アマリア・ロドリゲスの歌声が脳裏に流れ出す。

7.終わりなき夏
明るく和やかな作品が多く、ボナールの晩年のキモチの明るさを思う。
そしてここには猫はいなかった。

賑やかな風景 1913  ヘレナ・ルビンシュタインの家の様子だったか。

花咲くアーモンドの木 1946-1947  白い花が咲く一本の木。ゴッホの病院にいる頃の絵を思い出すような色彩だった。

猫と裸婦のイメージが強かったが、そればかりではないことも知った。
面白い展覧会だけにもっと早く感想を挙げるべきだったと反省する。

若い頃は猫を、晩年は犬を飼ったボナール。
犬も猫もいい表情だった。
イメージ (1576)



関連記事
スポンサーサイト
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア