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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

北海道ツアー 旭川篇

いよいよこれで北海道ツアーも終わり。
旭川へ向かう。

旭川と言えば今のわたしにとっては「ゴールデンカムイ」の第七師団の本拠地があったというだけでヒーッなのですよ。
てか、そのあたりも長居は出来ずとも行けると言うので喜んで参加したわけですがね。

道々みえる草ソテツ、蕗、クマザサがいいな。
まずは北海道護国神社。
このお向かいに北鎮記念館のある自衛隊の駐屯地が広がる。
最強…あああ…わたしのアタマの中には初登場時の尾形上等兵の頬のこけた顔が思い浮かぶよ。
はぁはぁ。ああもうほんと、苦しいわ。



宮司さんのご案内でまずは神社を参拝する。
巨木がある。内地では大概樟だがこれは楡。樹齢400年。
北海道は楡、エルムの樹だわな。
そういえば昔よく通ったお店の名前、エルムだったが楡のことだったのか。
楡と言えば水野英子「にれ屋敷」は名作だ。










ときめくよなあ。



ちゃんと陸軍の星がついておる。

そのお向かいにはあれ。


今丁度鶴見中尉の装束を再現しているとかなんとか。ひーーーっ

そしてここのお隣にはスタルヒン球場も。


スタルヒンは戦時中「須田博」として生きざるを得なかったそうだ。
この人の生涯はやはりお気の毒なところが多い。今こうして旭川に彼の名をつけた球場があるのはせめてもの供養になると思う。

ところでわたしは旭川には来たことがないと思い込んでいたが、アイヌの「川村カ子ト記念館」に大学の時に行ったので、一度は来ていたことになる。
あの大学ツアーの時、引率の中村先生と言う憲法の教授は普段は気さくで冗談ばかりの酒飲みの虎党のオヤジさんだったが、ここへ向かうとき真剣な面持ちでアイヌの人々の歴史についてレクチャーなさり、決して決して軽い気持ちで行くなと言われた。
先生はアイヌの人々の人権を尊重されていた。わたしは当時「シュマリ」「コタンの口笛」「森と湖の祭」は読んでいたが、本当の方々に会うのは初めてだったので、強くそのことを意識した。
今以上に当時は無頼で無礼だったわたしだが、丁寧にあいさつし、真面目にお話を伺ったり展示を見たことを覚えている。


バスはやがて中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館へ。
そう、こここそが陸軍第七師団偕行社なのだ。


日露戦争直前の1903年に竣工。

あああ、鶴見中尉もここに…!!!←「ゴールデンカムイ」にどこまでのめり込んでいるかよくわかるね。







将に白亜の殿堂。そして内部は黒で統一と言うシックさ。
内部撮影もさせていただいたのだが、挙げていいのかどうかまだ未連絡なのでここには挙げない。






わははははは

なお展覧会も少々愉しむ時間があり、中原の「若きカフカス人」、ロダンや舟越父子の作品なども見れたのは嬉しい。

すばらしい建物だった。またいつか再訪したい。




煉瓦の倉庫、再び。
今度は合同酒精工場






面白いものを見たなあ。

さて今度は元は個人邸宅、今はお蕎麦屋さんであり、地元の冠婚葬祭に使われる名建築へ。








こんなの見たの初めて。













お昼になったのでおそばをいただく。



お庭も素晴らしかった。
普段京都の庭を見慣れているので、こうしたお庭が新鮮だった。

車窓から見える様々な家。








ほぼ廃墟なので非常にもったいなかった。
こんなものまである。






さあここまで。
いよいよ新千歳空港へ。
途中のSAのスタンプ
イメージ (1981)

今回のわたしのいったところ。細い黒線がそれ。
イメージ (1984)


解散後、わたしは日高昆布などを購入。
いいツアーだった。

苦しい日常から離れると気分が明るくなるので、やはりこうしたツアーをこれからも出来るだけしたいと思っている。



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