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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

地図の旅 東日本の旅

横浜まで京急に乗るので、何の気なしにPR誌『なぎさ』をもらうと、いきなり最愛の辻村寿三郎師の記事があり、ついで京急沿線各地の催しに二つの記事をみつけた。
一つは三渓園での下村観山展(これは時間的にも無理だ)もう一つは横浜都市発展記念館での『昭和の地図の旅』展開催のお知らせだった。
わたしは遊楽・行楽を殊の外好む。現実でも観念でも。
行きますがな、行かなどうするんです。

吉屋信子の展覧会の後、港の見える丘公園から『あかい靴』バスに乗り(観光ポイントを通る可愛いバス。100円です)大桟橋で下りた。なんかお祭りしてますね。
それを横目にみなとみらい線と直結した建物の4階にある記念館へGO!
http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/

前期後期に分かれていて、まず東日本の旅。
きっぷを渡された。これを提示すると西日本の旅、ご招待。
いいですねえ。

思ったとおり、吉田初三郎だ。
絶対吉田の地図があるだろうと踏んでやってきたので、すごく嬉しい。お客はオジサンばかり。てっちゃんもけんちゃんも大方はオジサンだ。でも女にもてっちゃん・けんちゃんいるのよ。(例えばここに)

地図の原画も出ていた。
これもいいけれど、吉田は商業イラストを知り尽くしていて、自分の作品が印刷されたときの効果を考えていた人なので、ナマナマしい作り方ではない。
早速横浜というか神奈川全域の地図を楽しむ。

おお、ホテルニューグランドや県庁がある。
今回パスした三渓園の塔も見える。
東横線の電車が走るのを追うと、わたしの大好きな建物・大倉精神文化研究所や日吉の慶応を越えて、ずうっと先まで続いている。
京急は横須賀へ続いていて、逸見や按針塚や戦艦三笠があるよ。三崎港もある。ああ、じっくり廻りたいわ。
さっきまで乗ってたJALの機内誌で横須賀海軍カレーも出ていたが、それを思い出した。追憶と連想が次から次へとつながる。
佐藤さとる『わんぱく天国』は丁度この地図の描かれた頃だったはずだ。あの愛すべき子供らが走り回るのが見えるような気がする。

・・・・・・どきどきした。

他の地図を見る。
横浜の全市図。こういうのは今では個人情報保護とか色々言われるのかなあ。懐かしい地図のマーク。大概忘れてるが、へんなのに限り覚えていたりする。
中世の社寺境内図でもそうだが、地図というのは見るだけで様々な妄想が広がると思う。

以前会社がもう少しのんびりしていた頃、わたしは暇があれば京都と東京の地図を眺めていた。道路地図。それから地下鉄路線図。
腕時計をはめていた頃は、秒単位で動いていたのだ。
何秒でどこまで歩くとか、何両目に乗れば乗り換えがスムーズかとか(これは今も続行中)そういうことをアタマの中でシュミレーションし続けていたのだ。
(大阪は地元の為、却ってイージーで、地図もその都度見るかあるいは適当なのだった)
そのときの楽しい気持ちが湧いてくる。

東北の旅へ。
盛岡の地図も吉田の手によるので、温泉地も賑やかに見える。
昭和初期、暗い世相を作り出した軍部や政府は、国民に楽しいツアー参加を促していたらしい。わかるようでわからない論理。
盛岡はなかなか好きな地だ。
小岩井農場、繋温泉、平泉への道。

鏡花の『高野聖』冒頭に
「参謀本部編纂(へんさん)の地図をまた繰開(くりひら)いて見るでもなかろう、と思ったけれども・・・(中略)・・・表紙を附(つ)けた折本になってるのを引張(ひっぱ)り出した。」
とあるが、その参謀本部編纂の地図というのをわたしは見たことがない。ここにもなかった。ちょっと残念な気もする。

来月には後期の西日本の旅も始まるから、そのときには横浜に泊まり丸一日ぶらつくのも楽しい気がする。
五年前、丸二日間かけて横浜中の洋館の調査をしたことがある。
そのときニューグランドに泊まったが、一行の中で一番ミソッカスだったのでシャワーだけの部屋に入った。
今度は少し贅沢をしよう。堪能できなかった朝食も今度こそ、楽しみたい。

来月、横浜へのツアー決定。
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