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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

富野由悠季の世界展に行く その3

なかなかガンダムとイデオンにはたどり着けないが、今回は第四部へとぶ。

イメージ (2435)

リアリズムとファンタジーは両立しないかのように思われるが、実はそうとは言い切れない。
細部のリアリズムがファンタジーの世界を支えることも多い。

聖戦士ダンバイン これはもう完全にリアルタイムに見ていた。たいへん好きな作品で、今も折々脳内再生する。
現に目の前にロマンアルバムがあり、すぐに取り出せる。
OPもEDも素晴らしく、これもザブングル同様MIOのカッコいい歌声が印象的だ。
OP「ダンバイン飛ぶ」を聴いていると、自分もバイストン・ウェルへ召喚されてしまう気がする。
そしてED、歌が流れる中、チャム・ファウがずっとゆっくりと走り続ける映像を見ていると、時間の観念が薄れてゆく。
それでも最後には貝になって終わるのだが。

メカはどこか有機的な外観でダンバインもビルパインも曲線が目立つ。
キャラ表をみる。わたしはマーベルとミュージー・ポーが好きだった。
湖川さん描く女性はアニメなので若年設定だが、実際には+5歳以上くらいだろう。
それがかっこいい。
このドラマもキャラの大半が死んでいくのだが、この辺りの紹介が少ないのは残念だった。
全ての元凶ともいえる野心家のショット・ウェポンが、最後の最後に利用していただけの筈のミュージーへの愛を自覚し、落下する彼女を抱きしめた瞬間に消滅する。あのシーンは富野監督描く様々な愛の形の中でも、わたしには特に感動的だった。

ところでリアリズムと言えば、バイストン・ウェルの人々が一挙に地上へ押し出された後、地上の人々とそれぞれ同盟を組んだのだが、中でスト権の主張をするシーンを見た時にはかなりショックだった。
まだ学校に行っていたわたしには労働者の権利と言うものがよくわかっていなかったからだ。

そういえばザブングルでは高荷義之さんの重厚なイラストがあったが、ダンバインは生賴範義さんだった。
今回その展示がないのは残念だ。

「リーンの翼」が映像化されていたのは知らなかった。わたしは小説では途中まで読んでいた。
なかなかえぐいシーンがあり、団鬼6な描写もあり、今もその印象が強い。
結局そのあたりが厭で読まなくなったという経緯がある。
「リーンの翼」主人公の迫水真次郎は帝国陸軍の兵士だった。そのために美術ボードには横田基地、東京大空襲などの風景がある。

「重戦機エルガイム」 これは二つのOPがどちらもたいへん魅力的だった。
「エルガイム-Time for L-GAIM-」「風のノー・リプライ」

だが、この途中からついてゆけなくなり、見なくなったので、後の「ファイブスター物語」も知らない。
次に見た時は丁度最終回で、見た限りの展開にびっくりした。

映像が流れていた。主人公ダバ・マイロードが自分はカモン・マイロードだと自認し、その出生に基づいて、地に接吻するシーンが出ていた。
後年、桑田投手が日本球界に復帰してグラウンドに接吻するのをみたとき、「ダバか」と思ったものだ。

やがて1985年を迎えた。
イメージ (2436)

ZガンダムのOPが日本の作曲家でなく、二―ル・セダカの曲なのにはあの当時本当に驚いた。
洋楽は1980年代初頭、現在と違って中高生にも近い存在だった。
MTVをはじめいくつか洋楽チャンネルがあり、わたしもよく見ていた。
時代が変わった、とあの頃思った。
そして歌の中で主人公カミーユがカメラ目線でこちらに親指を立てるシーンがあるが、今でもカラオケで歌うとき、映像に合わせてこちらも同じタイミングでカミーユに向けて親指を立ててしまう。

1stガンダムの主要人物たちのその後と新しいキャラとのドラマだった。
ただし安彦さんはキャラ設定のみ。シャアは名を変えて(実に多くの名を持つ男だ)クワトロ・バジーナとして活躍していた。
かっこいいが、当然ながら違和感を感じていた。

永野護カラーが強い作品だと改めて思う。
北爪さんのイラストがある。カミーユと強化人間フォウの二人がいる情景。
フォウは即ち4である。つまり彼女は本当には名はもたない。
フォウの苦悩をドラマは描いた。だが、その叫びがあまり富野節すぎて、当時のわたしはもう受け入れられなくなっていた。
大仰だと感じたのである。

やがて「逆襲のシャア」が映画化された。友人と二人ドキドキしながら見に行った。
展示ではセル画がいくつもあった。
この映画については詳しいことは何も言いたくないし書きたくない。
見終えた時、わたしたちは無言で去った。
映像作品としていい・わるいという感想ではなく、シャアをよくもよくもこんなにもおとしめてくれたな、という感情があった。
ロリコン扱いされているのにもショックを受けた。
そしてドラマで34歳と言うシャアを受け入れられなかったのだ、まだ夢を見ていたわたしたちは。
「青春が終わったな」
2人とも同じ思いだった。そしてその失望感は長く続いた。

実際のところ、この失望感が払われ、わたしたちが救われたのは安彦さんのoriginか世に出てくれたからだった。
あれがないと、今も恨みを懐き続けていたと思う。
そしてここで一旦わたしはアニメから離れてしまった。
なのでこれ以降の富野監督の仕事は知らないのである。
だが、2019年12月、状況が変わろうとしていた。

続く。



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