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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

富野由悠季の世界展に行く その5

ようやく第二部のガンダムとイデオンに来た。
イメージ (2432)

まずは1STガンダムから

キャラ原案図が並ぶ。
シャアがいる。ファンなのでやはり嬉しい。
実は富野監督はこのヴィジュアルは予想していなかったようだ。
しかし安彦さんと組んだ「ライディーン」で既に仮面の美形キャラであるプリンス・シャーキンがいる。
シャア以降、美貌を仮面で隠すキャラが定着したようにも思われる。

安彦さんのoriginでは士官学校の入学時に眼が弱いという理由でサングラスをかけたシャアが、学校の人気者と言うかカリスマとなった時、彼の信奉者の一人が動きやすいようにとヘッドギアを贈る。それ以後愛用するという設定で、ガルマがイラッとなるシーンも描かれていた。
思えばガルマは「坊やだからさ」と殺した当人にサラッと言われてしまったが、「ゴールデンカムイ」の鯉登少尉、「ポーの一族」のアランと共通する美貌の人だった。

大きめの画面で第一話「ガンダム大地に立つ」が上映されていた。
改めて第一話の面白さを知る。
アムロが機械関連に強く、設計図面、仕様書、取説などを見ただけで大体のことがわかる、という描かれ方をしていたのは当時はかなり凄いことだと思う。
1979年当時、コンピューターの描写は松本零士作品のように巨大な空間全体がメカメカしているのがメインだったように思う。
パーソナルコンピューターはあったが、浸透するのはまだもっと後年のはずだ。
だがアムロは既にそれで遊んでいた。
そして21世紀の今の方がアムロはリアルな性格なのだ。
そんなことを思いつつ、やはり第一話の面白さに滾る。

壁面には安彦さん描く名画が並ぶ。
「戦場で」「哀戦士」などの名作である。
ジャケ買いという言葉があった昔、LPアルバムをジャケットで選んで買う人も一定数いたそうだが、安彦さん描くイラストのアルバムは本当に魅力的だった。
イメージ (2449)

わたしは「遅れてきたガンダムファン」の一人だ。
1979年当時、そもそもアニメを見ていない。
1980年のイデオンも見ていない。1981年、ガンダムの再放送と熱狂的な支持が世間に広まった頃に奔った。
これは実は個人的な裏話があって、当時の友人の姉上が同人誌活動にいそしむ今でいうフジョシだった。
彼女から借りたのが「シャア出世物語」。元祖18禁二次創作小説だった。
まだ読んではいけない年齢だったが、ここから今に至るまで全く変わらずその世界が好きなので、これはもう死ぬまで変わらないと思う。

話を元に戻す。

大河原邦男さんのメカの設計図などは以前に八王子夢美術館などでの大河原邦男展でも見ている。
当時の感想 「大河原邦男のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム」
わたしには図面を見て立体可視することはムリなのだが、おそらくこれらの図面で実際に三次元的な構造性を持てると思う。

ガンダムにおける様々な愛を取り上げている。
マチルダさん、ランバ・ラルとハモンさん、カイ・シデンとミハルの悲恋などなど。
間にいきなりグフの画があるのでどきっとした。
ここには出ていないが、ガルマとイセリナの悲恋もある。
ランバ・ラルとハモンさんの大人の関係はとても素敵で憧れた。
安彦さんの描いたORIGINでは彼らのキャラの深い掘り下げがあり、かれらへの愛着・同意する気持ちがおこった。

二十歳そこそこで政治の季節を迎えた安彦さんは、数十年後に自らの史観を作品という形で世に贈った。
それらについては以前にこちらのブログに記してもいる。
現在の目で見れば、ランバ・ラル、ドズル兄さんといったキャラの在り方こそ、安彦さんの描きたかった人物なのだとわかる。

映画3部作のポスターが並ぶ。そう、みんなブルーで統一。とても清々しかった。
ところでこちらは劇場版がリリースされた当時の雑誌ふろく。
イメージ (2443)
この中には色んなアニメ関連の小さいグッズを入れていた。ちょっとしたお宝。

劇場版で描き足された絵が一枚出ていた。
シャアとララァがくつろいでTVを観るシーンである。
当時この絵はアニメディアで挙げられていた。
そしてこの展覧会ではっきりとこのシーンのニュアンスが記されていた。
「ララァと寝た翌朝の気分」ララァが甘え、シャアがそれを許しているという、二人だけの甘い空気感。
富野監督は二人の関係性を大事に見ていて、このシーンを入れたのだ。
そして声優にも細かく指示した。
シャアの池田さん、ララァの藩さんにもきちんとそのニュアンスを伝え、二人は甘いムードを醸し出していた。
当時子供だったわたしにも伝わる甘い香りがあった。

他方、originで安彦さんは別な解釈をされた。
ララァが処女でフラナガン機関に行くまで、その能力のみをごろつき共に搾取されたという設定である。
これにはびっくりした。
富野監督だけでなく、同人誌などでもララァは生活のために身を売っていたのをシャアに見いだされ、というのが大方の解釈だった。
わたしも中学生ではあったが、ララァは身を売っていたのをシャアに救われたと見做していた。
人には様々な見方がある、と改めて思った。
今ちょっとoriginでこのシーンがどうだったか読み返せないので検証できないのだが。

富野監督の設定に戻る。
ララァがシャアと寝ていたことで、あのアムロとの魂の交流で「あなたは来るのが遅すぎた」という台詞が成立し、やがてシャアとアムロの戦いに割って入ったララァが戦死するという痛ましい状況に陥る。
このエルメスのコクピットを貫くシーンは非常に衝撃的であり、かつ深い魅力があった。
辛くて仕方ないのだが、アニメーションとしては素晴らしい出来なのだ。
このシーンと首なしガンダムのシーンは「めぐりあい宇宙」の中の白眉だ。

展示されてはいないが、安彦さんのこの絵も素晴らしくいい。
イメージ (2440)

後年の話だが、十年前に杉並アニメーションスタジオに行った際、くじ引きでガンダムの卓上カレンダーが当たった。
安彦さんと大河原さんの原画によるカレンダーである。

img652.jpg img651.jpg
クイックしてください。

ガンダムの登場によって世界が変わった、そのことを改めて思う。

続く。


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