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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

夢二 長崎十二景

おとどし久しぶりに長崎に遊んだが、なかなか写真をまとめられない。
そんな自分をせかせるためにも夢二「長崎十二景」を挙げる。
画像はすべて嵯峨嵐山文華館所蔵。

青い酒
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サボテンの花
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ネクタイ
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十字架
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燈籠流し
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化粧台
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出島
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浦上天主堂
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凧揚げ
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眼鏡橋
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阿片窟
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丘の家
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夢二は長崎に遊ぶ前から彼の地に対し憧れを懐いており、よい作品を拵えている。
「異国情趣あふれる」という言葉は、現代より夢二のいた百年前の方がずっと実感があったことだろう。
夢二は大正7年に長崎に行き、大正9年にこの連作を完成した。
その際この作品を当地でお世話をしてくれた方に進呈したという。
当時の長崎には数多くの文人が訪れた。
芥川、谷崎、茂吉、菊池寛らもその方のお世話を受けたという。

ところでこのメンバーは上村一夫「菊坂ホテル」で秋の日に谷中墓地で宴会をしている。
彼岸花咲き乱れる中に自殺少女を発見する一同。
最初に見たのは精神科医でもある斎藤茂吉だが、その時は医師としてでなく歌人の眼で少女を見ており、みんなに知らせるが、このメンバーが口々に好き勝手なことを言う。
少女は夢二のデザインした便箋に遺書をしたためており、夢二はそれを喜び、その夢二に菊池が「よかったよかった」といい、更には芥川も夢二のデザインを誉める。
挙句遺書の文がまずいと谷崎が言うので書き直そうと言い出したところで、我慢ならず少女が跳ね起きて一同を叱りつける。

実際にはこんな状況はなかったろうが、とても面白く読んだ。
特に少女を前に救護もせず、それぞれ好き勝手なことを言い合うのが、これまた各人の個性を表しており、読みながらついつい笑ってしまう。

話を戻し、連作「長崎十二景」はどの絵もみなエキゾチックな美しさがある。
らんたんの下で洋酒を嗜む女の着物は蒲公英柄で髪型も凝っている。
三味線を弾く女の後ろにはサボテン。ここで月琴なら明治となるが、大正なので三味線。
ソファに座る遊女の傍らには青銅の基督像。
緋縮緬の長襦袢の下にはシュミーズ、その立姿を眺める外国の海軍士官。
出島の前をゆく伴天連たち。
髪を白布で隠す女と天主堂へ向かう人の群れ。
凧揚げを見る芸者をみつめる滞留外国人。ところで長崎ではこれは「ハタあげ」という競技ではなかったかな。
石で出来た眼鏡橋。
「長春楼」という名の魔窟とChinaの妖しい女達。

夢二の憧れが結晶化した名作。
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