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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「堀内誠一 絵の世界」展をみた

大丸京都店で1/24まで開催中のこの展覧会に行った。
堀内誠一の展覧会はこれまでに二つばかり見ている。
澁澤龍彦と堀内誠一 旅の仲間
堀内誠一 旅と絵本とデザインと
そして現代の日本の絵本原画展などでもかれの作品は常に常連としてそこにある。

堀内の出発点などのことは既に前掲の展覧会での感想になんだかんだ書いているので割愛するが、14歳で戦後すぐに伊勢丹で働き始めたのは、やはり物凄く良かったとしか思えない。
そこである種の英才教育を受けたというか、適材適所で才能を伸ばせられたというか、場を手に入れられたのは後世の為になったろう。普通はなかなかこうはいかない。

子どもの頃から絵を描くのが巧いだけでなく、他者にない観察眼の鋭さがあり、幼児期の内に後の仕事の方向性を見いだせる作品が生み出され、それが記録されているのも素晴らしい。

伊勢丹での宣伝・アート系の仕事とは別にきちんと絵を学びに出かけ、麻生三郎らのところで学んでいた。
その当時の三枚の自画像を見るとちょっと黒田重三郎くらいなキュビズムめいたのと、モディリアーニ風なのとが目に残った。
そして「青いサーカス一家」はピカソの「青の時代」に触発されて描いたもので、これが賞を取ったそうだ。
そのことに喜んだ父親が絵はがきにしたというのもいい話だ。
ほかにも松本竣介の影響も受けたそうで、建物を描いた風景画、スケッチなどは確かにそんなところがあった。

こうした「マネ」=「学び」は非常に良いことだと思う。
実際この時の修業が彼の表現方法に非常に大きな幅を生み出した。
さまざまな描き方・彩色をこうして身につけたことが、後の絵本制作での多様な表現に繋がるのではないか。

油彩・えんぴつとのコラボ、マーカー、リトグラフなどなど…
彩色だけでなくカラートーンを使うコラージュもあった。
そしてそのカラートーンの残りを見たら、切り残し自体がなにやら物語風にも見えた。
こうしたところも素晴らしい。
やがて瀬田貞二との交流が始まる。
絵本への愛が邁進する。二人はよく絵本の話をしていたそうだ。
いよいよ絵本作家デビューがある。

イメージ (3324)

名高い「たろう」「ぐるんぱ」シリーズは今も愛されている。
このチラシにもゾウのぐるんぱと、たろうとその仲良しさんの行進が出ている。
上を往く雀は別な作品からの出演。
一番下にはおしゃれな自画像。

「たろう」はこれまでに何度か表現が更新されたというが、それでもイメージは変わることはない。
とてもおしゃれで古びはつかない。
たろうが仲良しの家へ向かう描写が素敵だ。
絵本を見開きでその情景を描く。左から右への移動である。
左にたろう一行、右に街の交通機関。
そのたろうとどうぶつたちが行く街の乗り物がみんなとてもオシャレで、路面電車には刊行年の「1963」の数字がついているが、60年前の古びは全くなく、変な喩えだが「ジャッカルの日」のパリのようなカッコよさがあった。

「ぐるんぱ」の失敗譚は背負う荷の重さが身に沁みる。
巨大な靴、巨大なクッキー、巨大なピアノ、巨大な車。次第にぐるんぱから笑顔が無くなり重みに打ちひしがれてゆく。
しかし最後にはそれが子供たちを引き寄せる魅力となって、ぐるんぱの幼稚園は賑やかに開園する。

「こどものとも」の記念号として刊行された「てがみのえほん」には、他の作者のキャラも登場する。
かれが紹介したドイツの教訓絵本の「もじゃもじゃペーター」やマッチ遊びで焼死する少女もいる。
そして「てんぐちゃんとだるまちゃん」もいれば「ぐりとぐら」もいて、それらが全員その元の作者の絵柄で再現されているのだ。
こういうのは大好きだなあ。

「でてきておひさま」は真っ黒画面に黄色線をまとうどうぶつたちやおひさまが印象的だった。黄色は光でありオーラでもある。
難しい顔をして眼を閉ざした太陽と、かれに再び光ってほしいどうぶつたちが陳情する場面。
これはなにかはっとする表現だった。

「こすずめのぼうけん」の小さな小雀が迷子になり、探しに来た母雀のぬくもりにくるまれながら帰って寝るところが可愛かったなあ。

西洋のよく知られた作品群も堀内誠一の得意ものだった。
「赤ずきん」をはじめとしたグリム童話。愛らしく無垢であることが危ない幼女と狼と。
「マザーグース」では不穏なバラバラ死体の歌が出ていた。
これはもうはホラーだった。肉と骨がハッキリ描かれていて、どこかの一室で全身をバラバラにされた男がいるのだから。
ちょっと諸星大二郎にも通じるものがある。

絵本だけでなく挿絵にもよいものが多い。
わたしの大好きな「りすのゲルランゲ」もあった。これを描くとき実際にリスを飼って生態を見ていたそうだ。
「人形の家」も素晴らしい。実はまだ読んでいないが俄然読みたくなった。
リトアニア民話「パンのかけらと小さなあくま」は東欧風味がある。
「きこりとおおかみ」は世界共通の話だが、ずらーと木に並ぶモブ狼には笑った。
これはあれだ日本だと「野根山の鍛冶屋の婆さ」の話になる。
「くるぶいとれ」と謎の掛け声を発しながら狼たちが木に登ってきて…
というあれだな。

イメージ (3325)

またフランス住まいの折りに書き続けたミニコミ誌も紹介されていた。
「出船入船」の一枚絵はユーモアに溢れていて、所々に「パリは燃えているか」「かくも長き不在」などのセリフが、あり、モブモブしながら全員が何か喋ったり行為をしている。すごい描きこみである。
…ふと思ったけれど、堀内誠一が1932年、赤瀬川原平が1937年、宮崎駿が1941年か、モブの名手は。
あ、馬場のぼる1927年、手塚治虫1928年か。外国はまた別ね。
現代では一枚絵に一人一人違うことをするモブを台詞付で描きこむのがあんまりないように思うので、もしかすると世代的なものもあるのかもしれないと思った。

堀内誠一は子供の頃から地図制作が上手いので、外国の地図にも名所や文化を入れながらわかりやすく楽しい地図も作成。
希臘の地図には著名な遺跡や彫刻だけでなく、現代の名所も記されていて、そこで初めてあの国が古代だけでなく現代も息づいていることを実感した。

雑誌の仕事もスゴい。関わった雑誌での絵が出ていて、本当になんでも描ける人だなあと感心するばかり。
ああ、本当に凄い才能と、それを外部へ出せる技量が素晴らしい。

いいものを見てほんとうに嬉しい。
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