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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

藤田嗣治展

いよいよ藤田嗣治展を見に行く。
東京での評判の高さ・NHKでの宣伝などで、アウトラインは掴めているとはいえ、実感していないのだからなんとも言えない。

自分がこれまで見てきた藤田についてを多少綴ろう。

*つい最近、横浜で吉屋信子の展覧会の中、宇野千代と北原武夫の結婚式の仲人を、藤田が吉屋と二人で勤めた写真を見たばかりだ。オカッパ仲間。なんとなく可愛い。

*それから他に、村上もとかのコミック『メロドラマ』に現れる藤田が忘れられない。
これは、一次大戦後のパリの喧騒を背景にした日本人武官とパリの娘の恋物語だが、彼を秘かに愛する青年画家がいた。青年は藤田のように成功したいと願っているが、あるとき藤田の乱痴気パーティに加わる。
そこでの藤田の描写が凄かった。藤田の腹の強さ。
パリで成功するにはここまで覚悟しなければならない、というリアリティがあった。
村上もとかの創作なのかゴシップなのかは、知らない。

*どこで見たか『ぬけられます』のシリーズ、玉の井の女郎たちの姿態。滝田ゆうか永井荷風の世界。
気だるい女たちの眼差しが忘れられない。

*今はなきDO!FAMILY美術館では藤田の子供と猫ばかりの版画展を見てもいる。
国芳か藤田かボナールか、というほどにゃんこが意味もなくいたりするところが好きだ。

こうして並べると、自分がどういう視線で藤田を見ているかがわかるようだ。(そうなのか?)

とにかく見所については東京展を見られた方々のブログを参考にして
アレ!アレ!アレ!
行け!行け!行け!

***
京都国立近代美術館へは四条河原町からバスが普通だが、メチャクチャ混んでるので、諦めて歩いた。
この混雑が行く先を予想させるようで、憂鬱になったが仕方ない。
とはいえ、まだ早い時間なのでぎゅう詰めということにはならなかった。

エコール・ド・パリの時代、乳白色の時代の藤田がやはり好きだ。

『展覧会を見る四人の娘』 これを見てオヨヨと思った。壁にかかった絵に見覚えがある。姉妹の絵。斉藤真一のごぜさんみたいな少女の顔。ヴュイヤールみたいに絵の中に絵を描くのは割りと好きだ。
モディリアーニと仲良しさんだからか、彼の親戚みたいな作品もある。まだまだ個性が確立していない時期の作品。

『人形を持つ子供たち』 ・・・少女娼婦かと思ってしまった。わたしの気の回しすぎなのか。手元に置くのに少しためらいを抱いてしまう。この絵に描かれた子どもたちも、わたしがいやだと思う。

『横たわる裸婦』 すごい白。一点のぞいて何もかもが乳白色。

'23の『タピスリーの裸婦』と『座る女性と猫』 これは同一モデルの裸婦と着衣姿で、猫だけ同じポーズでいる。
マハも驚くかもしれない。
このキジ柄のブラックタイガー猫は大体が丈夫で、可愛くて賢い。こやつは『五人の裸婦』にも出演している。
尻尾の太いのが可愛くて仕方ない。のどかに肥え太ってカワイイ♪
こやつとはまた別なサバ猫は、藤田の自画像に出演する。
画家の肩や腕に纏いついて、にゃあとした顔をさらしている。何を仕出かすかわからない顔つきの、やっぱり可愛い奴。叱り付けてもあまり気にしない性質の猫。
裸婦の世界、と銘打たれて展示されている絵を眺めているはずが、猫のハナシに終始してしまいそうだ。

立つ『裸婦』の背景、カーテンか壁紙かわからないが、濃い目のサーモンピンクにアネモネか何かの花柄があふれている。女の手に摑まれた白い布も花柄。女は霞むように立っている。白い膚は白い闇に溶け込むかもしれない。

『エレーヌ・フランクの肖像』 壁にかかった絵はヴェルサイユの風景か。彼女の座るベッドのカバーが素敵だ。
・・・どうもさっきから猫かテキスタイルのことしか言ってない気がする。

『アンナ・ド・ノアイユの肖像』 本当に80年前の女なのだろうか。真っ白な中に立つ女。今もどこかに生きているような女。―――コクトーが「墓をも凌駕する友情」を感じた女。

『ライオンのいる構図』 やったらめったら人がいるしライオンがいるし、変なところに猫もいる。藤田にはその傾向はなかったはずだが、なんとなく(   )を感じる。パリだから誰もなにも思わない。

『砂の上で』 貝殻はムール貝の殻みたいに見えた。そうかもしれない。なぜここに赤ん坊がいるのだろうか。
そのことがわかるようでわからない。

『二人の友達』 クールベやロートレックの描くような『二人』の『友達』なのかもしれない。バルビュスの『地獄』の二人かもしれない。


日本回帰と言うつながりの前に、映像コーナーがあった。
‘37の記録映画で藤田が監督したものらしい。トーキーだが音声も映像もクリアーなのはフィルムセンターのおかげなのかな。
『風俗日本 子ども篇』 姉と弟。日出る国の子どもたち。ちゃんばらしている。気分はバンツマなのかアラカンなのかは知らない。紙芝居を見たり、獅子舞を見たり、飛んだり跳ねたり走ったり。
名取洋之助を少し思い出した。
ノスタルジイ。
当時賛否両論に分かれたのもわかる。藤田の眼はノスタルジイと共に白人の視線とに彩られていたのかもしれない。

『北京の力士』 なんだか水滸伝みたい。ナマナマシイ。手を洗いたくなる空間。

日本に帰り、ブームになった壁画制作をする。
コロンバンのための壁画は今では迎賓館の所蔵か。見たような気がするが、迎賓館では建物本体にばかり意識がいっていたので、思い出せない。
しかし縦じまの服がコロンバンのパッケージをなんとなく思わせる。そういえば昨日、クッキーもらったなぁ。

白髪まじりのオカッパさんが着物着て懐に猫入れて(国芳かっ)なんだか乱雑にニホンしている自画像がある。
枝豆、干物、煮っ転がし。オッチャン、ゴハン食ベテハッテンネ、と話しかけたくなった。
ここにかかっていた暖簾か何かわからない藍染は、『画室』にも飾られている。
囲炉裏のある画室からは、庭が見える。

‘30年代、沖縄のブームがあった。
折口信夫も前田藤四郎も藤田もハマッたらしい。
お乳飲ませるお母さん、今風のおねえさんみたい。きれいだ。
オバァと孫たちの絵もある。
なぜか頭の中で『大村御殿んふむらーうどぅん』と『唐船ドーイ』がまざっている。

ああ、戦争画だ。
思想上の問題とか歴史的問題とか一切抜きにした、単純な感想を書く。
『アッツ島玉砕』 なんとなく『メデュース号の筏』を思い出した。
『神兵の救出到る』 きれいな屏風がある。オールドパーというのかな、なんか酒もある。猫はテーブルの下に隠れてるし。縛られてる黒人の女の人、難儀でした。

しかしこのことが藤田をフジタにしてしまった。

写真があった。さよならニッポン。藤田の前髪、はねてるよ。
ここでわき道にそれる。
藤田がレオナール・フジタになるキッカケの発言を・行動をしてしまった画家の回顧展を、以前神戸で見ている。
そのときスティーブン・キングの名作『ロングウォーク』を思い出していた。読まれた方にもわたしが何を見てそう言うかはわからないかもしれない。
マクヴリーズ。彼が藤田、藤田を遂った人々が、ロングウォークの仲間たち。
・・・どうしても、そう思えてしまう。
没後五十年のその画家は今では忘れ去られている。
つらいなあ。
それに反して藤田はこのように大人気だ。

パリに戻ってからの藤田の作品を眺める。
『優美神』 フルカラー。どこにも輝く乳白色がない。ポピーや百合や蝶が飛び交う野に立つ三人の美神。
彼女たちは『肌色』の膚なのだ。・・・・・・・・。

『わたしの夢』 裸婦の周囲をぐる---と服を着た動物たちが取り巻いている。この絵は二月に『大いなる遺産・美の伝統展』で見ている。そのときは感じなかったが、今はなにやら危ないものを感じてしまう・・・・・・。

『夢』 これも眠る女のそばにタヌキ?猫?鳩などがいるが、まだそんなに恐怖も官能性も感じない。
ベッドの天蓋の柄が物語になっているようだ。気球が落ち、降りてきた男と出会った女の、恋物語。

『ラ・フォンテーヌ頌』『動物宴』 個人蔵ということだが同じ方の所蔵だと思う。額縁が手作り風でとても可愛い。
かさ、靴、ベルト、フォーク、などなど。しかし元ネタが元ネタだから可愛いハナシではない。

チラシになった『カフェにて』と別バージョンの『カフェにて』が並んでいた。
どういうわけかわたしは別バージョンの方が好みだと思った。多分色遣いからだろう。

『すぐ戻ります(蚤の市)』 どこまでが背景・どこからが売り物か、わからない。だから、蚤の市なのかもしれない。
フライパン、ドールハウス、古びた肖像画・・・
ミッシェル・トゥルニエの文を思い出す。完全ではないがその大意を。
「・・・屋根裏には過去の遺物がしまわれている。乳母車、おもちゃなどが。・・・地下室には生がある。芽の出たジャガイモ・・・」


いよいよ子供らが現れる。
・・・・・見て回るうちに気づいたことがある。
フジタの子どもらは殆ど口を強く鎖している。開けている子どもを捜すことが難しいくらいだ。
開けているのは「べえ--」してるか泣いているかくらいではないか。
口を噤む子どもたち。
こんな怖いことは他にはないのではないか。
さらされた下半身を見るとこちらもつぐんでいる。そうでないと困るのだが。
しかしなぜ子どもらはおしゃべりをしないのか。
48の仕事、48の寓意。
子どもらは童画家・武井武雄の描くオバケのようだ。
この子どもたちは永遠に子どもでい続ける気がする。

一つ面白いことに気がついた。
子どもらの職業のうち、モナリザの監視人がいるが、そのモナリザ、とても魅力的なのだ。色んな画家が二次創作したのを見てきたが、フジタのモナリザが一番魅力的だと思った。


信仰。
フジタ自身が修道士として礼拝する絵もある。
黙示録のシリーズを見ると、Wブレイクもびっくりだ。Blakeもbreakするかもしれない。
骸骨は『死の舞踏』かメキシコの骸骨ケーキのようだと思った。
しかし黒いマドンナ。彼女はまるで'70年代劇画のヒロインのように綺麗だと思う。

彼の手作りの工芸品。身の回りのものたち。
猫の花瓶はやはり童画のようで可愛い。

最後に、わたしの一番好きな絵をあげる。
思想も芸術的価値も理屈も何にも関係なしに、やっぱり猫だ。

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