FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

『小林一三伝』を見る

池田文庫に行く。小林一三の生涯。私は阪急沿線の住人、しかも一番最初の沿線に住まうので、この展覧会にはかなり気合が入っていた。
企業家の立志伝は色々あるが、地元民だからと言うのでもないが私は阪急の恩恵を受けて育っているからか、小林一三には尊敬の念を持っている。
一月三日生まれで一三と言うのも好きだ。橋本一明という学者は一月一日生まれ。武田五一もそうだっけ。違うか。山本五十六は違うな。
しかし人間どこでどんな風に人生が転ぶかわからない、という見本のような人だと思った。新聞社に入り損ねしぶしぶ三井銀行に入社して順風だったのも束の間、出世し損ねて嫌気が差し、大阪に来て計画倒れの箕面有馬電気軌道を立て直して、ついには今太閤になるのだ。
凄いなあ。色んなサクセスストーリーを読んだりしてきたが、やはり大阪関連の人間が好きだ。尾張から出てきてなにわのことも夢のまた夢で没した秀吉や、中央公会堂を建てるように寄付してくれて完成寸前に自殺した岩本栄之助とか。
東急の五島慶太や松下幸之助との関係がまたわくわくさせてくれる。師父とでも言うべきかな。そして宝塚歌劇。
近代の大茶人は三井物産の益田鈍翁だったが、昭和の大茶人はこの逸翁小林一三だった。
箕面有馬電気軌道開業当日の朝日新聞広告が面白い。どーんと1ぺージ。隣の一面には何故か枚方や守口の広告。鍵屋旅館、くらわんか、守口の魚萬。他にも暁斎画集、これは河鍋暁斎だな。死後まだ数十年だからか。それと花王の宣伝。
他にも大正二年の宝塚・箕面線の双六。これがまあ、実に面白いし、近代資料にもなる。今は既に無くなった行楽地や社寺なども載っているからだ。
北大路魯山人との交友も興味深い。星が丘茶寮の佃煮をもらっていたというが、大阪店は曽根にあったのだから、色々と他にも交流があったに違いない。
北摂新聞というのがあったらしいが、これはミニコミ誌か、今もあるお店などの宣伝が載っている、映画館ではJディーンの『ジャイアンツ』とMブランド『八月十五夜の茶屋』が上映中。
現在の阪急東宝グループを一代で起こしたのだから、やはり近代の偉人ナンバー1にエントリーしたいと思う。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア