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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

高島野十郎展

ブライス・コレクションに予定以上の時間がかかったところへ、東博を出たとたん大雨である。右へ行けば徒歩で弥生美術館コース、左へ行けば弥生・永青・早大をすっ飛ばして三鷹へ行くコースである。
雨が激しいのと深い疲労があるので左へ、つまり上野駅へ向かった。
ガチガチに予定を組むので変更するのに、頭の整理時間がかかる。
まっすぐ三鷹へ行こう、山本有三邸を見てから高島野十郎だ。
そう決めて駅の構内に入ったら、電車も動き出したとか言う。なに、落雷? …怖いな。
一時間かけて三鷹に向かうが、久しぶりに寝てしまった。
これが良かったらしい。
意識が切り替わった。
晴れてきたしね。
山本有三邸はまた後日撮影したものをupしましょう。

というわけで、高島野十郎。
私が最初に彼を知ったのは、先ごろ亡くなった久世光彦の著書「怖い絵」からだった。
久世の著作は初版で揃えていた頃だから、何年前だろうか。
久世は高島の蝋燭の絵を「怖い絵」としてあげていた。
その絵と木々高太郎の小説とを絡めた随筆に私も溺れ、わたしにも高島の蝋燭の絵は「怖い絵」になった。

展覧会は初期の肖像画から始まる。
正直言うと、気持ちの良くない肖像画ばかりだが、これは仕方のないことかもしれない。
デューラー風というより、岸田劉生風の肖像画で、暁闇の中に人物が浮かび上がるというより、そこにただ佇んでいる、という気配がある。
河野通勢にも似ている。

ゴッホにも魅せられたと言うが、りんごなどはやはり北方ルネサンス風に見える。
しかし一枚ねじれたような花の絵があり、それはシャイム・スーチンを思わせた。
まだこの頃は、彼も独自の境地にたどり着けていなかったのだ。

木々の枝振りにはセガンティーニを思わせるものもある。悪しき母達を吊るす枝がそこにある。

目黒区美術館に所蔵されている牡丹の絵に惹かれた。
花びらの痙攣するような縮れと、広がり。
綺麗、という言葉では括れない作品。

彼の人となりについては知らない。
資料がそこにあり、仏教に関心を懐いていたことはなんとなく、わかる。
大正から昭和初期の人々には仏教への新しい視線があったようだ。
宮沢賢治にしてもそうだった。
しかしわたしは、しらない。

「寧楽の春」 五重塔を描いている。その足元には躑躅が咲く。奈良には躑躅が良く似合う。
折口信夫の「死者の書」の中にも、藤原仲麻呂が、ああ と声を上げる。躑躅が早く咲いてほしい、と。

「筑後川遠望」 手前に桜なのかアーモンドなのかわからないピンクの木花が咲いている。
これを見てゴッホの作品を思い出した。
そうか、と思った。インスパイアされたのではなく、自然な生まれの絵。

「菊の花」 紫釉の花瓶にいっぱい活けられた白や赤や黄色やピンクの小さなクリサンテーム。赤地に白っぽい糸の染織のクロスの上にある。そしてなぜか、その花瓶の前に一粒の真珠がある。何の意図なのだろうか。
ただ置きたかったのかもしれず、それとも深い意図があったのかもしれない。

その隣にも牡丹があった。こちらも今の菊も共通して「静謐」である。
今の画家なら森本草介の作品にそんな「静謐さ」がある。

一方、果実の絵が多い。静物画というのは死んだようで好きではなく、あまり惹かれない。
しかしながら、滴る果実を思わせるものは別だ。
欲望を抱かせてくれるような静物画なら厭わない。
死よりも生を私は望む。――たとえ背後に闇がしのんでいようとも。

桃、かぶりつきたくなった。そのまま。あごにも果汁を伝わせたい、そんな欲望がわく。
葡萄、粒を一つ一つ口の中に入れ、薄い皮を後から吐いてみたい。
烏瓜、食べれなくてもいい、かわいい。きっと、干乾びてもこの植物は可愛いだろう。
不意に吊るされた鳥の絵を見る。ああ、つぐみだろうか。くびれて死んだか。

太陽と月。
彼のカテゴリーの中でも大事な何か。
太陽はしかし真昼のものではなく、多くは沈むような時間帯のものである。
黄色い光があたりに満ち満ちるような、そんな。
林の中に広がる光、丘の向こうの光、川辺の先の光。
それらを見るうちに思い出した作品がある。
六田登の「ICHIGO 二都物語」という戦後の大阪を背景にした父と子の相克を描き、一人の人間の生から死までを丹念に綴った傑作である。
昭和の説経節のような作品だった。

高島は闇が描きたかったという。
彼の言う闇とは何なのか。

闇の中に浮かぶもの、月。
月を描いた名品といえば坂本繁二郎のそれや高山辰雄の作品を思い出す。
しかし高島の月は世界に遍く月ではない。
ぼんやりした光を一定量だけ放つ月なのである。
それらが何枚も並ぶ。
ユーモアのかけらもない月。満月だけでなく三日月もある。
月明星稀、ということでもない。
自分だけの月。

そしてついにわたし"たち”は蝋燭の間にたどりつく。
狭い一室に蝋燭が並ぶ。炎が揺らぐことはなく、何かを燃やす力もない。
しかし蝋燭の光は見るものの意識に静かに入り込む。侵された意識。
照明が蝋燭の絵、一枚一枚に当てられている。
変わることのない一定の照度。
それが蝋燭を浮かび上がらせている。

私が本を手に入れるのを断念したのは、この照明のためだった。
本ではこの異様な衝撃を味わうことが出来ぬのだ。
確かに久世光彦は正しかった。
この絵は「怖い絵」だ。
死人の脂から作ったものでなくとも、ごく普通の亀山の蝋燭であろうとも、この蝋燭は怖い。
「赤い蝋燭と人魚」のように、人魚の悲しい呪詛がかけられているわけでもないのに。

やがて最後の作品がある。
睡蓮である。
モネの睡蓮が形をくっきりさせたようにも見える。
極楽へ行くことを希う心の表れからの作品なのか、単に描きたかったから描いていたのが絶筆になったのかは、知らない。
知らないことだらけだ。作品を見ていても、高島の心の流れはわたしにはわからない。

まだ元気だった頃の睡蓮の絵がある。それを思う。
新宿御苑が好きだったのか、よくそこの絵を描いていた。
くつろぐ人々もいる。遠くに聖徳記念館の頭も見える。
そんな御苑の池の睡蓮。
黄昏時の睡蓮は、まだ開いている。
白い睡蓮たち。蓮ではなく睡蓮が集まっている。
この世の景色なのか。――どうかわからない。
しかし彼岸というわけでもなさそうだ。

高島野十郎はどこへ往ったのだろうか。
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コメント
昨日は随分お疲れだったでしょうに、コメントを頂きありがとうございました。
私は、高島野十郎という人を知りません。でも最近久世光彦の本を、図書館で手に取ったのですが死んだ人のことばかり書いていて、何となく怖かったのでそのまま返しました。彼の本で唯一最後まで目を通したのは「泰西名画」だけです。
2006/07/16(日) 12:07 | URL | red_pepper #-[ 編集]
red_pepper さん こんばんは
わたしは久世光彦と松田修という学者の書くものは、九割五分偏愛しています。そして残り五分を忌避しています。
しかし実はその五分こそが、偏愛する九割五分を支えてる何かなのかもしれないのです。
真っ暗より、薄ぼんやりした仄かな明かりの方が怖いような気がします。

高島の絵には久世光彦を偏愛と忌避とで絡み捕る力がありました。
そしてその久世の文にわたしはつながれているようです。
2006/07/16(日) 21:54 | URL | 遊行 #-[ 編集]
こんばんは。東京へいらしているのですよね。
私もこの日の雷雨には参りました。あの雨ですと仰る通り外は大変です。
三鷹へ行かれたのは正解かと!

>岸田劉生風の肖像画

そうでしたね。
それにしてもあの鋭い眼光。強烈でした。

>自分だけの月

なるほど!
狭く閉じた世界での闇。そして高島だけに届いた光。
ストイックです。
2006/07/17(月) 00:24 | URL | はろるど #GMs.CvUw[ 編集]
三鷹まで、足を伸ばされるとは.最近の東京の雨はスコールです。
2006/07/17(月) 00:48 | URL | ak96 #LuuhFjss[ 編集]
この画家を知ったのは、つい最近、美の巨人たちを見てからでした。
晩年をすごした地が身近だったことと、そのエキセントリックな生活に
興味を持ったことがきっかけです。
かなりミーハー的な気分で展覧会に行ったのですが、充分に衝撃的でした。
あんなに行き詰るような絵を、ずっと描いていたのですね。

さて、ここに書かれていた六田登の「ICHIGO 二都物語」について
ネットで検索してみました。マンガなのですね。
なかなか面白そう。さっそく探してみます。
2006/07/17(月) 04:08 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
★はろるどさん こんばんは
いやもぅ、実にこの日は『照明』にやられました。
ブライス・コレクションと高島の蝋燭と。クラクラです。
高島展が多くの人に受け入れられたのは、よかったと思います。

☆ak96さん こんばんは
三鷹と小金井までは何とか行きますが、府中と八王子が苦しいところです。
でも来月八王子まで安彦良和展に行きたいですし・・・(泣)

★一村雨さん こんばんは
「ICHIGO 二都物語」はかなり衝撃的な作品でした。
六田登は父と子の相克を描き続ける人なのですが、もし彼が高島野十郎を描けばどうだろう、と考えています。高島の何かが見えるかもしれない・・・
2006/07/17(月) 18:20 | URL | 遊行 #-[ 編集]
この人の手紙がいいですね、上野の名画展なんか行く気にもならない、武蔵野の写真集を送ってくれた人がいるが迷惑至極だ云々ー。
この手紙の意識とあの自画像のまなざしと蝋燭をみつめる高島の視線とが三重に重なり合って響いてくるのですよ。
2006/07/18(火) 22:13 | URL | oki #-[ 編集]
okiさん こんばんは
孤高であるということの意味が、高島の作品から伝わってきますね。
しかしどこまで高島はみつめていたのでしょうか。
闇の果てか、月の向こうか、無何有の道か・・・
2006/07/18(火) 23:03 | URL | 遊行 #-[ 編集]
はじめまして。高島野十郎展、私もみました。あのような異様な空気の絵画展は滅多に経験出来ませんね。アートとは何か、逆説的に分かったように思います。
この画家は感動することがなかったのでしょう。感動することが怖かったのかも知れない。どの絵もそうでしたが、特に上手すぎる位の静物画の異様さ、何なんだろうと。そこでふと実際蝋燭に火を灯して見ました。
「!」蝋燭の絵を見て感じた違和感、異常な感覚、が何故なのか分かりました。
皆さんも蝋燭を灯してみて下さい。
野十郎の描いている景色、つまり彼が見た景色は悲しいですね。
彼は生きていたけど、死んでいたのではと思いました。
ここまでの絵はそうあるものではない、感動為しに絵を描くというエネルギーは生まれないからです。にもかかわらずこのようにとりもなおさず「絵」に仕立て上げたのは彼位でしょう。それの尋常ではないものが人々を引きつけるのでしょう。
そういう逆説的見地から見て損はなかったですね。
世に審美眼のない専門家の多いことにもあきれますが。w
2006/08/02(水) 23:02 | URL | citta #-[ 編集]
補足
実際の蝋燭と彼の蝋燭の絵を比べて下さい。
まるで別ものです。
彼は彼の画いたようにしか蝋燭を見ることが出来なかったのでしょう。
あるいは、見ないようにしたのかも知れません。
人は同じモノを見ても、見えているモノは違うのだと気が付きました。
2006/08/02(水) 23:05 | URL | citta #-[ 編集]
cittaさん こんばんは
はじめまして。高島は冷め切った意識のまま闇に沈んでゆく感覚を知っていた人なのではないか、と思います。
洋画と日本画、技法や対象は違うけれど、甲斐庄楠音と高島、このふたりに共通する眼差しがあるのではないか、と感じます。

完全なる自己完結の人だったのかもしれません。
2006/08/02(水) 23:24 | URL | 遊行 #-[ 編集]
遊行さん、突然おじゃまして、自分勝手な見方を書きつづってごめんなさい。
あちらこちら見てみましたが、一様に絵画として高く評価されていることに違和感がありましたので、つい。
私の感触では、単に偏屈でいじけていた人なのかもとw
身も蓋もないですけどね。
絵画に値を付けることに批判的だった、というのもなんだかなーと。
評価されることが怖かったのでは。
世間に、見えているモノにかたくなに背を向けていたから、あのように生命の輝きの片鱗すらも描けなかったのでは。
恐ろしくなる位、悲しい生き方だと感じました。
2006/08/03(木) 13:07 | URL | citta #-[ 編集]
こんばんはcittaさん
>評価されることが怖かったのでは。
この文を読んで思い出したのが中島敦の『山月記』です。
不遜さと強い含羞とが同居したことで鬱々と不満を溜め込み、とうとう虎になる。その話です。
しかし高島はそれでも最後には姪御さんに絵を残しました。
なんとなく、そのことにほっとしています。
2006/08/03(木) 21:59 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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