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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

奥野健男の仕事

東京へ行く直前に新聞で『奥野健男展』開催の記事を読んだ。
文芸評論家・奥野健男がいなくなって、もう十年近くが過ぎていた。
わたしは彼の熱心なファンとは言えないが、彼の『仕事』はたいへん好きだった。

私が見た記事は以下の通りである。


展覧会:「文芸評論家 奥野健男の仕事」展??東京・渋谷区文学館
 ◇「太宰治論」掲載誌 未発表小説原稿も

 「文芸評論家 奥野健男の仕事」展が東京都渋谷区東4の区郷土博物館・文学館で開かれている。文芸評論家をテーマとした展覧会は異例。生原稿など資料約120点で戦後屈指の批評家の軌跡をたどる。30日まで。

 故・奥野健男氏(1926?97)は渋谷区生まれ。伊藤整らの影響を受け、56年に「太宰治論」でデビュー。元理科系研究者らしい明快で論理的な筆で坂口安吾、三島由紀夫、島尾敏雄らを論じ、多摩美大の教壇にも立った。代表作「太宰治論」は太宰研究の古典として読み継がれている。郷土渋谷をテーマにした随筆も多い。

 今回の展示品は、05年に遺族から区に寄贈された資料を中心に、東京工大専門学校時代の授業ノート、詩を発表した雑誌「斜面」、「太宰治論」を最初に発表した東工大文芸部の雑誌「大岡山文学」、幼少期から晩年までの肖像写真など。

 とりわけ興味深いのは原稿用紙52枚の未発表小説「魂の喪失」。太宰の死の5カ月後に19日間で書いた。<私は突然歩いてゐる自分を意識した>。社会になじめない若者のかっとうを当時22歳の作者が「私」の独白スタイルで描く。太宰に心酔していた奥野氏だが、文体には太宰の影響は感じられない。以後奥野氏は小説を封印し、批評一筋に歩む。

 夫人の奥野道子さんは「分かりやすい文章が持ち味だったと思う。設計図のような図面を作って執筆していました。枠組みをつくって理論を整理してから、ノートにびっしり書いていた」と話す。

 文芸評論家の秋山駿さんは先輩の奥野氏について次のような文章を寄せている。「いちばん学んだのは、(中略)奥野さんにおける、いわば生のスタイル、というものであった。眼前の文学状況の問題点を鋭く摘出して月旦(げったん)したり、こんなに語ってよいものかと案ずるほどに自分の仕事の手の内を明かしたりするのだが、そこにいかなる厭味(いやみ)もなく、また自己顕示もなかった。ただ晴朗であった」


この記事の通りだと思う。

わたしはそんなスタイルに惹かれて彼の評論を読み、そこからこれまで読もうとしなかった作家にも意識を向けたりした。
戦後文学を主に論ずる奥野の著作は、難解な言い回しも晦渋な迷路もなかった。
読みやすく、「面白い」評論だった。

会場は全く未知の場所である。國學院大學のそばだと言うが自信がないので区のバス『ハチ公バス』に乗る。可愛いバスだった。これで100円。それだけでも気分が良くなる。
國學院の本当にお寺挟んだお隣に渋谷郷土博物・文学館があった。
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kyodo/index.html

展覧会場では少年の頃から晩年に到るまでの資料などが展示されている。
旅行や遠足先で集めたスタンプ(16.4.25の日付入りや、範頼、などの印)なども楽しい。
また、同級生たちとの(すごいメンバーである)交友や、会社人・技術者としての側面などを興味深く眺めた。特に東芝勤務中に手がけた(銅被覆積層板の製造法)が賞をもらっていて、その実物が面白い。わたしは技術者ではないが、勤務先の関係でこうした物品に親しんでいるのでなんとなく嬉しい。

青年座との関係、集合写真の中には見たことのある役者の顔もいくつかあった。

個人的に面白かったことがある。奥野とずっと同級だった宮脇俊三が、これまた上の学校で同級だった北杜夫の隣人だったことを思い出し、むかしの『渋谷のジモティ』だな、と一人で楽しくなった。愛すべきマブゼの国民たち。



奥野健男の評論で一番好きなのは『ねえやが消えて』である。
小悪魔のような姉やがかつては中流家庭に偏在した。
彼女たちは家の坊ちゃんたちに「あーんなことや、こーんなこと」の手ほどきをしたり、旦那さんとちょっとややこしくなったりしてから、知らん顔してどこかへお嫁に行ってしまう。
里見の『極楽とんぼ』などに現れるねえやたちの描写を奥野は挙げて、そのことを書く。
なんとも面白い視点からの評論だった。

『原風景』という言葉が奥野の造語だと、この展覧会で初めて知った。
'72の『文学における原風景』から生まれたようだ。わたしが文芸評論を読む頃には既にこの言葉は活きていた。
ふと気づいたが、これは『すばる』で連載されていたのだが、その同時期に『すばる』では石川淳が『狂風記』を書き続けていたのだった。

それにしても奥野のタイトルのつけ方は素敵だ。
わたしなどはタイトルに惹かれて本を手にとることが多いので、最初に読んだ評論もそうしたところから来ていると思う。

しかしタイトルで一番ドーンッ とくるのは、なんと言っても『三島由紀夫伝説』だ。
これは帯とか装丁とかそんなこと無視してもズドーンッと来る。
出た当時、「うわーっ奥野健男、大上段から脳天唐竹割りだーっ」と思ったことを今も覚えている。

階下に奥野の書斎が再現されていた。私は作家の書斎を眺めるのが好きである。
澁澤龍彦、司馬遼太郎、池波正太郎・・・そして奥野健男の書斎を『視た』。
世界各地のおみやげ物などが楽しい。所蔵本のタイトルを目で追う。残念ながらわたしの持つ本は見当たらなかった。三島由紀夫から贈られたランプなど。

そういえば私は奥野展に行く前日、三鷹を歩いていた。太宰とゆかりの深い三鷹を。

ところでこれは本に収録されたかどうかわからぬのだが、十年以前、坂口安吾がナゼか再燃ブームした。奥野健男は当初それを喜んでいたようだが、やがて厳しい意見を新聞に載せた。
それは、安吾忌に寺へ行くと、三千代未亡人や石川淳未亡人らしかおらず、安吾アンゴと騒いでブームを囃し立てていた連中がいなかったことへの、怒りの意見だった。
読んだとき、「奥野健男は真っ当な人だ・・・」と感銘を受けた。
モラルも義理も何も消えた現在からすれば「古い」かもしれないが、しかしそれを読んだとき奥野にますます好意を抱いたのはたしかだった。
そしてそのキモチは今も変わらない。


この記事を書くに当たって、資料を出そうとしたら、奥野健男のお嬢さんがサイトを開いておられるのをみつけた。嬉しかった。早速そちらを眺めた。

http://home.e08.itscom.net/okuno/

とても充実したサイトである。

行った甲斐のある展覧会だった。冬には折口信夫展も開催されるという。またハチ公バスでここへ来よう。

img148.jpg


なお追記として、銀座展の案内をサイトから引用する。
奥野健男の案内する昭和の銀座「小説のなかの銀座」展が
7月22日から8月5日まで中央区まで開かれます。
その折、ドストエフスキー研究で高名な桶谷秀昭さんが講演してくださいます。
     7月29日(土)
      午後2時?4時
  会場=教育センター視聴覚ホ-ル
    (中央区保健所等複合施設5階・
    タイムドーム明石と同じビルです)
桶谷さんは毎正月 奥野のうちに集った文芸評論家のお仲間の1人です。
興味深い面白いお話をして下さいますので、是非聞きにいらしてください。
無料です。
ちなみに「小説のなかの銀座」砂小屋書房
は次の作品を評論している挿絵の沢山入った本です。
この作品に関する展示が中心になるようです。

大岡昇平「花影」
佐多稲子「時に佇つ」
山川方夫「春の華客」
吉行淳之介「怖ろしい場所」
半村良「およね平吉時穴道行」
三島由紀夫「橋づくし」
谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」
永井荷風「つゆのあとさき」
井上靖「氷壁」
織田作之助「夜の構図」
伊藤整「誘惑」
宇野千代「刺す」
芝木好子「築地川」
武田隣太郎「銀座八丁」
矢代静一「道化と愛は平行線」
太宰治「人間失格」
安岡章太郎「舌出し天使」
井上友一郎「銀座川」
石原慎太郎「太陽の季節」
坂口安吾「街はふるさと」
川口松太郎「夜の蝶」
水上龍太郎「銀座復興」
小松左京「時間エージェント」
松本清張「点と線」

挿絵に関わられた彫刻家・天野裕夫さん、日本画家・八木幾郎さん、洋画家・小野絵里さんが作品を出してくださいます。
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コメント
さすが遊行さん、渋いとこも狙いましたね。
渋谷は松涛もいつも三百円だしいい自治体ですね。
ところで東京へ行く前に読んだ新聞って、関西の新聞で渋谷の郷土資料館の話題を取り上げている新聞なんてあるのですか?
ちなみに僕は東京新聞の記事で知りました、まだ行っていないー。
2006/07/20(木) 22:47 | URL | oki #-[ 編集]
okiさん おはようございます。
毎日新聞ですよ。毎日は文化には気合が入っています。文化と文藝は毎日が一番充実してますね。
冬にはまた折口信夫展に行きます。
この展覧会は良かったです。
2006/07/21(金) 09:11 | URL | 遊行 #-[ 編集]
奥野健男の文学世界のHPから来ました。
ボクの書いたブログよりも何万倍も詳細に、リアルに、文学的に扱われていて感心しました。またお邪魔します。
2006/07/21(金) 23:52 | URL | ひからびた胎児 #-[ 編集]
ひからびた胎児さん こんばんは
サティですね♪わたしはサティとドビュッシーとラヴェルを偏愛しております。
銀座展に行かれるようですね、その記事を楽しみにしております。
銀座を舞台にした小説の中でも、『瘋癲老人日記』の浜作での食事シーンや水上の『銀座復興』を久保万の演出で舞台にした劇評など、とても好きです。残念ながら見に行けないので、奥野が論評した小説を読んで過ごそうと思います。

2006/07/22(土) 01:23 | URL | 遊行 #-[ 編集]
そうそう遊行さん某所で毎日新聞購読なのに「まいまいクラブ」を知っていないとおっしゃってましたね、もう入会されましたか?
僕は全然チケット当たらないです、なんでだろうー。
今日はオペラシティのインゴ・マウラー、これは「ぐるっとパス」で無料です。
2006/07/23(日) 12:34 | URL | oki #-[ 編集]
東京のぐるパスは使い応えがありますが、関西のはどうもイマイチです。
朝日友の会などの方がよいですね。
まいまいくらぶはまだ考慮中です。
オペラシティは前回の武満徹がたいへん良かったですね。
2006/07/23(日) 13:12 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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