NIPPONの美 切手に見る日本美術 

ていぱーくは時々面白い企画展をする。
わたしはこれまで何を見てきたか。
'96に明治の浮世絵を見たり、'03に正チャンの冒険を見たりしている。
ここは郵便・電信電話・放送の総合博物館であり、逓信から『ていぱーく』の名をつけたと思うが、その常設の方は眺めるだけにとどめた。
興味がないのではなく、それらを見ると別な意識が起こるからだ。

さて今回は『NIPPONの美 切手に見る日本美術』である。
日本の歴史に沿うて切手とその原画が集められている。
ところで今回、当たり前のことに改めて気づいて「おお〜」となった。
何がかと言えば、切手原画の構成には、実物を使うのではなく、模写などを起こして使うということだ。
オリジナルを撮影してそれをそのまま使用するのでなく、構成作家の手が入る。
切手はとても繊細なのだった。

今切手は実に色々な種類が発売されている。
先に述べた正チャンのシリーズ、ディック・ブルーナのシリーズ、アニメシリーズも多い。(シャアやカミーユをもらったとき、嬉しかった)

今回の展覧会は16日の朝一番に行った。
毎日先着百名に、発売中止になったエハガキ2枚プレゼントというので飛んできたのだ。
もらいましたよ、嬉しかったなあ。img139.jpg


会場、なぜかお客は全員女だった。
デパートの展覧会などではしばしばこういうこともあるが、切手の展覧会で、しかもていぱーくで、というのにちょっとビックリだ。

とりあえず中身の話。

*太古―上古*飛鳥―白鳳―天平*平安―鎌倉*室町―桃山―江戸、という時代の流れと、近代日本画家・洋画家の作品に分かれている。
縄文土器、壁画、仏像(神像)、風俗画などなど・・・

img147.jpg

法隆寺の壁画の切手には異様な美を感じる。
この数センチの枠の中に飛鳥時代の美と文化とが集約されている。
無論他の切手にもその時代その時代の文化と美とか結集されているのだが、この切手の美しさは只事ではないと思うのだ。
なにがそう思わせるのか。
仏の容貌の美しさか、エキゾチシズムからか、それとも失われたものへの執着と哀惜の念からか。
この原画は焼失した法隆寺金堂の第6壁の観音菩薩である。
敦煌の壁画との相似性は早くから指摘されているが、今改めてこの切手を眺めると、理屈も論理も何もかもどうでもよくなり、ただその美に打たれるばかりである。
それだけに、焼失した壁画の現状写真に私は身を反らしたくなるほどの恐怖を感じるのだが。

今度は仏像である。
不動明王の侍童・矜羯羅童子である。
高野山に住まうのをモデルとしてデビュー。
ふっくらして可愛い。お仲間は既に'70年代に国宝シリーズで切手化されている。バッハのお仲間のようなくるくるヘアが可愛い。
img144.jpg


大和絵の美、見返り美人の美、日本美術が小さな枠の中に結晶体として活きている。
img145.jpg

img146.jpg



いよいよ近代画家による切手やハガキの為のオリジナルなどが現れるが、その前に名画を切手にしたものの紹介がある。
たとえば速水御舟の『炎舞』、青木繁の『わだつみのいろこのみや』
この二枚が並んで展示されていたのが嬉しくて仕方ない。
私はこの二作を偏愛しているのだ。
『炎舞』については小さな試論(私論)も書いている。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-357.html

当代一流の画家たちが記念ごとに、切手やエハガキ原画のために麗筆を振るう。いいなー素敵だ。
そう言えば'04に山種で『切手になった日本画』展を見たが、なかなか楽しかったな。
あちらは主に『日本昔ばなし』だったが。

清方の『少年少女と鳩』の原画から版を起こし、多くの工程を経て完成するまでの展示もある。
これは面白かった。

ご大典記念のための節会風景も描かれている。
結城素明の女官たちが綺麗だ。
ご大典と聞けばすぐに提灯行列を思い出す。
私の祖母は昭和のご大典で提灯行列の先頭だったとジマンしていた。孫の私はその意味をわかっていない。すまぬでござるよ。
img140.jpg


一方折角原画をもらったのに商品化できなかった作品がある。
それがこの松園の『融』と宮本三郎の『編み物』。
『融』はお能で、これは女の人なので『仕舞』ということになる。
格調の高い女人である。
img138.jpg


ここは郵政省の博物館なので販売した・未販売の切手を集めているが、個人コレクターの切手コレクションもこれまで色々見てきた。
たとえば三井記念美術館には世界各国の切手がある。何代か前のご当主のコレクション。
西本願寺の法主の主に信仰系の切手コレクションは龍谷大学に寄贈されている。

小さな切手だからこその宇宙がここにある。その中に踏み込んで、わたしたちは楽しむばかりだ

コメント

はじめまして。美術系ブログをうろうろしていて、こちらに流れ着きました。
「 NIPPONの美 切手に見る日本美術 」@ていぱーく、私は最終日の17日に行ってきました。「雨が上がったらいくかー」などと暢気に構えていたので、販売中止になった絵葉書の復刻版はもらえず。惜しいことをしました。展示そのもの、面白かったですよね。アノ美術品の、コノ部分を、コウ配置・着色しているのかー、と興味深く、かなりじっくり見ました。奥の細道シリーズの切手原画、絵葉書の原画など、どれもうっとりでしたよね!

遊行七恵さん、それにしてもイロイロ遊行していますね。興味が重なる分野もあるようなので、これからじっくり他の記事も読んでみます。わーい。

遊行さん
こんばんは。
前の記事、少しでも理解しようと読んでるうちに、次々と新しい記事がアップされるので、付いてゆくのに必死です。
今回『炎舞』の記事を読ませてもらいました。
>わたし自身が炎に飛び込む蝶になるために
記事の最後の文章ですが、遊行さんの「危うい均衡」とは、などと考えてしまいましたが、
>「火に飛び込む蛾は『不死蝶』」
で、何故か安堵ににたものを感じています。

はろるどさんのブログ・リンクからきました。おっしゃる通りいろいろ勉強になりました。家内と一緒に行ったので上村松園と宮本三郎の絵葉書を2枚ずつ貰いました。ネット・オークションで既に結構な値段がついているとか・・・

☆菊花さん こんにちは
はじめまして。いや実に面白い展覧会でした。
小宇宙とでもいうのでしょうか、凝縮された美のエッセンスを味わわせてもらいましたねー。
ハガキ残念でしたね。でも、ということは最終日百人以上のお客さんが来られたということなので、そのことがなんとなく嬉しいような安堵するような。
web上で申し訳ないですが、画像だけでもお楽しみください。
(松園だけ実物大、あとはみんなサムネイル)
>興味が重なる分野もあるようなので
また色々遊んでください。そしてなにか面白いことがあれば、教えてくださいね。

★sekisindhoさん こんにちは
「人間」に深い関心のあるsekisindhoさんならではの鋭い考察ですね♪
わたしは二極に分裂した奴だとよく言われます。
イコンを見た直後にチャンバラのハナシとか、そんな程度ですが。
切手って身近なものでしたよね。最近はメールが主流になり、手紙を書けなくなっている自分に愕然としたりしてます。
でもこの展覧会で綺麗な絵柄の切手をいっぱい見て、また手紙でも書くぞーっと気合が入ってきたりしてます。楽しい展覧会でした。

☆とらさん こんにちは
はじめまして。実はとらさんのサイトには何度かお邪魔したことがあります。
プライス・コレクションでのとら・シリーズなどが楽しかったです。
今回の展覧会は改めて切手の良さというのを思い出させてくれるものでした。考えれば、切手を見てから元画像に興味が湧く、ということも多々ありましたし。
うちの妹は子供の頃、わたしが鏑木清方ファンだと気づいていたけれど、絵の雰囲気しか知らず、名の呼び方を覚えたのは切手からだと言ってました。切手はやっぱり可愛いです。
しかしなんでもかんでも値のつく時代なのですねー。うーむ・・・

美しいものは、その気になれば身近にあったのですね。このような切手は殆ど記憶にあります。ただ、私の場合、アンテナが遊行さまのように高くもなく、好奇心といえども淡白なのデス。
法隆寺の壁画には遊行さまと同じような感動を覚えます。何かの番組で、インドのアジャンタの壁画にその源流を見たような気がします。

こんばんは red_pepper さん
アジャンターの壁画、憧れます。それからシギリア・レディス。
仏教の壁画の美と言うのは、古ければ古いほど艶かしいと思います。
昔、『敦煌』という映画を見ました。その中で柄本明演ずる絵師が暗い中でひたすら仏教壁画を描き続けるシーンがあり、怖かったことを覚えています。直視できない恐怖と、否応なく惹かれる官能性と。
それがときめきなのでしょうね。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/tb.php/549-9dfb07f4