FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

安彦良和原画展

八王子夢美術館で安彦良和原画展が開催中である。
わたしがサンライズ作品を見た最初は、ファースト・ガンダムである。
ただし再放送で見たのだ。
子どもの頃アニメより特撮が好きだったのだ。だからロボットものは殆どを再放送や上映会などで見た。
見て、のめりこんだ。

img231.jpg


その年、わたしは安彦良和氏のコミック作品に出会い、大変な衝撃を受けた。
『アリオン』である。
既にガンダムのアニメーターだと言う認識はあったが、その人のコミックスがあるのかと店頭で手にして、頭を何かで殴られたようになった。
白と黒の確かな線。構図。見たことのない動き。
当時かなり多くのコミックを読みふけっていた私の意識まで揺さぶる作品だった。
物語は面白いが、それ以上に『絵』だと思った。
この『アリオン』が読みたさに掲載誌の『SFリュウ』を買い始めた。
気合の入った雑誌で他にも面白い作品が多く、こちらも今も手元にある。
雑誌表紙を安彦氏が描くのを見る。それだけでときめいた。
またアニメ雑誌で安彦氏のポスターがつくだけで、それを購入する。
かなり熱狂の日々が続いた。
やがて講談社から安彦良和画集が出る。無論手元に入れる。
すばらしい作品の数々。
ときめいて苦しいくらいだった。
img228.jpg


更に数年後、『ナムジ』を見た。
安彦史観。古代日本の状況が、安彦氏の大胆な仮説と冷徹な目と熱いキャラとで、我々の前に広がった。
その続編『神武』もすばらしかった。
他方、『虹色のトロッキー』『王道の狗』などの近代日本の政治史にも氏の世界は広がる。
いずれも政治史だと言っていい。
古代の権力闘争も近代の戦争もすべては政治の暗闘なのである。これらは氏の思想に深く関ることなのだろうが、純粋にコミックとして楽しめることを忘れてはならない。
何よりあの構図、動き、描線。
全く古びることのないすばらしい絵。

そして『ガンダムORIGIN』。
放送では描ききれなかった状況をも含んだ、完全なるファーストガンダム。
放送ではアムロが主人公ではあるが、ここではそうだとは言い切れない。
何より誰よりシャア・アズナブル。彼がいる。
ここで告白すると、わたしは今もシャアを好きで仕方ない。
特にこの作品のおかげでますます好きになって苦しいくらいだ。
キャスバル・レム・ダイクンからエドワウ・マスへ、そしてシャア・アズナブルへと転身を重ねる美しく、そして強固な意志の青年。
そのビジュアルの美しさがいよいよ拍車をかけた、と言うよりも、まずその姿にときめいて、そこから彼の人間性・強い意思力・運命に惹かれていったのだ。
とは言えシャアは安彦氏のデザインしたキャラではあるが、氏だけの完全オリジナルではない。img230.jpg


安彦氏のオリジナルキャラには熱い好漢が多い。
ナムジ、『我が名はネロ』のレムズ、貫真人たち。
また大きなおじさんにいい人が多い。
ドズルにいさん、クラッシャージョーのタロス、そしてナムジのイタケル。

キャラの魅力の大きさにときめく。

展覧会場は平日夕方なのでかわたしだけの貸しきり状態だった。四時前からここに二時間いることになった。
警備さんが立っている。たぶん、わたしのような客に慣れているのか不審がられることは、ない。
それほどにわたしはのめりこんでいた。


クムクム、コンバトラーV、ザンボット3、ライディーン・・・
イメージ (2431) イメージ (2430)

懐かしいカラー原画。
水彩による背景とキャラをポスターカラーで描く手法。
わたしの持つ’81年初版の画集に掲載された作品が多い。嬉しい。再会した気分。
一枚一枚熱烈に眺める。
ときめきの二乗。

ファーストガンダムでのカラー原画で心に残るのは『戦場で・・・』である。
ただし、この作品と二年後のアルバムジャケットで戦火の中、アムロが怯えるフラフ・ボウをかばうシーンとが現在のわたしの中では混ざり合っている。
アムロが歩く。キャタピラが落ちている。フラウをかばうアムロ。前にはガンダムの取扱説明書がある。
その背後・周囲には死肢がある。伸びた腕が見える。それを見たときの衝撃は大きかった。
後年、ドラクロアの『民衆を導く自由の女神』、ジェリコー『メデュース号の筏』をみたとき、わたしはわたしの中の混合イメージとしての『戦場で・・・』を想っていた。
そして今、それらの前に立ちながら、やはりわたしの意識から分離されることはなかった。

ここに挙げる画像は、わたしの持つ雑誌や本の表紙である。
カラーばかりを集めたが、安彦氏のモノクロ原稿のすばらしさにもわたしは言及すべきなのだ。
しかしとりあえず置く。
『アリオン』の掲載されていたSFリュウである。
img225-1.jpg


img226-1.jpg


こちらは『神武』でのイワレヒコとツノミ。
間に十数年の歳月がある。img227-1.jpg

巨大な進化はないが、細かな変化がそこにある。
それは特に<目>の描き方だろうか。
安彦氏の絵は’80年を境にして大きく変化したように思う。
『クラッシャージョウ』の口絵などを見ると、アメコミ調だったのがやがて重厚な安彦カラーへと変化している。
色彩についても言及したい。
同一色の重ねと変化とが巧妙である。
これらはガンダムエース9月号と、book02.jpg

ORIGIN13巻の表紙。
book03.jpg


絶大な画力がなければ出来ることではない。

会場には48冊のガンダムエース表紙が柱一面に飾られている。
それを見るだけで鼓動が高まってくる。
しかしわたしの心臓を止めようとするのはそれだけではなかった。

生原稿、サムネイル原稿、ラフ原稿。
キャスバルが妹アルテイシアを置き去りにして去り行く姿。ランバ・ラルとアムロとの戦い。
これらを目の当たりにして、わたしの瞳孔は開いたままになっている。
わたしは自分が安彦良和ファンであることを本当に喜んでいる。


氏は小説も多く書かれている。
しかしながらわたしはこの辺りと少し距離がある。
だから初めて会うものが多い。
その中でモンゴル神話を基にした『テングリ大戦』'91。
小説より、絵にときめいた。
絵の巧さを改めて強く<思い知った>と言うべきか。
筋肉の描かれ方。
少年と青年の筋肉のつき方の違い。腿の強さの差。肉の張り、骨の形。
息苦しいほどのときめきがあった。
そしてこの絵を見る私の脳裏に『神武』でのナムジ亡き後、出雲に渡った後妻タギリと先妻スセリとの対峙シーンが浮かび上がってきた。

若かったナムジはスセリと婚姻していたが、様々な事情から邪馬台国へ行き、長い幽閉後に、卑弥呼の娘でスセリの異母妹になるタギリと婚姻し、ツノミらの父となる。
そのナムジが死にタギリは子らを伴って出雲のスセリの元へ身を寄せる。
初老に入ったスセリはまだ若いタギリを自分らの臥所に招く。
「戦から帰ったあの人は血のにおいがした! 肉の張り具合はまるで若駒のようで!」
スセリはなおも言う。
「そんな時分のあの人のことをあんたは知るまいが。 あの人の本当の男ざかりをあんたは知ってはいないだろうが!」
「邪馬台に掴まってからのあの人なんか男の抜け殻よ 本当のナムジじゃない! 本当のナムジもナムジの躰もあんたは知らないのよ!」
・・・実感としてそのスセリの言葉がわかるような筋肉が、そこにあった。


『虹色のトロッキー』
わたしは中学のころロシア革命に関心があった。
ただしそれは1905年から1917年までの期間に限った。
『オルフェウスの窓』『ドクトルジバゴ』から関心が広がっていき、映画『REDS』を見ていよいよ高まったのだ。
どれくらい多くの資料を読んだかはあげる必要がないのだが、トロッキーに関しては彼の著作一冊と伝記くらいしか読まなかった。
また満蒙開拓団については『赤い疑惑』で三國連太郎がそれに拘る人間を演じていたので、小さい頃から図書館で調べたりもした。
安彦史観。
近代史を安彦氏が描く。甘粕や辻が出てくる。
『龍-RON』『ジパング』と同時代なのだ。
植芝盛平も現れ、李香蘭も現れる。
ウムボルトの流転。読みながらつらかった。やがて五十数年後の現代。
マンガ家安彦良和はウムボルトの子息と会うことになる。そのシーンを読みながらなんだか心が安らぐのを感じたものだった。

『王道の狗』『我が名はネロ』『蚤の王』『アレクサンドロス』・・・全て人間と、その生きる状況とを描いている。
政治から逃れられない人間たち。
img229-1.jpg


再びガンダムORIGINにわたしは奔る。
むかし、富野喜幸(当時)監督がノベライズした中で、シャアのことをこう描写していた。
「・・・ミケランジェロのダビデから力を抜いたのがシャアである」
わたしは長らくその言葉を忘れず、フィレンツェへ行って本物のダヴィデ像の前に立ったとき、そっと心の中で呟いた。
「・・・シャア・アズナブル・・・」
ときめきが胸から迸り、ダヴィデ像を貫けばいいと思った。

サンライズの社長にマンガ化を口説かれたとき、氏は「なんと酷いことを・・・」と思ったそうだが、オリジナル設定を加えてもよいということで描き始めることになったそうだ。
雑誌もそのために創刊された。『ガンダムエース』今年五年目の雑誌。
今月号の感想を言えば、シャアが国民的英雄になり、それをTVで見ていたガルマは自分も戦場に出たいとねだる。
ねだる、のだ。ドズル兄さんに泣いて訴える。そんなことだから「坊やだからさ」と言われるのだ。
姉キシリアの冷徹さは、しかし父へは優しい手として描かれる。
ヒトラーの尻尾への道を往くギレン。ダイクンの理想から遠く離れた地に立つことに困惑し、疲労するデギン公。
実に面白かった。既に27年前に完結した物語が新たに構築されて、全く新しい物語として生まれてゆく。
それを味わえる快感。
これは今を生きる喜びの一つでもある。

最後に。
安彦氏はけっこうギャグメーカーなところもある。
たとえばアリオンではデキの悪い弟アレースは麻雀でまけてたし、ハデス叔父は負けクジを引いたとき、馬券が舞ったり大三振したりもぐら叩きで叩きまくられたりしていた。
このORIGINでもエドワウ・マスがシャア・アズナブルに転身するときも、羊羹という小道具が出ていて、笑えた。
(尤も、その羊羹は苦い使われ方をしているのだが)
少し以前の楽しい絵があった。
露天風呂である。
「安彦良和画集ご一行様」の入る露天風呂はどうも混浴らしいが、浸かっているのはレディスである。
『韃靼タイフーン』の中学生少女はスクール水着で、セイラさんはちょっと色っぽかったりする。
ケイとユリとアルフィンら高千穂遥キャラの三人は大胆に遊んでいて、おお髪と同じかと感心したり、よく見ればネロも浸かり、ミライさんとイセポが仲良くしてたりする。ナムジは歩兵に立っているが、シャアが座敷でカラオケしている影が見え、キシリアがお酒を運ぶ姿もある。なんとザクも浸かっているが、メカのくせにお湯に浸かっても錆びないか。
ウムボルトは何をしてるんだと思ったら、なななんと、ブライトさんたらカメラ構えて盗撮しようとしてるじゃないのっ!
やっぱりブライトさんはムッツリだったのね。

満ち足りて会場を出る頃には、お客が大勢増えていた。皆熱心に眺めている。
大阪から来た甲斐があった。心の底から満足して会場を出て行った。

関連記事
スポンサーサイト



最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア