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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

山中常盤を見て

大阪十三に『第七藝術劇場』通称ナナゲイという映画館がある。
レベルの高い、しかし商業ペースに乗らない名品を上映する映画館である。
以前はこの建物サンポードの名をそのままにサンポードアップルシアターと言って古い日本映画を色々上映していた。(川島雄三の諸作は全てここで見ている)
今ではアート系の映画館である。
ここで『死者の書』と『山中常盤』とを見た。

山中常盤は岩佐又兵衛の15巻になる絵巻物語である。
それをアニメーションとは言えない、なんと言うのか、場面場面を恣意に写し、繋ぎ、遠近を変えて映像化している。
(この手法は大島渚が白土三平の『忍者武芸帳』を映像化したものと同じ系譜にある)
そして新しく浄瑠璃をつけている。
太棹である。
聞いたような気がするなと思えば、鶴澤清治の作曲だった。『オグリ』に似ている。
演奏は鶴澤清二郎、わたしはとても彼が好きなのだ。
豊竹呂勢大夫のわかりやすい浄瑠璃。

物語が再構築され、新生のときを迎えていたのだ。

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物語の概要。

藤原長成卿に再嫁した常盤御前が鞍馬に上げた牛若丸の脱走を知り、心配していたところへ、今では奥州藤原氏の世話を受けて暮していますと手紙が届くことから話が始まる。
清水で、息子に会わせ給えと願うても聞き届けられなかっただけに思いは一層深くなる。
いても立ってもいられず常盤は侍女を連れて二人きりで都の外へ出る。
しかしこの時代、女人の旅は難渋を極め、とうとう美濃の国・山中宿で常盤は寝込んでしまう。

ところでこの宿場には六人の盗賊がおり、常盤と侍女の豪華な十二単が目を付けられる。
離れで寝泊りする二人を襲う盗賊共。二人は身包み剥がれ、腰巻一つで置き去りにされる。
柱に掴まりながら常盤は叫ぶ。
「膚を隠す下着だけでも残すのが武士の情け、さもなくば命を奪え」
聞いた盗賊の一人が取って返し、いきなり常盤を刺し貫く。
悲鳴を上げる侍女もまた別な盗賊の手で軒下で刺し殺される。

盗賊の去った後、やどの主人夫婦が離れに行くと、無惨な情景である。
白膚を血に染めた常盤が虫の息で自らの身分と目的を語り、息子牛若丸がここへ立ち寄れば必ず敵討ちを、と言い残して土葬を願って死ぬ。
夫婦は塚を作り、高札を建てる。

その頃、牛若丸はしきりに母を夢に見て、こちらもとうとう奥州を出て都へ上ろうとする。
その道すがら山中宿で塚と高札を見て奇異の念に打たれ、宿の夫婦に委細を問えば、これが母の墓だと知り、愕然となる。

恨みは必ず果たさなければならない。

牛若丸の固い決意を見て取った宿の女房は義侠心を出して牛若丸を手助けする。
やどの女房が何をしたかと言えば、ある限りの寶を常盤主従の惨殺された離れに集め、これ見よがしに飾り立てたのだ。
なぜか。
あの強欲没義道な盗賊どもをおびき寄せる罠なのである。
盗賊どもは簡単に引っかかる。
あのお寶を奪えば孫子の代まで楽に暮らせると言う。
そこで早速その夜やどに向かう。

離れにいるのは牛若丸である。
無力な少年を装う彼は、鞍馬で天狗たちから剣の修行を受けている。
彼は盗賊どもに襲い掛かる。
詞曲にあるのは車斬りという言葉だが、牛若の太刀が縦横無尽に動いては、盗賊どもの胴が輪切りにされたり、首と胴が離れたりという情景である。
狂うように彼は立ち働き、六人の盗賊を一人残らず討ち取った。
その後遅ればせながら手勢を連れて主人が現れたが、離れは一面血の海で、そこで牛若丸は歓喜し昂揚している。
主人の指示で男たちは死体を薦包みにして、川へ流す。
翌日、改めて牛若丸は母の回向をし、やどの夫婦に砂金を贈り、礼を述べて奥州へ戻ってゆく。

それから三年後、京へ上る義経が奥州十万余騎を引き連れて山中宿へ来て、やどの主人夫婦に所領を与え礼を尽くす。
情はひとのためならず、この話を聞いた人々は女房を褒め称えるのだった。

わたしの主観で起こした概要だが、こういう物語である。
惨殺シーンのナマナマしさに古浄瑠璃の特性を見ることが出来、また岩佐又兵衛その人の生い立ちなどをうかがわせるのだった。

よく知られているように又兵衛は伊丹の荒木村重の子で織田信長により一族滅亡の憂き目に遭っている。
乳幼児の彼は母を殺されたことを生涯のトラウマにしたか、残した絵巻には復讐譚がある。
『堀江物語』とこの『山中常盤』である。
『小栗判官』には復讐譚の一面もあるが、それはあくまで予定調和のひとつに過ぎない。
堀江と常盤には無残な責め死にと、華麗にして断固たる復讐とがある。そこには中世の日本人の感性が色濃く残っていた。
江戸も中期になると浮世に変わるが、それ以前は憂き世であった。
又兵衛は<憂き世>に属していたのだ。
彼が描いた絵巻はいずれもその当時人口に膾炙していた<物語>である。
堀江は謡曲から、小栗は説経節から、常盤は古浄瑠璃から。

これら古物語で神仏はいずれも<申し子>を請け、信者の身を守ろうとするが、それはこれから始まる無残な生涯への幕開けに過ぎない。人間の生涯は神仏の掌の上で踊らされ、悲惨の極地と栄光の頂点とを同時に味わわされるのだ。

この常盤でも冒頭、常盤御前はその当時(平安後期)一番人気の清水の観世音に詣でているが、願いは果たされない。
大慈大悲の観世音には信者の行く末を視えている。
だから、夢にも現れない。
しかしそれでも運命は動く。

女人二人は市女笠をかぶり旅に出る。
侍女の<侍従>はこの主に背くことはない。
この時代、既に主従の絆は強いものだった。(しゅうじゅう、と発音する)裏切ることは決してない。
それがために先の見えない不安な旅に出るのだった。

当初私は『山中常盤』を常盤の最期を語るものだとは知らず、幼い三児を抱えて山中放浪する頃の物語かと思っていた。
わたしの持つ絵葉書・奈良絵本に描かれたのがまさにそれ、更に絵本でも彼女は山中放浪して清盛の兵に捕らわれている。

彼女は定住と放浪を交互に繰り返し、とうとう命を落とした。
定住・・・義朝との生活、長成との生活。
放浪・・・<山中>を子ゆえの闇に引かれて流浪する。

映画のキャッチコピーは<母と子の物語>である。
この物語を絵画化した岩佐又兵衛その人にとっても<母への供養>の念があっての制作かもしれない。
映画はそれをナレーションとして語り、実写映像をまぜる。
この説明は悪くはないのだが、挿入する状況に不満が残る。
常盤が雪の膚を血に染めて虫の息で語るところを中断して又兵衛の生い立ちを挿入するのでは、感興がそがれるのだ。
塚に埋められ、やどの夫婦が回向する辺りに挿入すべきではなかったか。
・・・画面の無残さをそぐ為に故意にそうしたのなら、仕方ないのだが。

惨殺シーンは共に無残である。
しかしそれは又兵衛の嗜好と言うものではなく、これら古浄瑠璃類にはそれが不可欠なのだった。
必要とされた、と言ってもいい。
同じく又兵衛が描いた小栗判官の原典『をぐり』は説経節である。
他に『身毒丸』『さんせう太夫』『愛護の若』などがあるが、これらすべてに共通するものは、<千秋萬歳>と<哀れなり>という感情である。
主人公たちは悲惨な目に遭わねばならず、無残極まりない状況に落とされねばならない。そうでなければ神仏の加護を受けることも出来ぬのだ。
ヒトの身から神に化すためには。

牛若丸=義経は古来より日本人に愛された<悲劇の英雄>である。彼の悲劇性を高める為にも、彼の母は無残な死を遂げねばならなかったのだ。
また、高貴な女人が山中で野卑な盗賊に惨殺されることに嗜虐の楽しみも見出す向きもあった。
実際にはこうした死を常盤が迎えたかどうかはしらない。
長成卿のもとで子供も生んでいる。
武家から公卿の家へ移ったことで、世が源氏のものになった後も迫害は受けなかったろう。
ただこの『山中常盤』では四十三を一期として朝の露になったと語られる。
牛若丸は母の敵を討ったことに歓喜する。
その画像は、狂喜乱舞として目に残る。
それを見た人も喜んでいる。歓喜を共有する。

恩愛には慈悲をもって報い、仇には断固として無残な破滅を与えねばならない。
盗賊たちの無残な殺され様と、死体を薦包みにして川流しというのは、これはその法を踏んでいる。
やどの夫婦に褒賞を与えるのも同じ心から来ているのだ。

ここで思い出したが、死体を薦包みにして川流しというのは、オウスノミコ(後のヤマトタケル)に始まり、近くは中上健次『奇蹟』のタイチに到るまでの系譜がある。
いずれもその死後を弔わせぬための行為でもある。

慈悲と冷酷無残さの同居する中世の闇。
それを描く又兵衛。

絵柄の華麗さと物語の無残さと、音曲のすばらしさに心を奪われる作品だった。

公式サイトはこちら。
http://www.jiyu-kobo.com/yamanaka.html

七芸サイトはこちら。
http://www.nanagei.com/movie/movie.php3?num=63

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