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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

チェコ絵本と、少し昔の日本の子ども

えき美術館で『チェコ絵本とアニメーション』の展覧会が開かれていた。
チェコは絵本とアニメーションのレベルが高い国である。
イージィ・トルンカらの作品を知る人には納得できることだろう。

わたしはロシアやチェコの絵本やアニメーションが好きである。
以前京都文化博物館の地下にAVコーナーがあったとき、そこで色々な作品を見ていた。
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チェコ・アバンギャルド。
チェコもロシア同様大きな変換があった。
ミュシャがムハとなり失速した頃、アバンギャルドの台頭があった。
ロシアの場合、帝政下の美麗なビリービンの絵は捨てられ、明快なロシア・アバンギャルドの時代が来た。
モダン・ムーブメントのその中で。

会場にはチェコ・アバンギャルドの作品が並び、現代へ続く道のりを示している。
現在でも世界最大の『ブラティスラバ絵本原画展』が開催されているのだ。同じ絵本原画展の『ボローニャ絵本原画展』が若手の登竜門の展覧会とすれば、こちらはベテランたちの競演の展覧会だといえる。
それだけにレベルの高さは並ではない。
img282.jpg


心をいかにひくか。
すぐれた絵本は大人と子供と両方の世代を掴む力に秀でなければならないのではないか。
会場を見歩きながらそんなことを考えた。

実のところ、私の心を惹く作品は少なかった。
これは単に私の趣味の問題なので、展覧会が悪いわけではない。
モダニズムの時代は好きでも、アートのモダンムーブメントに関心が湧かないことを、ここに来るまで忘れていた。
しかし。
わたしには乳幼児の甥っ子がいる。
そのチビをつれてここへ来るかと訊かれれば、
「連れてきて、見せてあげたい」
そう答えるだろう。img283.jpg

しかし来た時間の関係か、会場に子供の姿は殆どなく、学生以上の人々が多かった。
最近、絵本原画展に男性の姿が目に付くようになった気がする。
無論カップルでの来場が多いのだが、単独または友人同士で訪れる人が多いように思う。
そして彼らの目はとてもまじめなのだった。

チェコアニメも大阪九条のシネ・ヌーヴォーで上映される。
京都みなみ会館でも。
こちらの画像は過去のものだが、時々こうした上映会も開催されていたのだ。
img284.jpg


こちらは川本喜八郎の師匠としても名高いトルンカの長編。
とうとう日本で上映だ。img286.jpg


この日、実は朝から京都を徘徊していた。
この絵本展は予定の最終だった。
京都学校歴史博物館―細見リクエスト―富本憲吉―白蛇伝―マリア・テレジア―万華鏡―チェコ絵本。

今度は学校歴博の展示に移る仏光寺まで下がると、坂本竜馬も通った目薬屋さんがある。
町家で、つい数年前までお商売も続けられていたそうである。
二年前、素敵な町家やなーと眺めていたら、中から現れたご主人が招いてくれて、奥座敷まであげてもらえた。
素敵な坪庭には大好きなシダが活きていた。
その向かいに学校の塀が続く。
くるっと廻らなければ正門につかない。
昨今のことだから塀を乗り越え不審者扱いされては困るので、まじめに正門へ向かった。
ここには可愛いマンホールがある。
<私>と鋳鉄されたマンホール。可愛いなー。

京都は番組小学校制度を作り、義務教育に力を入れた。
しかし今は子供の数も減り統廃合の果て、各地の番組小学校はそれぞれ姿を変えて存続している。
この学校歴史博物館もそうだし、京都芸術センターも、(後日書くことになる)姉小路館もそれに含まれるのではないか。

ここは番組小学校に残されていた近代京都画壇の画家たちの作品を集めてもいる。
それだけでもすごい。
錚々たるメンバーの名と作品。
京都はやはりお宝満載だ。img281.jpg


今回、明治から昭和半ばまでの子供たちの楽しんだものや学んだものや作ったものを展示している。
それらは唐澤コレクションというところからの借り出しである。
img280.jpg

http://members3.jcom.home.ne.jp/kmuseum/index.html
練馬・豊玉にある個人博物館。
ただし、今回の展示では元からこの学校歴博にあるものとの区別がわたしにはつかないでいる。
学歴博の展覧会サイトはこちら
http://www.gakurehaku-unet.ocn.ne.jp/B/B_5page.html
家庭科の授業で作った寝巻きや洋服があるが、皆とても小さい。
これは江戸時代からの<雛形>の発想に基づく制作だった。
つまり小さいものでも完全に作り上げれば、サイズを大きくしても同じように作れるのだという発想である。
なんとなく納得。

投扇興とうせんきょう、という遊びがある。
これは主に花街での遊びなのだが、戦前の京都の子供には浸透していたらしい。
係員さんが中学生くらいの少女らと遊んでいた。
勧められたが、やめた。
わたしは子供の頃からあらゆるゲームがニガテなのだ。
めがね絵もあった。以前応挙の拵えたものを見た。現代の人では安野光雅氏が作っていた。
これも楽しい。

目を引いたのは、戦後すぐの木彫人形による人形芝居。
これが言えば立版古の木造版なのだ。
遠近感を微妙に意識しながら舞台を拵えている。
青の洞門、十戒、ザーカイ物語、などがある。
楽しい。とても楽しい。
戦後の荒廃した世相に、少しでも子供を楽しませようとした大人がいたのだ。
それからもう一つギョギョなのがあった。

紙製の人形芝居。つまりキャラを絵に描いてそれに割り箸をつけたのを動かすのだ。
あたし、これ作ったことあるよ。
小学校の頃、学芸会で人形芝居をするのに紙製の人形を作ったのだ。
その頃文楽も知らなかったが、人形と言えばリカちゃんなので、リカちゃんを使ってするのかと思っていた私。
そうではなく、割り箸のついた紙人形だったのだ。

ここにあるのは四谷怪談の蛇山庵室の場らしい。
なんせ伊右衛門が病鉢巻して座ってたり、お岩さんがもうお化けになってたりという人形が並んでいる。
これらは明治中ごろから大正まで流行っていたそうだ。紙芝居の出現で消えたらしい。
でも昭和五十年代の小学校で復活してたのか。

こういうのを見るのが大好きだ。
世間的に価値があるのかないのか知らないが、わたしはファンだ。
だからこうしたコレクションも残るのだろうが。
(唐澤さん、ありがとう)

あと他には明治の子ども遊びを描いた宮川春汀や山本昇雲の絵があった。
昇雲は以前太田浮世絵美術館でも見た。
http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-423.htm
元々この博物館は小学校の教科書などを展示しているので、それは常設室にある。
そちらには近藤悠三や魯山人の陶磁器もあり、松園の絵もある。

いつ行っても京都には何かしら発見があるのだった。
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2006/09/02(土) 21:30 | | #[ 編集]
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