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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿

初日に行った割りにあげていないのが、この『マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿』展。
行った日は別のフロアで上映されていた『白蛇伝』がメインだったので、ついつい遅れました。
マリア・テレジアが何者かと言うことは今更ここで書く必要はないと思う。
とにかく欧州第一の母であり、女帝だっただけでなく、この時代のこんな立場にある女性にしては珍しく(多分、唯一)恋愛結婚してそれを全うした人なのだ。

わたしがマリア・テレジアを知ったのは、『ベルサイユのばら』を読んでからだ。
リアルタイムの読者ではなく、宝塚歌劇になり、映画にもなってからのファンなのだ。
アニメの方はリアルタイムに見ていた。

ところがその頃既に『第三の男』や『愛の嵐』などを見ていたので<ウィーン>と言えばそちらばかりが思い浮かぶのだった。
行きたい行きたいと思いながら行けぬまま今に至っている。

それでこれがシェーンブルン宮殿。
すばらしい建築。
img324-2.jpg

会場にはハプスブルク家の人々の肖像画や衣裳、宝飾類、食器、工芸品などが集められている。
色々と知ることもあり、解説プレートはなかなか面白かった。
彼女は初恋を貫き通して結婚し、子どもを16人生んだ。
その子どもらの運命はそれぞれだが、いちばんドラマチックだったのはマリア・アントニアつまりマリー・アントワネットだろう。
しかしながら他の子らも、早世したり生涯外に出なかった人は別にして、母とは違い、心のままに想う人と結婚したわけではなく、政略結婚の道具とされている。
非凡なる政治家マリア・テレジアの手腕の見事さがよくわかるのは、子どもらの<行く先>とその後の系図である。
個人の幸福より、国家の安寧、国と国の関係を大事にしたわけです。

六歳のモーツァルトを宮廷に呼んでピアノを弾かせたのも彼女で、そのときの神童アマデウスを可愛がる気持ちが、架空の宮廷群像図にその姿を描き込ませることになったそうだ。

ところでマリア・テレジアはなかなか美少女だったようで、こちらの肖像画は11才のもの。
なんでもこの時代、髪粉をはたくのが流行していたそうだ。
img324-1.jpg

それにしても目元口許に知性を感じる。

こちらは家族の肖像。img325-1.jpg

どなたがどなたかは、会場で要チェックです★

衣裳を眺める。実物の他、この肖像画などを見てもわかるように、なるほどフランスとオーストリーとの違いと言うのを感じた。
髪型も違うのだ。さすがに池田理代子はそうしたことをゆるがせにしないと感心した。
むかし、マンガで読んだとき理解しにくかったことが実証された気分だ。
これは勲位受賞者のための正装。img325-2.jpg

中の赤色が綺麗だった。

それからこちらはセーブル。
img325-3.jpg

そしてわたしがいちばん気に入ったのは、テーブルの天板。
見事な象嵌。
img326.jpg


やっぱりなんとか日にちを作ってウィーン、プラハ、ブダペストへ行こう・・・。
展覧会は来月9日まで。
会期中、文化博物館内のカフェコロラドでザッハトルテとウィンナコーヒーのセットメニューがある。私はチョコケーキがニガテなのでパスしたが、ちょっと惜しい気がしている・・・。

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コメント
遊行七恵さん、こんばんは。
マリア・テレジアの若いとき(11歳)の肖像画は、はじめて観ました。
成人してからの肖像画もたしか頭は白かったように記憶してますが、気品だけでなく、貫禄さえも感じさせられます。
最後のテーブルの天板はホントに見事なものですね。
写真では「見事な象嵌」は判りにくいですが、想像は出来るものの実物を見たくなります。
2006/09/14(木) 00:25 | URL | sekisindho #-[ 編集]
私がオーストリアを訪ねた第一の目的は、当時モーツアルトに興味があって、どうしてもザルツブルグに行きたかっただけなのですが、この旅では予定外の収穫があったようです。

シェーンブルン宮殿を訪ねる機会があったのもそのひとつでした。
マリー・アントワネットの部屋も見ました。けれど強烈に印象に残っているのは、マリア・テレジアがあまりにも次々に子供が出来るわ、公務は多忙を極めるわで、とうとうベッドの上ですべてをこなしたという、その堂々とした高いベッドでした。
2006/09/14(木) 10:32 | URL | red_pepper #-[ 編集]
★sekisindho さん こんばんは
アンリ・トロワイヤの『女帝エカテリーナ』であらゆるものを犠牲にして苦労して皇位についたエカテリーナがマリア・テレジアに複雑な感情を持つシーンがあるのですが、確かにマリア・テレジアには生まれながら身に具わった貫禄と言うのがありますね。
それはエリザベス一世やエカテリーナのように政争に打ち克ったわけではなく、自然な道から来る継承者であり、外憂はあれど内患に煩わされなかったためもあるかな、と思いました。


☆red_pepper さん こんにちは
ベッドが公務の場でもある、というのは凄まじいですよね。
今ならさしづめベッドの周辺にデスクトップが数台、ベッドの中にノートPCが・・・という感じでしょうか。
ハプスブルク家はごく近年まで<立派な>女性を輩出する家系のようでした。最後の皇女と呼ばれたエリザヴェートもハプスブルクの血を誇りに生きていたようです。
2006/09/14(木) 21:46 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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