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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

蕭白を見る

たんぽぽ しろつめくさ さつき。
 京都国立博物館の庭に咲く可愛い花たち。
 本館では狂激な絵を描いた蕭白展がにぎやいでいる。群仙図はどれもこれもハチャメチャな顔の怪しい連中だし、久米仙は女と世間話してそう。ガマは妙に可愛い。いや一番愛い奴は牛。目が丸くて口許は静かにふさがれているが、なにか言いたそう。
 色彩感覚がまたまた凄い!赤と青の対比には目が拓かれた。
 ジャータカ図のはずな童子と青鬼に至っては、童子は色狂いなオンナノヒトで腰巻き一枚でタリラリラーン♪にしか見えないし、青鬼が情けない顔してるのは空腹だからではなさそう。他の絵もみんなそんな感じ。
 寿老人と鹿が椀船に乗り、亀をつかまえた顔など、ただただ嬉しそう。無邪気な顔をしている。
 その逆が子供たち。全員なにかとんでもない顔だ。こんながき共について来られたら、正直大迷惑だ。蓮好きな周茂叔が窓からうっとり蓮を眺める横で童子はアカンベーしてるし、琴袋持つ奴らはスノボを抱えてるようだし、戯画化にしては異様なリアリズムと怪しいムードがある。
 奇行の人の筈の寒山拾得が、それ一枚で見るなら怪奇だが他の怪しさに負けているではないか。唐獅子も逃げ腰で不平声しか出せそうにない。122点のうち、晩年の風景図以外は皆どれも、いや違う、どいつもこいつもみーんな変。変で、可愛い。
 展覧会のタイトルは『曾我蕭白?無頼という愉悦?』でキャッチコピーは『応挙がなんぢゃい』・・・まさにその通り。
 しかも蕭白は完全に確信犯だったのだ!

 説明文は同館の狩野博幸先生。私はこの方の大ファンで、今日も講演会が楽しみ。でも、話し言葉より、文章の方が狩野ワールドの醍醐味を味わえる。
 同時代の若冲は同じように奇想の絵師ではあったが、常識人だったそうだ。蕭白は無頼な生き方を選び、酒に溺れ色にも溺れ、名声に背を向けながら名声を欲した。こんな困った人間は、身近にいられると困るが、見る分には大好きだ。申し訳ない。
 蕭白の絵を最初に見たのは、奈良県立美術館にある『狂女図』今は『美人図』と改題されている、水色の着物で裸足のあぶないお姉さんの絵、これである。名品展でみたのだ。若冲のほうは近所の寺に襖絵もあるし、苦手なために却って詳しく知っていたのだが、蕭白はこのときが最初。十二、三年前。それから舞踏家の大野一雄がその絵にインスピレーションを受けて新作舞踏『枯れた狂気を舞う』も見たが、実にすばらしかったことを覚えている。舞踏譜もなにやら蕭白ににやっと笑ってもらえそうなものだったが。
 その後、新聞で『石橋図』を見た。アメリカに行った絵で、虹を描くように仔獅子がころころころころーと空を飛んでいた。
 しかし惜しくも、この二点は出展されていない。

 人物は大方変だが、さすがにへんな人ばかりではない。『草紙洗小町』こりは簡素な墨絵で、後姿の小町が洗う姿と、黒主があらっという顔で描かれている。後姿なのがニクイ。『六歌仙』でも小町を後ろ向きにしているのだ。僧正遍照が変な爺さんなのにも関わらず。『布袋』もおとなしく眠っているし、何種かある『達磨図』が、みんななかなか雄偉なのだ。しかし同じ時期に怪しい人物も沢山描いている。
 顔だけではなく、怪しい連中は行動まで怪しい。いや、簡素に描かれた墨絵の人々も一見まともそうに装うが、ばれてるぞ、という感じ。
『若菜図』、女三ノ宮が猫に曳かれて御簾の外へ顔を出すことで柏木と不義を犯す。その画題は後世にも見立てとして美人猫引き図のような形で描かれているのに、なんとこの女三ノ宮は猫でなく、鼠をペットにしているらしい。ハム太郎ではなく、ミッキーでもなく、ジェリーでもない、普通の鼠。
 『大黒図』も餅つきで杵の替わりに打ち出の小槌はそれなりにめでたいが、『蝦蟇仙人図』ではえさで釣って蝦蟇にダンスを仕込んでいる。うーん、なんとなく『半七捕物帳』の話を思い出すなあ。
 フルカラーの大きな『群仙図屏風』は、これはもう怪人物のオンパレードで、まともな奴なんか追い出すぞ、という気概に満ちている。なんというか、カルナヴァル。蝦蟇は白いがぶつぶつは盛り上がった塗り方で、すっぽんも鯉も鳳凰も、みーんな変。子供らに至っては『来るなー』と言いたい。無論大人は言わずもがな。西王母も怪しいおばさん。桃とざくろと花ショウブだけ、まだフツー。しかしフツーなのが却って妙なのだ。
 李白が酔っ払って寝てる絵もある。その顔に見覚えがあるな、と思ったら『もーれつア太郎』のデコッ八そっくりなのだ。イヤー懐かしい。不貞腐れて船で寝転ぶ太公望もいたし。
 『竹林七賢図』も数種あるが、集合する絵と、離散する絵とにはっとなった。そうだ、彼らはいつまでも仲良しというわけではなかったのだ。そうか・・・と言う感じ。
 段々暗いものを感じさせてきましたな、そうです、鷙鳥です。シチョウと読み、猛禽類が他の鳥を襲うことです。襲う側と襲われる側には永遠に和解はない。恐怖と絶望。しかし襲う側もまた、いつか必ず死を迎えるのだ・・・
『紅葉狩図』鬼女をおんぶする平維茂。説明文によると、原典にこのシーンはないのでなんらかの錯誤があるのでは、ということだが、確かに私も知りません。鬼女をおんぶするのは大森彦七ではないのだろうか。紅葉狩は九代目団十郎と五代目菊五郎の映画が残されている。当時十六歳の六代目菊五郎が山神で素敵な舞をみせていた。
 国芳辺りで見たのは、大森彦七が鬼女をおぶう図だった。彼も奇想の絵師だったが、表情はこんな奇矯なものではなかった。
 『三酸図屏風』二種あり、孔子・老子・釈迦の絵の方が俗物風で面白い。私はこの画題を見ると『八つ墓村』を思い出すのだが。
晩年になり、人物画から山水風景図に移り始めると、個々の奇矯さは影を潜める。
風景そのものが主となり、人物は点景にすぎなくなる。先日インディアナポリス美術館展で見た『虎渓三笑図』は石橋上で幼児のようにケラケラ笑う三人の絵だったが、ここに出ているそれは笑っているのかどうかすらわからない。
全てがこのように移り始めている。
それが蕭白の晩年の心持だったのだろうか。

本は欲しかったが、高いので諦めようとしたら関連本があり、そちらを購入した。
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コメント
紅葉狩=大森彦七賛成です。というか浮世絵やってる私の上司もそういってました。

すごいタイミングを逸してますが、今日拝読しましたので
2006/03/26(日) 01:23 | URL | 伊藤紫織 #-[ 編集]
こんにちは。

わたしもどうもそのように思うのです。
歌舞伎関係の資料を見ますと、九代目から七世幸四郎は大森彦七を授けられて再演を重ねてますが、その辺の浮世絵が色々ありますし。
ですから、これはやはり彦七の方だと思います。

バークコレクションでも蕭白の面白いのが沢山ありました。
2006/03/26(日) 10:39 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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