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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

芝川ビル

久しぶりに芝川ビルに見学に行く。
何年ぶりかな。
『大阪人』10月号に大阪歴博の酒井さんが写真とレポをよせておられた。考えれば以前酒井さんの引率でこの界隈を建築探偵したこともあったっけ。
芝川ビルは建築士会のイベントで見学した。
今回は別な方から。

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入り口正面から。
うーん、素敵。サイドも見てみよう。060.jpg

窓にはこんな飾りがあります058.jpg

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鬼か何かわかんない。

こちらは玄関。046.jpg

入り口すぐ上にはこんなものもありました。
065.jpg

なんとなく可愛い。

この建物は玄関ホールや一階のさるお部屋がマヤ文明かインカ文明のような装飾品で飾られている。
少し並べてみる。
017.jpg
極め付けがこれ。019.jpg

なんか怖いんですけど・・・・・・

壁嵌め込みガラスはマーブルぽいものでした。
アラバスターみたいな感じ。調査不足。

ここは芝川又四郎さんの経営されていた芝蘭学園(花嫁学校)だった。
これはどうも水周りだったらしい。
カエルがおるよ。
ビミョーに可愛い。なんとなくガレのカエルを思い出す。

028.jpg


階段親柱の装飾が可愛い。上から見るとこうなっている。
六芒星。037.jpg

その前にはレンガ造りのボイラーの跡がある。
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窓から見えるトユ(樋)は銅。042.jpg

再び下へ戻る。地下への入り口。
032.jpg

網代な壁。
照明具も少し見てみよう。031.jpg

012.jpg

天井の端。

ところで棟札。047.jpg

立派ですねえ。
面白いのが通声路。(そう呼んでもいいかな)
閉じてる時と開いてる時と。
045.jpg052.jpg

ダストシュートみたいやな・・・・・・

これは昔のお写真。いい感じです。
049.jpg


ああ、本当にいい感じの建物。
いつまでもこのままでいてください・・・・・・(頼みます)

この先は蛇足です。
ところでこちらのご案内をしてくださった方に以前からの疑問を問いかけました。
先般、都内で<芝川照吉という羅紗王>が岸田劉生や青木繁のパトロンとして活躍された展覧会がありました。
つまりパトロン時代に支援した芸術家たちの作品を一堂に集めたわけです。内容は大変によいものでした。
芝川照吉は木谷蓬吟の兄弟でもあり、この界隈にレンガ造りの立派な洋館を所有していた。(現在はない)
その照吉さんと又四郎さんとは親戚ではないか?
わたしの問いかけに「そのとおりです」と答えてくださったので、たいへん嬉しく思いました。
都内の開催地では色々間違いや疑問が多々あり、わたしがそれを問いかけてもまともに受け答えしてくれなかったので、実証したいなと思っていたのです。
何しろ芝川さんは昔々からこの辺りの土地や家作を沢山持ってはった一族だと言うのは、有名だったのです。
でも展覧会もとっくに終わっているので、今更あの美術館に言う必要はないし、向こうも聞きたくないだろうから、これはわたしの自己満足で終わるのでした。でも、知ることが出来てそれだけで嬉しい♪
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コメント
写真が多くて大変です(笑)
遊行さんが質問した相手は、学芸員でしたか?
そうでなかったら、相手は松濤美術館なんだから、教えてあげたら。監視員は、よほど気のきいた人でないと、質問してもダメだと思います。
美術館(博物館)によっては、展示に関して、警備員にも教育している所があったと思いますが、松濤美術館はどうなんでしょうね。

ところで、こんなの知ってます?
http://www.npo-rich.jp/


おまけ
本来、出無精なので、3週間くらい出かけなくても禁断症状はありません。(笑)
ただ、「会期中に回りきれない」と、焦る事はあります。
まだ、「まっ、いいや」と、言えるほど、悟りのの境地には至っていません。
2006/11/15(水) 21:06 | URL | 鼎 #PgtEBqSc[ 編集]
鼎さん こんばんは
(仮名)を(実名)にしちゃいましたね(笑)。
学芸員の方に取次ぎもしてくれなかったのですよ。
「こちらで調べましたから」の一点張りで。
それでわたしの悪い癖ですぐに切り捨ててしまいましてね
(お前は斬り捨て御免の侍か!)
芝川照吉さんのご子孫は今は東京住まいだそうですが、ご親戚はやはり大阪在住だそうです。

ところで数ヶ月前、さる美術館で英語圏の少女が困ってたので、恐る恐る話しかけるとごみの焼却場が見たいと言うので「?」でした。
学芸員もわからない。英語の話せる人も来たけど皆「?」
ところが警備員のオジさんが「もしや」と言い出したのがフンベルトヴァッサーの設計したそれだったのです。
オジサン、えらい。
で、みんな「血税でああいうのを建てるのは」と反対意見噴出。ヘンな方向で盛り上がってしまいました。

清水建設さんもがんばってくれてるのですね。
嬉しいです。いいものを教わりました。
ありがとうございます。

しかし近代建築の生き残る道はなかなか厳しいですね・・・・・
2006/11/15(水) 22:18 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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