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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

関西の俳人遺墨展in柿衛文庫

最近地元の美術館に行くのが出遅れている。
これまた地元と言っていい伊丹市立美術館に向かった。
エコール・ド・パリを見てから神戸に向かわず、伊丹に戻り地元ホテルでアフタヌーンティーしました。
ホコホコのスコーンと可愛いケーキやサンドウィッチたちとミルクティーで幸せな気分になりましたわ。
IMGP1081-1.jpg

さて伊丹市立美術館。ここには俳句専門の柿衛文庫かきもりぶんこ が併設されている。
柿衛の由来などはこちらに詳しい。http://hccweb6.bai.ne.jp/kakimori_bunko/okada-rihei.html
伊丹は岩佐又兵衛の父・荒木村重の以前から開けていた国で、酒蔵の地としても名高い。そもそも行基菩薩の時代から地誌に名も残り、鴻池さんの開発や清酒の始まりなどもこの地だった。

利休ゆかりの柿木もまだ実が残っている。
これが本当の木守だ。
高松・松平家に伝わっていた名碗『木守』は関東大震災で砕けたが、破片をちりばめて再生したものが残されていると聞く。

茶道も俳諧も短歌もみな密接な関係がある。
img587.jpg

今回は近代大阪俳壇の人々の句が展示されている。
阿波野青畝、右城暮石、大橋櫻坡子、後藤夜半、西東三鬼、橋本多佳子、山口誓子、山口草堂、米澤吾亦紅・・・
山口誓子や西東三鬼はわたしも知っている。

俳句論でいちばん面白かったのは、松田修の論文だった。
松田修の文章に溺れるわたしは、彼の書くものの殆どすべてを愛してしまい、是も非もなくただただ読み耽った。
その中で西東の句への論があり、そこからわたしも西東の句に入って行った。

今回は自筆の短冊や色紙などが並んでいる。
わたしは関西を流浪したり、東京漂流・名古屋彷徨もするが、俳諧とはあまり縁がない。(ハイカイ違いだ)
短歌は時々作り、山桜さんのところで披露したりしている。
(迷惑顧みずで好き勝手な歌を詠ませてもらっている)
しかしそれはあくまでも素人の自己満足な楽しみなのだ。

五・七・五 それで世界と関わるのはなかなか難しい。
ここにある山口誓子や西東の句を見ると、凝縮された醍醐味を感じるのだが、わたしには到底むりな世界なのである。

女待たせてゆまるや赤き旱星 (三鬼)
言葉の意味がわからなかったので学芸員に尋ねて、笑った。こんな感覚、女にはないな。
そこでまた松田修の西東論を思い起こした。

橋本多佳子は名前だけ知っていた。同名のマンガ家からの連想でこの俳人を知ったのだ。
雪の日の浴身一指一趾愛し (多佳子)
作者の意図は知らぬが、なんとなくナマナマしい生理を感じる。雪の日の入浴。指の線、足の動きにまで視線がゆく。<わたし>であれば自己愛、<あなた>であれば雪をも溶かすほどの熱いまなざしがあるのかもしれない。

悴む手女は千も万も擦る (誓子)
かじかむ手を擦る女。しかしわたしの頭の中には花輪和一の『刑務所の中』での作業風景が浮かんでいた。班長による号令「手擦り始めー」囚人たちが一斉に手を擦る。それから彫刻刀で作業を開始する。うーむ、ごめんなさい。

枯野行くおのれも後姿なり (吾亦紅)
枯野と言えば芭蕉の
旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる
この句を思い起こすし、そこから想を得た芥川龍之介の『枯野抄』も思い出す。
寂莫たる枯野。まっすぐには歩かず、揺らめく影がある。そんなイメージが感じられた。
しかしその一方、わたしは古事記にある『枯野という舟』の話を思い起こしている。これはカレノではなく、カラノと読む。巨大な樹が切られて舟になり、それが朽ちた後は焼かれて塩となる話である。
文字を見ただけでときめくのは、こんなときなのだ。

なんとなくときめきながら柿衛文庫を出た。次はちょっと趣の異なる世界へ向かっている。
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