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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

興福寺の絵馬

基本的にひとさまの個人的願望などを見るのは苦手だ。
書簡体小説もニガテだし(フィクションだとわかっていても)日記体小説もあまり読まない。
だから社寺の絵馬も見に行かない。

・・・と言いながら、<民俗学的見地から>と理由をつけて、明治以前の絵馬を見るのは案外好きなのだ。
ステロタイプはあるにしても、今のようにパターンによって印刷された絵ではない、祈願者の願いを絵にしたものには興味が深い。
ただし時々ナマナマしく怖いものも見てしまうのだが。
絵馬を集めているので有名な博物館と言えば、京都の安井金比羅宮(縁切りでも有名な神社)、佐倉の国立歴史民俗博物館、万博の国立民族学博物館などで常設として見れる。
今回奈良に来て、興福寺の国宝館で絵馬の展覧会があるのを知って、のこのこ出むいた。

国宝館の内部には当然ながら仏像が並んでいる。人気の阿修羅や迦留羅、燈持ち邪鬼などはまだしも、わたしは巨大仏には背を向けて、その絵馬を見た。
絵馬は東金堂から出土した265点のうちの優品を並べている。
絵馬の起源についてはここでは語らない。
せつない願いがそこに込められているのをみるばかりだ。

ここの絵馬は僧も俗もかけていたらしい。そしてここの絵馬は唐獅子を描いたものが多い。つまり祈願奉る先には文殊菩薩がおわすということになる。
文殊菩薩の騎乗する獅子と、それを牽く・御する優填王(うてんおう)というパターンがかなり多かった。
最古のものは大永元年(1521)で獅子と優填王。永禄、文禄、慶長にも伝わっていた。桃山時代は寺社の襖絵にも豪奢な唐獅子を描いたが、案外そのブームもあって、絵馬にもそれが続いたのかもしれない。
ただし稚拙な作品が多く、それが却って祈願者の真剣さにも感じられもする。
ぶた鼻の唐獅子が目を怒らせて「にゃーっ!」・・・にしか見えないのだが、それはそれでいいものだ。
徳川時代になってもこのパターンは続いたようで、寛永、正保、慶安まで唐獅子がいる。
牽馬図や文殊菩薩騎乗獅子図もあるが、薬壷を描いたものもあった。文殊は知恵の仏様だが、それでもここにもすがるひとびとがいたのだ。
大絵馬があった。ここでの優填王は虎のブーツ・豹柄の腰布をつけている。唐獅子には牡丹だから、牡丹の絵も描かれているのが多い。
正保三年(1645)唐子の舞い姿が可愛い。二人舞い。
やがて明治に入ると、廃仏毀釈でメチャクチャになるが、それでも庶民の信仰は絶えず、今度は文殊菩薩の眷属に頼るのではなく、個人的願望を図像化したものを掛けるようになる。
子供の安眠、学問成就、乳の出がよくなる、など・・・

それらを前にすれば、いくらでも物思いにふけったり・・・なのだが、四方を仏像の視線に囲まれていては気が重くなるばかりだ。

八部衆を見てまわり、さっさと出て行くことにしたが、阿修羅の綺麗な横顔の絵葉書があったので、それだけ買った。
ニガテはニガテでも彫像としてときめくものがいくつかあるので、いずれその特集もする。
わたしがこの後色々予定が狂ったのは既にご存知の方も多いことでしょうが、帰阪する道すがら一通のメールが。
「・・・朝から奈良満喫。鹿寄せして、餅つき見て、元興寺さんで豆まき・・・」
二十歳上の友人からこぉいうのが届いたので、わたしは力尽きた気分に。
そういえば鹿のやつら・・・とか、早打ち餅つきの店も・・・とか、色々思い当たるフシがいっぱい。彼女は元興寺のおじゅっさんとお友達だが、裃つけて豆まくくらいの腕の強さがあるような人だ。
ああ、わたしはまだまだ修行が足らんなあ。
彼女のような元気さが足りない。
ちょっと反省しました。まだまだ至らぬわたしでした。
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コメント
ぜんぜん関係ないTBなんですが、見てみるとなかなか有意義なブログさんなので、これからチョコチョコみてみます。
2007/02/08(木) 17:14 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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