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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

誰も知らなかったウォリス

東京都庭園美術館は不思議な画家の展覧会を開催している。
タイトルもそう。
『だれも知らなかったアルフレッド・ウォリス』副題が『ある絵描きの物語』。
無論誰なのか・何を描いたのか・どのように描いたのかも、知らない。
5W1Hがそのまま活きている。Who,what,why,when,how・・・・・・・
その答がここにあるのかどうか知りたくて、金曜日の夕方てくてく訪ねた。
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チラシの『青い船』 船体が青く、帆は黄土色に見える。波の感じから見て、帰ってきたのか停泊しているのか。
わたしは船には全く詳しくないし、資料もない。手元にあるのは川原正敏の『海皇紀』だけ。船の違いをちょっと勉強しよう、と絵を見ながら思った。

美術館のサイトによると、こうある。
イギリス、コーンウォールの港町、セント・アイヴスで船具商を営んでいたアルフレッド・ウォリス(1855?1942年)は、七十歳になってから独学で絵を描き始めた異色の画家です。その発見のきっかけは、1928年、セント・アイヴスを訪れた画家のベン・ニコルソンとクリストファー・ウッドが偶然ウォリスの家の前を通りかかり、壁に掛かった彼の絵を眼にしたことによります。
その作品は漁夫、船具商としての前半生を反映するように、荒海を航行する帆船や汽船、灯台、セント・アイヴスの港や街の情景などを、ボール紙の切れ端や板に船舶用のペンキや油彩で描いたもので、現代の美術が失った素朴な味わいに満ちています。
ウォリスのイギリス美術界への登場は、ピカソによる税関吏アンリ・ルソーの発見にも比すべきものがあり、ニコルソン、ウッドは一時期、ウォリスに影響されプリミティヴな風景画を描いていたほどです。イギリスでは高く評価されているウォリスの画業ですが、わが国では「芸術と素朴」展(世田谷美術館、1986年)、「セント・アイヴス」展(世田谷美術館ほか、1989年)においてその一部が紹介されたに過ぎません。 

本展はウォリスの絵画・素描・オブジェ80点余り、ウォリスを発見したニコルソン、ウッドの作品約10点、および関連資料により、その生涯と芸術の全体像をわが国で初めて紹介しようとするものです。ロマンティックな情感に溢れた船の浮かぶ海景や、愛らしい動物や鳥、小さな家が描き込まれた田園風景は、多くのひとの心を捉えるに違いありません。

・・・とにかく本当の意味での素朴な絵画だった。
長らく船乗りとし生き、船具屋になり、老人になってから手遊びに大好きな船を描いた。
描いた以上は飾ろう、家だけでは足りないから店にも飾ろう・・・
多分、そんな感じ。

地元の名士はニホンにも出かけていたバーナード・リーチだったろうが、ご近所のごくごくドメスチック有名人はこのウォリスだったのではないか。
技巧も何もないけれど、「ああ喜んで好きに描いてはるんやな」という感じが一番にする。
遠近感も建物の構図もパースも言えば「・・・」なのだが、子供が一生懸命自分の手で絵を描いたのと同じ力がある。テクがないから建物も平面的なのだが、それがどうしたという気持ちにもなる。
描きたいものを描けばいいのだ。ウォリスは描きたいものを描き、それを続けた。
すごくいいことだ。
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『セント・アイヴスを離れるボート』 このボートを見ると、縁日の夜店で動きを見せる、ブリキで出来た小さなオモチャの船を思い出す。ブリキの船は盥の中を航行していたが、絵の中の船はどこへ向かうのか。

わたしが気に入ったのは『ジブラルタル』。ジブラルタル海峡とは大西洋と地中海の境にある海峡。
ここにあるのはその島。(本当は半島)中腹まで階段の伝わる山。なんだかこの山に登ってみたくて仕方ない。

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若い頃にアルバ号の遭難を目の当たりにしたのが、一連の『遭難』シリーズを描くきっかけになったらしい。この絵は随分晩年の頃のもの。波をかぶる船。稚拙さを通り越す力強さと言うか、リアルな実感がある。
それで思い出した。
坂田靖子のマクグラン画廊シリーズの中でこんなシーンがある。
カリブ海の嵐の情景を描いた絵を見た女客が言う。
「嵐の中で絵を描くなんて大変でしょうね」
連れの男が答える。
「嵐の中で描く訳じゃないんだよ。見た後で走って帰って描くんだ」
「まあ」
・・・わたしはこのやり取りが大好きなのだ。
なんとなくこの絵を見ながらそのやり取りを思い出していた。

ウォリスの人物はみな同じパターンで描かれている。
この『門に至る道』には犬を連れた人物が出ているが、甲板で働く船乗りも陸を歩く人もみんな同じ描かれ方をしている。技法の問題ではなく、これは思想の領分かもしれない。
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ギザギザな魚の歯も鋭い絵や、上向きの枝が良く茂る木々なども興味を引かれる。
描きたいものを描きたいだけ描いた。それが何よりいい。

朝香宮旧邸を美術館にしているから、当然ながら部屋部屋を巡ると言う順路を踏む。
いくつ目かの部屋で係員と話す人がいた。
「船はウォリス本人だと思う」
係員も同意している。なるほどそうも考えられる。
その船を三十代始めに下りて陸住まいを始め、晩年になってから紙どころか箱にも木にも鍋にも船を描き続けた。陸者(おかもん)になってから延々と。
箱に描かれた絵はトールペインティングのようで、ちょっとした工芸品のように見えた。
もしウォリスがわたしに絵をやると言ってくれたら、わたしは箱や缶に描かれたものをねだるかもしれない。絵は上部に画鋲の痕らしきものが点々とある。形もきちんとしていない紙。
目に付くもの・手に取れるもの全てに描く。ちょっとパラノイアで偏屈なところが見えるが、誰に迷惑をかけたわけでもない。

いい人生だったと思う。ウォリスの墓の陶板はリーチが作った。
燈台に入ろうとする老人の後姿。
地元の陶芸家の目にはこう見えたのだろう。とてもふさわしい。
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クリックしてください。
ところでおまけ。
こんなチラシをもらった。こちらも船。版画や写真。ちょっと行こうかなと考えている。
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コメント
僕は「ぐるっとパス」で入りました。
海の人でなければ描けないような独特の視線で絵を描いたようですね、そのため風景を描いても実際の風景とは異なるように描く、船乗りに大切なものを強調するのですね。
長年生きてきた人生の味わいがにじみ出ているようでした。
キリスト教を深く信仰した人のようで、灯台に十字架を描いたとかー。
リーチが墓の装飾をやっていたのですね、イギリスでは有名なのでしょうー素朴だけど味わいのある展覧会でしたね。
2007/02/21(水) 22:10 | URL | oki #-[ 編集]
バーナード・リーチとの繋がり
へぇ~そうなんだと、驚きでした。
庭園美術館とどんな関係だろうと不思議に思っていました。
リーチは、岸田劉生の絵にも出てくるし、
色々出没で、驚きです。ほのぼのとした画面ですね。
花の香する頃、裏の自然公園から、松岡を巡ってお散歩もいいかも知れませんね。
2007/02/21(水) 22:13 | URL | あべまつ #-[ 編集]
☆okiさん こんばんは
何と言うか、きちんとテクを習得していないことが余計な理論を排除しているんだと思いましたね。自分の描ける範囲のものを好きなだけ描いた。敬虔な信徒だからあちこちに十字架を描いた。
本来のわたしの趣味からは離れているのですが、楽しくなる展覧会でした。なんていうか、わたしも描こうかなと言う気になるような。


☆あべまつさん こんばんは
リーチは白樺派の連中と仲良しさんですから。里見にエッチングを教えたのもリーチでした。着物着て子供連れて歩く姿を
「リーチきものの子沢山」律義者の子沢山とダジャレも飛ばされてたようです。
わたしはリーチは陶板にこそ本領発揮だと思います。
2007/02/21(水) 22:34 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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