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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

熱帯花鳥への憧れ

初夏を感じる。
関西は特に早く暑くなるような気がする。
風は気持ちいい。緑陰のその只中に入り込むと、ひんやりした秘かな闇をみつけもする。
熱帯を思う。春や秋ではなく、冬でもなく、夏。
ジリジリ暑い夏。
しかしそこでの豊かな植物たちと鳥たちとの楽園を想う。
自分の意識の外にある熱帯。
その美を・愉楽を、味わいたい。

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石崎光瑤という日本画家がいた。富山から現れ、絢爛なとしか表現できない絵画を残した。彼は熱帯を再現するために淑やかな絹の布地に絵筆を振るい、目の眩むような世界を構築した。
描かれたものは熱帯の植物と鳥たち。そして空気。
その絵を味わうのは両目だけではない。絵の前に佇むと、自分がこの熱帯林の中にいるような錯覚に陥る。
肺にまで緑が入り込むような世界。温気を多く含んだ空気は澱むこともなくそこにあり、身体にまといつくのは鬱陶しい湿気ではなく、心地よい潤い。

羊歯、蘇鉄、草蘇鉄、芭蕉。緑の葉。
鳳凰樹、蘭、ブーゲンビリア、ハイビスカス。炎のような赤い花。
熱国特有の濃密な闇はここにはない。黄緑色の地が広がっている。

白色に何を感じるか。
静謐、荒涼、清潔、それから?
この白を見ればまったく違う言葉が浮かぶだろう。
不思議な白色。柔らかな羽毛のような。
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孔雀に狂う人がいる。
天竺のはなしではなく、日本での話。
エキゾチシズムを体現する鳥。
四条河原に見世物小屋が多く建ち並んでいた頃、孔雀の見世物があった。
それから時代が流れて、大正の少女たちは自分の着物にその柄を求めた。
また江戸時代、孔雀茶屋と呼ばれた店があり、昭和初期の八王子には孔雀を飼う遊郭があった。
三島由紀夫の『孔雀』は恐ろしい小説だった。
あのラストシーンを物語の終焉と看做してよいのかどうか。

この絵を見た少年は、夢想の中で自分がこの絵を<描く>ことを体験する。
オマージュと憧れと。mir020-1-1.jpg

ときめきは消えることなく少年の胸を焦がす。
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やがて少年は五十年後に夢を果たす換骨奪胎でも模倣でもなく、純真な愛情と憧れがこの作品に溢れている。少年は上村松篁という名を得て、自在の境地に遊んだ。
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布哇と印度。どちらにもたどり着き、心ゆくまで熱帯を味わう。
熱国にしかいない鮮やかな鳥たち。
蜜を吸う嘴の長さ。花の触感がそこにある。
喉奥に熱風が入り込まぬように気をつけて。

白孔雀の羽根が開く。
その場にいれば息を飲むしかない美しさ。
深く息を吸えば熱性痙攣を起こすかもしれない。そっと、そっと――。
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深い緑のなか、杜若のような花が縺れるように咲き乱れる。
この花は毒ではないのか。
毒なら毒でもいい。そっと触れてみたい。
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孔雀が飛ぶことを忘れてはいけない。
枝に止まる鳥たちはどのように飛んだのか。
赤茶色い羽根も孔雀には生えていて、それはまるで錆びたチェーンのようだった。

谷山浩子は歌う。
鳥には鳥の名前がある 鳥は知らない わたしの名前
この鳥たちには生まれた国の言葉で呼ばれる名がある。
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昭和の始め頃(天正遣欧少年使節から数えて340年後)、輝くような日本画が羅馬に派遣されることになった。
そのうちの一枚に選ばれた誉れの絵。
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藤を愛でるかのような孔雀がいる。
彼の地には、葡萄のおかげで狼から身を守ることの出来たのを忘れて、その実を喰らう鹿の罪深い物語があった。
孔雀はこの藤の花を食べるだろうか。

藤の季節が終わると蓮や睡蓮が咲く。
聖なる花は泥の池に咲く。
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しかしこの泥の向うには清浄な世界が広がっている。
蓮が咲いている。
ここには湖水のランスロットに剣を差し出す手はないのだろうか。
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熱国であろうとも、静寂な空間がある。
まだ青みの残る桃が丸く転がる地に、赤い頬をした雉が佇む。
めでたき桃もまだ日を待たねばならない。
雉は静かにそこに佇んでいる。
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Quwwww 何かの鳥の鳴き声。静寂の中に鳥の声がする。
花の蜜がここにあることを仲間に知らせる。
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飛び交う鳥たちは花の蜜を吸う。受粉の代参と、生命の維持と。
そんなことを考えずとも、花の蜜を吸うのは嬉しい。
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熱帯花鳥への憧れを描いた作品を集めたのは松伯美術館。
館内の壁に咲き乱れていた植物たちも、その中を闊歩し、あるいは佇み・あるいは飛び交っていた鳥たちも、もう今はいない。
つい先日、元の地に戻ってしまった。

またいつか会える日はあるのだろうか・・・。
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コメント
華やか
さすが熱帯花鳥、とても華やかで、すごく見たい! と思いました。とくに羅馬に派遣された孔雀に強烈に魅かれます。こういう集め方もあるんですね。
鳥たちはいなくても美術館めぐりをしに奈良に行きたくなりました。そうなると飛鳥にも行きたい、山之辺の道も歩きたい、と欲張りたくなりますけど。
2007/05/24(木) 12:11 | URL | キリル #ZgLpcwNk[ 編集]
本当に熱いです。
今日は既に夏のようです。
今回の記事もとても興味深く拝読致しました。
私もキリルさんと同じ、孔雀と藤に惹かれました。
アジアンな風に吹かれつつ、
芭蕉の葉のささやきと一緒に実物を見たいと思いました。
蓮も素敵。
エキゾチックジャパ~ン♪
松柏美術館、良い企画されましたね。
2007/05/24(木) 15:09 | URL | あべまつ #-[ 編集]
何だかこれらの絵を拝見していて、子供の頃、吉祥寺の井の頭公園の温室に、こういう熱帯の鳥が放されているのを見て、その鮮やかな色華やかな装いに強烈な印象を受けたのを思い出しました。 以来頭や羽や尾に飾りが付いた鳥ばかり描いていたことがありました…。

そうそう、千葉には行川アイランドという、確か白い?孔雀を飛ばすのとフラミンゴのダンスが売り物の施設もありました。 何だか両方共本当に見たはずなのに、幻の記憶のようにも思えます。

藤の花穂と孔雀の尾、相似性に気付いた画家の勝利ですね~素晴らしい!
2007/05/24(木) 19:11 | URL | 山桜 #-[ 編集]
nice!
日本画特有の色彩と鮮やかな熱帯花鳥の組み合わせは、最高ですね!
日本的でありながら、エキゾチックで、ゾクゾクします。
蓮が咲く池で、ランスロットを連想する遊行七恵さんの発想は素敵だと思います。
2007/05/24(木) 21:02 | URL | lapis #e8.b9ePc[ 編集]
すばらしいです!
絵もさることながら、遊行さんの
文に陶然としました。
次々に湧き上がる遊行さんの思いが
文章なのに
まるで絵筆で塗りつけられていくような様々な色彩と熱波を感じました。
すてき…!
2007/05/24(木) 22:26 | URL | ろこ #-[ 編集]
☆キリルさん こんばんは
>鳥たちはいなくても美術館めぐりをしに奈良に行きたくなりました

鳥は花から花へ蜜を求めて移ります。
わたしたちも鳥に倣い、花ではなく美術館を巡って行きましょう。そして時々石にとまりましょう。飛鳥に石はつきものです。

孔雀の羽根に連なる眼が、藤の重なる花房をみつめている。
そんな気がしました。
孔雀が飛べることをこの絵を見るまで忘れておりました。


☆あべまつさん こんにちは
芭蕉の葉の囁き、本当にそれが耳に届くようでした。
この空間にいる間、とても心地よかったです。
自分の前に熱帯の森が広がっている。
足元にも湿った草が広がる。
そんな気持ちでした。

前後期入れ替えがあり、どちらも楽しみましたが、その間この松伯美術館はまさに愉楽の園でした。

エキゾチシズムの極地を味わいました。


☆山桜さん こんばんは
>頭や羽や尾に飾りが付いた鳥ばかり描いていたことがありました

クレヨンでも水彩絵の具でも、ありったけの色を使って表現したくなりますね、熱帯の生物たちは。
井の頭公園と言えば、わたしは噴水が思い出されます。
そこにいたのは放し飼いの鳥たちではなく、カースケ・オメダ・グズ六の三人組でしたけれど。

>幻の記憶のようにも思えます。
遠い日の霞がかった記憶・・・
それが本当の<夢>かもしれないなと思いました。
フラミンゴたちは夢の網を破って、アフリカの空へ帰って行ったのかも知れませんね。


☆lapisさん こんばんは
niceありがとうございます。fc2機能にはないから手動式。(笑)

>蓮が咲く池で、ランスロットを連想する
どうしてもあの池の水面を観ているとそんな気がしまして。
ランスロットは湖の乙女たちに育てられ、剣を授かり世に出た。
彼を愛し、しかし愛を得ることのなかった女たちは湖で生を閉じる・・・
蓮の葉陰には女の手が潜んでいる気がしてなりません。

かつての日本画には、時々こうした不可思議な世界がありました。それに溺れて生きる私です。


☆ろこさん こんばんは
過分なお褒めに照れてます。
熱帯から戻り、熱帯への帰郷病に浮かされながら書いたものです。
水音、風の音色、葉の囁き・・・
絵を見つつ、そうした音を感じもしました。
こんなところにいればわたしの肺も緑色に染まり、花の蜜を欲しがるようになるかもしれません。

アジアを遠い夢の国、と見做したかつての西洋人の心持ちがなんとなく、わかるような気がしました。
2007/05/24(木) 23:26 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
>カースケ・オメダ・グズ六の三人組
「俺たちの旅」ですね~ 
♪夢の坂道は 木の葉模様の石畳・・・

井の頭公園で青春の多くを過ごした私には、
切なすぎるドラマです。胸キュンです。
ヨーコ!とカタカナで呼ばれるのにも憧れてました^^
2007/05/25(金) 09:37 | URL | 山桜 #-[ 編集]
山桜さん こんにちは
とにかく再放送があるたび見てました。
♪背中の夢に 浮かぶ小舟に
ちょっと涙が出そうです。
せつなさが胸に溢れてきます。

続編を見て、ノスタルジィに溺れて苦しかったです・・・
2007/05/25(金) 15:31 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
泣けますね・゚・(つД`)・゚・
ドラマの最後にサラサラと書かれる言葉、あれがまた再放送の度に歳を重ねていて一層胸に染みるんですよね…。

ブログ仲間の幽黙さんの記事です。
http://blog.goo.ne.jp/kue-biko/e/23803f2db057cd4f1afcf2dcd7a9a17d
こちらの藤で有名なお寺では孔雀が飼われているのだそうで、思わず遊行さんのこの記事のURLを、向こうに置いてきてしまいました^^
2007/05/26(土) 17:32 | URL | 山桜 #lSqELJtw[ 編集]
山桜さん こんばんは
藤と孔雀の関係を思うとなかなか面白いものですね。

幽黙さんの白毫寺の記事を見て、ドキッとしました。孔雀の羽根の目の部分をあんなふうに見るのは初めてです。
画面からこちらを凝視している、そんな感じです。どきどき。
しかし白毫寺と言えば奈良のお寺しか知らないので、兵庫にも同名のお寺があるのは、なんとなく面白いです。
(奈良と播磨には古代の交流がありますし)

わたし、今現在一切ドラマ見ないのですが、半分は『俺たちの旅』が好き過ぎてこうなったような気が・・・
2007/05/26(土) 22:10 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
私が住む街の隣には孔雀が飼われている公園があるのですが、
孔雀と一緒に○○○○(漢字だと○)がいるので、見に行こうという気になりません。
孔雀は実物よりも描かれたものの方が好きな千露です。

先日見てきたベルギー王立美術館展にも素晴らしい孔雀の絵が展示されていました。
色彩や平面的な画面がどこか日本の障壁画を感じさせる作品でした。
2007/05/26(土) 22:51 | URL | 千露 #GyvMcuCk[ 編集]
千露さん こんばんは
伏字のやつの展覧会がありましてね、東京から皆さん続々行かれてました。
すばらしいようですが、正直その空間に入る根性がありません。ガラスから出てきたらどうする、とか妄想に駆られてます。そして今日丸紅コレクション見ましたが、折角千露さんに事前に教わってたのに、あれを観てしまいました。

先日上げておられた青い孔雀の絵、あれを見て、やっぱりベルギー展行こうと言う気になってます。

わたしもナマより絵の方がいいです。
2007/05/26(土) 23:14 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
石崎光瑤
先月は、ご教示いただいた松柏美術館で、同郷の石崎光瑤と偶然に遭遇しました。
郷里の福光美術館では、松柏美術館に石崎の大作を送り出すに際して、記念のイベントを開いたそうです。
http://fukumitsu-art.city.nanto.toyama.jp/art_museum.html
戦争中の福光町には、石崎光瑤の他に、疎開中の棟方志功も、そして子供時代のわたしも住んでいました。
先日の記事を探してTBします。
2007/05/27(日) 21:26 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
とらさん こんばんは
棟方志功の疎開先、そこでしたか。
富山だとは知っていたのですが、HP見て納得です。TBありがとうございます。
・・・もしや干支からお名前を?
うちの親となにやら同世代ぽいです。
2007/05/27(日) 23:57 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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