2007/06/19 (Tue) 高橋由一から昭和前期まで 神奈川近代美所蔵名品展
神奈川近代美術館で所蔵品展を見た。
高橋由一から昭和前期まで。

最近明治初頭の油絵を見る機会が多い。
ちょっと数えただけでも3,4回と集中している。
意識して見に行ったわけではなく、めぐり合わせ。
たまにはこんなこともある。
松岡壽『工部大学校風景』 1878年の風景画そこにある。明治10年代、若い明治政府は技術者養成に力をこめた。これは今の東大工学部の前身で、建築(造家と言った)科には辰野金吾がいた。
ここから日本の近代建築の歴史が始まるのだ。
その意味でこの作品は洋画としてだけでなく、資料としてもわたしには貴重なものだ。
高橋由一『江ノ島図』 干潮時間なので皆さん歩いて渡る。
実は行ったことがない。行きたいがなかなか縁がない。

どなたかご一緒しましょう。この絵を見る限り、天気はよくなさそうだが。
安藤仲太郎『日本の寺の内部』 西国八十八ヶ所なのか秩父八十八ヶ所なのか、とにかく数字だけ見える。巡礼スタイルのお客さんもいるし、お宮参りの人もいる。この作品は西洋の人に向けて描いたのだろうか。
先日黒田清輝の『雲』を見てその感想を書いたが、これは同パターンの『逗子五景』 逗子の色んな風景。主に水辺。大きさはB4くらいなのが5枚並ぶ。なんとなく親しみやすさがある。
青木繁『真善美』 3つの絵。どれがどうその言葉を意味するのか・示すのかはわからないが、いかにも好ましい作品。
孔雀を掲げる男女、跪く女の頭上に陽のような丸いものを持ち上げる男、更にその陽の玉をくるくる回す・・・青木らしい未完成の作だが、その未完成なことが不全ではなく魅力となっている。
中村彝の描く少女はみんなころころしていて眼も丸く、腕も太い。
27歳の彼の描く少女。彼の好きなタイプがよくわかる。
『新宿郊外』 絵よりも額に目がいった。変わった額だ。いつからこの絵にあわせているのだろうか。不思議な感じ。
萬鉄五郎『田園風景』 チラシの絵。ピンク色が燃え立つようだった。わたしは萬は人物画がニガテなのだが、風景画はなかなかいいなと思う。
鹿子木孟郎『牛』 子牛がママのお乳を飲んでます。牧歌的で、どこかイタリア風に見えた。
岸田劉生は愛娘・麗子だけでなく麗子の友達・おまつも多く描いた。
ぱっちりした眼に真っ赤なほっぺた。ケットを巻きつけるのは明治半ば以降のブーム。アタマに大きな飾り花。おまつを描く間、麗子はふくれ、その競争心を巧く劉生は操ったらしい。
麗子を描くときは様々な技法を使ったようだが、おまつの絵は大抵シンプルだ。

小林徳三郎『鯵』 すり鉢に三匹の鯵が突っ込まれている。どこからどう見ても『鯵』。これはあれか、摺って団子に?新鮮そうなのでタタキで食べたい・・・
川上涼花『アザミ』 山には山の憂いあり〜は『アザミの唄』。これはやや萎れている。塗り方はゴッホを思わせた。
数年前どこかの美術館で川上の回顧展があった。行ってないがチラシがどこかにあると思う。
小出楢重『乙女椿とレモン』 タイトルどおりそれらがある。それが色も重いわりに明確にある。
ピンクと赤の椿。なんだかとても嬉しい。
山下新太郎『伊豆の蜜柑山』 山下らしい明るい色調でまとめられている。わたしは柑橘類が好きなので、この絵に手を伸ばせば蜜柑が掌に飛び込んできそうな気がした。
『百合子像』 浴衣の少女が机に向かっている。何か書いているようだが勉強なのか手紙なのかはわからない。愛知県美術館にはその後身らしき絵もある。
石井柏亭『中之島(堂島川)』 地元風景なので興味深く眺めた。昭和初期の中之島。もう岩本栄之助が寄贈してくれた公会堂もあり、大阪随一の文化ゾーンの様相を呈している。
この数年後には関一市長が推進した御堂筋が誕生するのだ。
清水登之の絵にはいつも不思議な感覚がつきまとっている。
ソーシャルシーン。彼の描く群像情景図はそう分類されている。
彼は国吉康雄と同じくパリでなくアメリカで絵を学んだ画家だった。
『映画館』 案内嬢と客とその他の観客たち。もう映画は始まっている。
本編ではなくニュース映画かもしれない。
その国吉の『オガンキットの入り江』 実際の風景なのか妄想なのか。
アメリカ絵画史に詳しくないのでよくわからないが、いつからアメリカではこうした幻想味を帯びた作品が廃れていったのだろう。

展示室はいくつかに別れていて、それぞれ洋画と日本画などと分かれているが、そのまま洋画のことを書く。
麻生三郎『狂人の家』 ‘37は不穏な時代なのか。その前年には226事件と阿部定さんの「愛の完成」もあり、チャップリンとコクトーが一緒に来日した。麻生青年24歳の作品。殺し合いに見える。色彩は激しいが形は曖昧なのでそんなにえぐいこともない。形がリアルだと無残絵になるが、曖昧だと紗が一枚掛かっているように見える。
しかしこれはなんのメタファなのか。
松本竣介の建物を描いた作品が好きだ。タイトルもズバリ『建物』 これは’35の作だが、なんとなく石川淳の小説『鷹』の舞台になるナゾのたばこ工場のように思えてならない。
『R夫人像』 松本の色彩感覚も好きだ。青色(一色ではないのだが)としか言いようのない、青色の画面。駒井哲郎的人物がそこにいる。

一方、29歳の『自画像』 これが可愛くて。美少年の名残がある。全身像の絵も見たが、これが可愛い。なのに画像がないのがつくづく惜しい。
島崎ケイジ 藤村の息子。シュールな雰囲気の絵だと思った。『川辺』五人のシャープな女たちがいる風景。浴衣の女たち、裸婦たち、そして。
田村孝之助の描くテーマと似ているが、こちらはシュールだ。
内田巌 魯庵の息子。『少女像』
白いブラウスにピンクのスカート。わたしには決して出来ない取り合わせ。(色白でないとどうにもならない)
数年前内田の回顧展を見た。少女像にいいものが多かった。
しかしこの人が藤田嗣治をレオナール・フジタにした人だと知り、政治と言うもの・時代と言うもの・芸術と言うもの、を考えさせられた。
児島善三郎『江ノ島風景』 由一から60年後の江ノ島。緑が濃い。やっぱり行きたい。行ってサザエを食べるのだ。
梅原龍三郎『熱海野島別荘』 これをずっと探していた。
タイトルは忘れていたので、竹やぶのある別荘の絵、と勝手に呼んでいた。竹はあるわ蘇鉄はあるわ土は赤いわ、(テニヲハも狂う)会えて嬉しい!

実はこの家に憧れている。いい家だ。70年以上前の家だから水周りだけは超近代的にしないといやだが、いい感じだ。
梅原も「いい家だ」と思ったので、それで描いたのだろう。
この明るい、嬉しいような絵。とにかく好きな絵だ。
わたしもこの庭にいれば下手でも描きたくなるだろう。
佐藤哲三『クンセイ』 鮭と言うのはどうしてこんなにもニホンジンに愛されるのだろう。
わたしも毎日お弁当に鮭の切り身を入れている。ないときは鮭のフレークをご飯にかける。
新潟在住のこの画家も由一とは違う迫力の鮭を描いた。
クンセイはあんまり好きではないが、この字面がいい。気合が入るぜ。
全然関係ないが思い出した。
『ギョッとする日本絵画』で岩佐又兵衛の『山中常磐』の解説のとき、辻惟雄先生が絵巻の殺戮シーンを見て「お弁当の鮭の切り身が食べられなかった」と話したのとは対照的に、外科医でもある作家の方が嬉々として、専門用語を用いながら説明されたのが、楽しくて仕方なかった。
わたし?「これてさっきの胴体真っ二つに似てるよねー」パクッ
日本画へ。
東京国立近代美術館にある速水御舟の『昆虫二題』の下絵があった。
御舟の『炎舞』は丁度今、山種名品展で出ているが、あれとは他にこうした昆虫図もあるのだ。蜘蛛の糸に絡まれる蛾とか・・・
それから清方の『お夏清十郎物語』全シーンがあった。
卓上芸術。この考えは出発点が人気挿絵画家だったことに起因していると思う。机によって、好ましい作品を心ゆくまで眺める楽しみ。
個人の楽しみがそこにある。
西鶴の『好色五人女』で描かれたからか、それ以前の稗史からか、とにかく姫路の向う室津の辺りの悲恋は今も人に知られている。
ここには発端、駆け落ち、狂気、回向までの6シーンがある。
清方は物語を絵画化することがことに巧みだと思う。
物語絵ばかり集めた展覧会が、’96ここで開催されている。
『絵を読む心』だったか。楽しい展覧会だった。
あのとき初めてこの美術館に愛情を感じたのだった。

彫刻で目を惹かれたのは戸張孤雁『煌く嫉妬』 ‘94に名古屋で回顧展を見たが、そのときも好きな作品だと思った。
ここまで来る甲斐のある展覧会も、6/17に終了した。
高橋由一から昭和前期まで。

最近明治初頭の油絵を見る機会が多い。
ちょっと数えただけでも3,4回と集中している。
意識して見に行ったわけではなく、めぐり合わせ。
たまにはこんなこともある。
松岡壽『工部大学校風景』 1878年の風景画そこにある。明治10年代、若い明治政府は技術者養成に力をこめた。これは今の東大工学部の前身で、建築(造家と言った)科には辰野金吾がいた。
ここから日本の近代建築の歴史が始まるのだ。
その意味でこの作品は洋画としてだけでなく、資料としてもわたしには貴重なものだ。
高橋由一『江ノ島図』 干潮時間なので皆さん歩いて渡る。
実は行ったことがない。行きたいがなかなか縁がない。

どなたかご一緒しましょう。この絵を見る限り、天気はよくなさそうだが。
安藤仲太郎『日本の寺の内部』 西国八十八ヶ所なのか秩父八十八ヶ所なのか、とにかく数字だけ見える。巡礼スタイルのお客さんもいるし、お宮参りの人もいる。この作品は西洋の人に向けて描いたのだろうか。
先日黒田清輝の『雲』を見てその感想を書いたが、これは同パターンの『逗子五景』 逗子の色んな風景。主に水辺。大きさはB4くらいなのが5枚並ぶ。なんとなく親しみやすさがある。
青木繁『真善美』 3つの絵。どれがどうその言葉を意味するのか・示すのかはわからないが、いかにも好ましい作品。
孔雀を掲げる男女、跪く女の頭上に陽のような丸いものを持ち上げる男、更にその陽の玉をくるくる回す・・・青木らしい未完成の作だが、その未完成なことが不全ではなく魅力となっている。
中村彝の描く少女はみんなころころしていて眼も丸く、腕も太い。
27歳の彼の描く少女。彼の好きなタイプがよくわかる。
『新宿郊外』 絵よりも額に目がいった。変わった額だ。いつからこの絵にあわせているのだろうか。不思議な感じ。
萬鉄五郎『田園風景』 チラシの絵。ピンク色が燃え立つようだった。わたしは萬は人物画がニガテなのだが、風景画はなかなかいいなと思う。
鹿子木孟郎『牛』 子牛がママのお乳を飲んでます。牧歌的で、どこかイタリア風に見えた。
岸田劉生は愛娘・麗子だけでなく麗子の友達・おまつも多く描いた。
ぱっちりした眼に真っ赤なほっぺた。ケットを巻きつけるのは明治半ば以降のブーム。アタマに大きな飾り花。おまつを描く間、麗子はふくれ、その競争心を巧く劉生は操ったらしい。
麗子を描くときは様々な技法を使ったようだが、おまつの絵は大抵シンプルだ。

小林徳三郎『鯵』 すり鉢に三匹の鯵が突っ込まれている。どこからどう見ても『鯵』。これはあれか、摺って団子に?新鮮そうなのでタタキで食べたい・・・
川上涼花『アザミ』 山には山の憂いあり〜は『アザミの唄』。これはやや萎れている。塗り方はゴッホを思わせた。
数年前どこかの美術館で川上の回顧展があった。行ってないがチラシがどこかにあると思う。
小出楢重『乙女椿とレモン』 タイトルどおりそれらがある。それが色も重いわりに明確にある。
ピンクと赤の椿。なんだかとても嬉しい。
山下新太郎『伊豆の蜜柑山』 山下らしい明るい色調でまとめられている。わたしは柑橘類が好きなので、この絵に手を伸ばせば蜜柑が掌に飛び込んできそうな気がした。
『百合子像』 浴衣の少女が机に向かっている。何か書いているようだが勉強なのか手紙なのかはわからない。愛知県美術館にはその後身らしき絵もある。
石井柏亭『中之島(堂島川)』 地元風景なので興味深く眺めた。昭和初期の中之島。もう岩本栄之助が寄贈してくれた公会堂もあり、大阪随一の文化ゾーンの様相を呈している。
この数年後には関一市長が推進した御堂筋が誕生するのだ。
清水登之の絵にはいつも不思議な感覚がつきまとっている。
ソーシャルシーン。彼の描く群像情景図はそう分類されている。
彼は国吉康雄と同じくパリでなくアメリカで絵を学んだ画家だった。
『映画館』 案内嬢と客とその他の観客たち。もう映画は始まっている。
本編ではなくニュース映画かもしれない。
その国吉の『オガンキットの入り江』 実際の風景なのか妄想なのか。
アメリカ絵画史に詳しくないのでよくわからないが、いつからアメリカではこうした幻想味を帯びた作品が廃れていったのだろう。

展示室はいくつかに別れていて、それぞれ洋画と日本画などと分かれているが、そのまま洋画のことを書く。
麻生三郎『狂人の家』 ‘37は不穏な時代なのか。その前年には226事件と阿部定さんの「愛の完成」もあり、チャップリンとコクトーが一緒に来日した。麻生青年24歳の作品。殺し合いに見える。色彩は激しいが形は曖昧なのでそんなにえぐいこともない。形がリアルだと無残絵になるが、曖昧だと紗が一枚掛かっているように見える。
しかしこれはなんのメタファなのか。
松本竣介の建物を描いた作品が好きだ。タイトルもズバリ『建物』 これは’35の作だが、なんとなく石川淳の小説『鷹』の舞台になるナゾのたばこ工場のように思えてならない。
『R夫人像』 松本の色彩感覚も好きだ。青色(一色ではないのだが)としか言いようのない、青色の画面。駒井哲郎的人物がそこにいる。

一方、29歳の『自画像』 これが可愛くて。美少年の名残がある。全身像の絵も見たが、これが可愛い。なのに画像がないのがつくづく惜しい。
島崎ケイジ 藤村の息子。シュールな雰囲気の絵だと思った。『川辺』五人のシャープな女たちがいる風景。浴衣の女たち、裸婦たち、そして。
田村孝之助の描くテーマと似ているが、こちらはシュールだ。
内田巌 魯庵の息子。『少女像』

白いブラウスにピンクのスカート。わたしには決して出来ない取り合わせ。(色白でないとどうにもならない)
数年前内田の回顧展を見た。少女像にいいものが多かった。
しかしこの人が藤田嗣治をレオナール・フジタにした人だと知り、政治と言うもの・時代と言うもの・芸術と言うもの、を考えさせられた。
児島善三郎『江ノ島風景』 由一から60年後の江ノ島。緑が濃い。やっぱり行きたい。行ってサザエを食べるのだ。
梅原龍三郎『熱海野島別荘』 これをずっと探していた。
タイトルは忘れていたので、竹やぶのある別荘の絵、と勝手に呼んでいた。竹はあるわ蘇鉄はあるわ土は赤いわ、(テニヲハも狂う)会えて嬉しい!

実はこの家に憧れている。いい家だ。70年以上前の家だから水周りだけは超近代的にしないといやだが、いい感じだ。
梅原も「いい家だ」と思ったので、それで描いたのだろう。
この明るい、嬉しいような絵。とにかく好きな絵だ。
わたしもこの庭にいれば下手でも描きたくなるだろう。
佐藤哲三『クンセイ』 鮭と言うのはどうしてこんなにもニホンジンに愛されるのだろう。
わたしも毎日お弁当に鮭の切り身を入れている。ないときは鮭のフレークをご飯にかける。
新潟在住のこの画家も由一とは違う迫力の鮭を描いた。
クンセイはあんまり好きではないが、この字面がいい。気合が入るぜ。
全然関係ないが思い出した。
『ギョッとする日本絵画』で岩佐又兵衛の『山中常磐』の解説のとき、辻惟雄先生が絵巻の殺戮シーンを見て「お弁当の鮭の切り身が食べられなかった」と話したのとは対照的に、外科医でもある作家の方が嬉々として、専門用語を用いながら説明されたのが、楽しくて仕方なかった。
わたし?「これてさっきの胴体真っ二つに似てるよねー」パクッ
日本画へ。
東京国立近代美術館にある速水御舟の『昆虫二題』の下絵があった。
御舟の『炎舞』は丁度今、山種名品展で出ているが、あれとは他にこうした昆虫図もあるのだ。蜘蛛の糸に絡まれる蛾とか・・・
それから清方の『お夏清十郎物語』全シーンがあった。
卓上芸術。この考えは出発点が人気挿絵画家だったことに起因していると思う。机によって、好ましい作品を心ゆくまで眺める楽しみ。
個人の楽しみがそこにある。
西鶴の『好色五人女』で描かれたからか、それ以前の稗史からか、とにかく姫路の向う室津の辺りの悲恋は今も人に知られている。
ここには発端、駆け落ち、狂気、回向までの6シーンがある。
清方は物語を絵画化することがことに巧みだと思う。
物語絵ばかり集めた展覧会が、’96ここで開催されている。
『絵を読む心』だったか。楽しい展覧会だった。
あのとき初めてこの美術館に愛情を感じたのだった。

彫刻で目を惹かれたのは戸張孤雁『煌く嫉妬』 ‘94に名古屋で回顧展を見たが、そのときも好きな作品だと思った。
ここまで来る甲斐のある展覧会も、6/17に終了した。
comment
金曜も、もったいないくらい空いてましたね。
東京だったら、混んでいるんでしょうけど。
チラシにもなっている、ちょっとゴッホ風な、萬鉄五郎の「田園風景」、石井柏亭の「中之島」、鏑木清方の「お夏清十郎物語」、松本竣介「建物」、「立ち話」、「R婦人像」、佐藤哲三の「クンセイ」当たりが印象に残る。と、メモにありました。
松本竣介の作品は、こことと岩手県立美術館(船越保武と一緒に一部屋占拠、萬鉄五郎は単独で一部屋占拠)と、言う事になるのでしょか?
どこかで、回顧展やって欲しいな・・・・
兵庫に出張している古賀春江のサーカスも、ここの所蔵なんですね。
東京だったら、混んでいるんでしょうけど。
チラシにもなっている、ちょっとゴッホ風な、萬鉄五郎の「田園風景」、石井柏亭の「中之島」、鏑木清方の「お夏清十郎物語」、松本竣介「建物」、「立ち話」、「R婦人像」、佐藤哲三の「クンセイ」当たりが印象に残る。と、メモにありました。
松本竣介の作品は、こことと岩手県立美術館(船越保武と一緒に一部屋占拠、萬鉄五郎は単独で一部屋占拠)と、言う事になるのでしょか?
どこかで、回顧展やって欲しいな・・・・
兵庫に出張している古賀春江のサーカスも、ここの所蔵なんですね。
2007/06/23 16:10 | URL | 鼎 [ 編集 ]
鼎さん こんばんは
古賀のサーカスは私にとって、日本洋画のある領域でのベストですね。
あれは見ても見ても見たりないし、絵葉書を一枚二枚持ってようとも、次も欲しくなるような代物です。昔、ここと王子公園にあった兵庫近代美術館は姉妹館のような感じで、どちらもニガテでした。
萬はこれはいいですが、人物画は見たくないです。ニガテ。
松本好きです、センスも選択肢も。
船越は倅の方についつい・・・
松本は近代美術館がすべきなんですが、目処が立ちそうにないかもしれませんね。
古賀のサーカスは私にとって、日本洋画のある領域でのベストですね。
あれは見ても見ても見たりないし、絵葉書を一枚二枚持ってようとも、次も欲しくなるような代物です。昔、ここと王子公園にあった兵庫近代美術館は姉妹館のような感じで、どちらもニガテでした。
萬はこれはいいですが、人物画は見たくないです。ニガテ。
松本好きです、センスも選択肢も。
船越は倅の方についつい・・・
松本は近代美術館がすべきなんですが、目処が立ちそうにないかもしれませんね。
> 船越は倅の方についつい・・・
倅の方は、今、横須賀に来てますよ。
でも、背中から手が出ているようなヤツは嫌いです。
それ以前の、シュテファン・バルケンホーンの普通の人の様に、スーッと立っている人がいいです。
> 目処が立ちそうにないかもしれませんね。
そんなもんですか?
そこをなんとか(笑)。
倅の方は、今、横須賀に来てますよ。
でも、背中から手が出ているようなヤツは嫌いです。
それ以前の、シュテファン・バルケンホーンの普通の人の様に、スーッと立っている人がいいです。
> 目処が立ちそうにないかもしれませんね。
そんなもんですか?
そこをなんとか(笑)。
2007/06/24 00:09 | URL | 鼎 [ 編集 ]
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