澁澤龍彦『カマクラノ日々』 

埼玉で澁澤龍彦の幻想美術館と言う見事な展覧会が開催された後、しばらく妙に脱力していた。
澁澤の愛した絵画作品を目の当たりにして、それを深く味わったからだと思う。
普通展覧会へは<作品を見に行く>のだが、この展覧会ではそれは二次的なものとして、展示された作品を通じて<澁澤を感じる>ことを目的とした。
澁澤を感じる・感じたい・味わいたい。
その希求に衝き動かされて、由比ガ浜の鎌倉文学館へ向かった。

既に紫陽花の季節に入っていた。
旧前田侯爵邸は薔薇の時期を過ぎ、名残の香をとどめている。
この見事な洋館には常時、鎌倉文士の資料や遺品が展示されていて、それを見るのも楽しい。
澁澤龍彦も長らく鎌倉の人だった。
以前からこの常設室にその名を見ていたが、今回特別展がある。
『カマクラノ日々』
埼玉の名家の子に生まれ、東京に育ち、鎌倉で過ごした生涯。

子供の頃からのスナップ写真とカマクラの日々と、原稿とが展示されている。図録というほどでもないが本が出ていて、それはE版なので、昔のアルバムを眺めるような気分になる。

『高丘親王航海記』の生原稿。可愛い文字なので読むのも楽しい。
生原稿や手紙などは、大抵読みにくいのが相場だが、澁澤と宇野千代の文字はくりくりと可愛く、撫でてあげたくなるような愛しさがある。
きっと文字も喜んでくれるような気がする。
しかしそれら文字の並びから構築された物語は、決して可愛らしいものではない。

高丘親王のラストシーンには色んなパターンが用意されていた、と言うのは知っていた。
しかしここにあるのは知らないパターンだった。
メモがある。親王の死後と同時に、
「日本で赤ん坊が生まれる」
そうか、新生のパターンも脳裏にあったのか。
なんとなくこのラストの存在は、折口信夫の『死者の書』、宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の原初の存在を思い起こさせる。
現行作品の見事さに満足しつつ、別なパターンの物語をも渇望するその気持ちが、このメモを見て湧き起こる。
こうしたところに創作のダイナミズムがあるのかもしれない。

澁澤のカマクラの日々が壁にガラスケースに展いている。
好きな天ぷら屋さん(玩物草紙にも書かれている)、着ていたガウン、シャレたスーツ(旅先へもスーツ姿だったという)、奥さんと朝食のツーショット。
どれもこれもほほえましい。

澁澤は古い友人関係も大事にしたそうで、短い晩年に書かれた随筆の中でも、同窓会の話などがあった。
同窓会の幹事を請け負ったが、実際は奥さんが何もかも支度したエピソードなど、奥さんには大変だったろうが、なんだか面白くて仕方ない。
実務がダメなのが可愛く思えるのだ。
そのときのご機嫌なスナップもある。
そこにいるのはフランス文学者・異端研究者・幻想小説作家・美術愛好者の澁澤龍彦ではなく、昭和三年生まれ・澁澤龍雄くんだった。
学校時代の友人に囲まれ、ふざけて笑う人。
とてもいい笑顔だった。
オジサンはオジサンなのだが「かわいい」と感じるのは、須田剋太と澁澤龍彦と安藤忠雄だけだ。みんなふさふさ髪をおかっぱさんにしていた。
パスポート写真も可愛い。

死後二十年。澁澤への<死後の恋>はいよいよ広まり深まるだろう。
来年は生誕八十歳の年に当たるが、八十翁の澁澤はちょっと想像がつかない。しかし生きていてくれたら、ファンとしては嬉しくて仕方ないのだが。

澁澤龍彦の<カマクラノ日々>を楽しめるのは7/8まで。
七夕の次の日には笹は流されねばならない。
次に会えるのがいつの日かわからないのが、七夕とは違うところだった。
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コメント

うああ〜〜!!!澁澤先生!!!っと叫びたい気持ちでいっぱいです(笑)
澁澤さんの気難しそうなイメージと、たまに見えるかわいらしい?一面が伝わってきます。旅行の手配なども、何でも奥様任せにしていたんですよね、確か。亭主関白なのか単に面倒くさがりやなのか頼りないのか・・・(笑)
奥様とはちょうどひとまわり違う辰年同士でしたっけ。
高丘親王航海記を読んだ時は、それまでの小説とは全く異質の不思議な世界に触れたような気持ちになりました。また読み返してみたいです。
この展覧会って、関西は巡回してくれないんですかね〜?
うう、行きたい・・・(^^ゞ
貴重なレポートありがとうございました♪

nice!

こちらの展覧会も面白そうですね!
高丘親王のラストの別バージョン、とても興味深いです。
宮沢賢治の新校本全集のような詳細な資料を付けた『高丘親王航海記』を是非、出版して欲しいと思いました。
来年で生誕八十年というのも感慨深いですね。
楽しいレポート、ありがとうございました。

☆tanukiさん こんばんは
本当にこの展覧会は<可愛いシブサワ>という感じでいっぱいでした。
書斎の中で書物の宇宙に漂っていた人が、奥さんと一緒にあちこち旅をすることで、現実空間の広がりを実感する・・・
それをこの展覧会で見せてもらいました。
本当は奥さんがこういうひとをちゃんとしつけないといけないところですが、そうしなかったようで、それが<少年から一気に晩年へ>向かった澁澤の魅力なのかしら、と思いました。


☆lapisさん こんばんは
高丘親王の創作メモには本当に感心したと言うか、関心を持ったというか・・・「えっそうなの」ということも多くて、そのことが面白かったです。

>宮沢賢治の新校本全集のような詳細な資料を付けた『高丘親王航海記』を是非、出版して欲しいと思いました。
わたしもそう思います。これはすごく価値のあることです。
南方熊楠までが意識の底にあったようです。そのことも面白いです。
この展覧会に行ったとき、あわせてお墓参りもすればよかったなと反省しております。

私は高丘親王航海記読んだ時、三島の豊饒の海を思い起こ
していました。
三島との交友関係もあったことだし、きっとこの作品を
意識していたのだろうと遊行さんの記事を読んで感じました。

一村雨さん こんばんは
>三島との交友関係もあったことだし、きっとこの作品を
意識していたのだろうと

そうだと思います。つまりラストシーンで春丸(秋丸)が突然鳥に化生して「ミーコ、ミーコ」と鳴きながら飛びますよね。
あれを研究者の間では「ミーコ」=三島の呼び名でもあった、と捉える向きがあります。
でもこの親王(みこ)自体は澁澤その人でもある、とも思いますが。

わたし、実は豊饒の海、ラストの4巻から読んだのです。
4、3、2、1再び4。
この読み方は今でもある意味で間違いではない、と思っております。

遊行七恵さん、こんばんは。
先日購入した渋澤達彦の「幻想美術館」、ときどきページをめくって楽しんでますよ。
可愛らしい文字の生原稿も掲載されてますし、、どのページをめくっても渋澤達彦なのが嬉しいですよ。
いつも持ち歩きたいのにそれができない大きさと重量が残念です。

Akuma no sasayaki desu.

http://www.chukyo-u.ac.jp/c-square/2007/80/80top.html
Shichigatsu tsuitachi ga neraime de syouka?
Event ga arimasu.

kamakura ha yokattadesune.
"Sono oniwa de ohirugohann wo itadaku."
Sonna te mo attanoka to 笑 masita .

Chotto omomuki wo kaete mimasita.
PC ga kowareta wake deha arimasen.

☆ sekisindho さん こんばんは
あの本は立派な本ですね、買われた方皆さん大満足のようです。
重い、確かにとても重い(笑)。
こちらの本はごく薄い可愛いものでした。新潮社の文学者アルバムより薄いです。装丁などが可愛いので、澁澤も黙ってニヤッかもしれません。


☆kanaeさん こんばんは
日本語不自由状態的鼎氏。鯵寿司美味at鎌倉文学館庭園。
名古屋=近所爾遠方。
道楽不尽。

昨年4月に開催された澁澤展はいまだ記憶に新しいですが,2008年、またも埼玉県立近代美術館で開催されている版画展、これまたすごい!
澁澤さんが見たら喜んだだろうな〜とついつい彼の影の後を追ってしまうボクです。

ぴよよさん こんにちは
今ネットで見ましたが、確かに澁澤サン喜びそうな展覧会ですね。
タイトルのつけ方がまたそそる・・・
4/26からは神奈川近代文学館で生誕80年記念展も開催されますから、どーぞそちらにもお運びください。
わたしも楽しみにしてます〜

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