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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

小さな楽しい展覧会

行ったが書くに書けなかった展覧会などについて書く。
・大大阪パノラマツアー 町のよすが(5/10)住まいのミュージアム
・麒麟麦酒百年(6/23)キリンプラザ
・バードハウス 小鳥を呼ぶ家(7/12)大阪INAXギャラリー
・雲の上で暮らす アンデス・ヒマラヤ・チベット 山本紀夫写真展(4/21)たばこと塩博
・世界の塩を訪ねて 片平孝平写真展(6/8)たばこと塩博
・世界の蝶と甲虫展(8/10)大丸心斎橋

大大阪パノラマツアーとは、吉田敬一氏と言うコレクターの集めに集めたコレクションを一同に会した展覧会だった。
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とにかくこれはあまりに膨大すぎて、書きようがなかったのだ。チラシを見てもらえたら納得できる。あまりに多岐に亙っていて、何を見たか訊かれても、答えようがないのだ。宝くじなら宝くじ、パンフならパンフ、優待券・入場券の数々・・・
「まだあるのか!」という驚きと疲労に満ちた、すごい展覧会だった。
まぁわたしもついつい集めてしまう性質だが、半世紀に亙ってというところがすばらしい。
見て回るうちに、しまいに自分が何を見ているかわからなくなってきていた。
この日は5つの展覧会を回ったが、物件の数だけでいえば、この展覧会が一番多かったように思う。かなりおもしろかったが、目が廻ったのも確かだった。

アルコールは飲まないが記念館に行ったり、体験コースは好きである。工場見学も好き。
難波のキリンプラザで麒麟大学と称して、色んなクイズラリーをしていた。他にも缶の数当てクイズもあったり、昭和初期のカフェや、昭和中期のビア・ホールの再現もされていた。
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去年、横浜の神奈川歴史博物館で『日本のビール』展を見たが、あそこでは戦前の素敵なポスターや、レンガ造りの工場なども見れて、大変よかった。
この展覧会?イベントもその意味では楽しませてもらった。

野鳥とは無縁である。ペットの小鳥とも縁がない。
しかしINAXは好きなので必ず行くから、見ることになった。
アメリカでは色んなバードハウスを拵えて設置するのが、とても流行っているらしい。
流行る、とはいえないか。普遍的、と言うべきか。
実に色んな形態のバードハウスがあり、それらは日本の巣箱とは概念が異なるし、コンセプトも異なる、と言う話だった。
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納得。全然違います。色んな野鳥のために金槌やのこぎりでトンカントンカン大工するのだ。えらいものだと思う半面、やっぱりアメリカは領土が広いなぁと実感するのだった。

たばこと塩の博物館では、肉筆浮世絵と風俗画の展覧会があり、前後期を楽しむために二度向かった。その同時開催展。
アンデス・ヒマラヤ・チベットといえば高地だということを思う。それらの地へ行くことは難しい。わたしはマルコ・ロッシではないから、はるばる地球の裏側まで行くことは出来ない。憧れだけが肥大する。
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『母をたずねて三千里』『アギーレ神の怒り』とアンデスへの憧れが生まれていたが、『ブエノスアイレス』で一応の決着を見たように思う。
ヒマラヤにもチベットにも行くことはないが、ポタラの宮殿を思うことはある。写真を見ていて、どこにでも人間はいるものだと変な感心をした。

また、この博物館の3Fには世界中の塩が集められている。結晶体もその採取地によって様々で、一口に<塩>と言っても実に多くの種類があることを知らされる。
コーディリアはあんなレトリックを使う必要はなかったのだ。それが父親の破滅を急がせた原因かもしれない。
安寿と厨子王は山椒太夫に買い取られてから、色んな苦労をした。姉の安寿は汐汲み労働をしたが、海水から塩をとる方法は大昔から兵庫県辺りで続いていた。
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アラブの駱駝たちは塩を舐めてあのネフド沙漠を越えたのだろうか・・・

夏になると、大丸心斎橋では子供たちをメインにした展覧会を開くことが多い。
‘96貝の博覧会、’98飛び出す自然、’99蝶と甲虫、’01不思議の国の科学、’04世界の蝶と甲虫、’07世界の蝶と甲虫。
こうしてみると蝶と甲虫はシリーズ化されているらしい。
私は蝶が好きなので喜んで出かけたが、行くとムシオくんだらけだった。オジサンのムシオくんたちが専門的な会話をしている。わたしも友人も標本箱を眺めながら「キレーキレー」これだけ。見回すと、一人で来ている女の人が何人か。これはやはり蝶が好きなのでしょう。標本は綺麗に種類ごと・地域ごとに並べられているが、わたしは箕面や伊丹の放蝶館で自由に飛ぶ蝶を眺めるのが好きだ。本当はドームの中でなく、好きなように飛んでいるのが一番だが、環境保全は難しい。蝶のコイル状の舌の感触などを思い出す。
甲虫は生きてる奴らをも持って来ていた。そちらはパスした。
生きた宝石、というのが実感できる展覧会だった。
そして帰宅して庭を眺めると、ランタナの木に蝶が来てくれていたし、ヒイラギの根元の土にはセミの穴がいくつも空いていた。
なんとなくそれだけで嬉しかった。
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はなはだエエ加減にこの記事は終わる。
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