FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

解き放たれたイメージ サーカス展

損保ジャパンで9/2まで開催中の展覧会に出かけた。
mir227.jpg

以前、兵庫と神奈川の近代美術館で『サーカスがやってきた!』展を楽しんでいる。その展覧会からサーカスを描いた作品に眼を開かれだしたので、思い出すと今でもわくわく感が湧き上がる。
(なにしろそれから日本のサーカス・曲馬団・曲芸に凝り始め、見世物小屋にも関心がゆくのだから、ある種のエポックメーキングなのだ)
さてそんな前振りで新宿に出たが、今回のコンセプトはサーカスそのものを描くというのではなく、画家その人がサーカスから受けた印象による作品を集めた、というものだった。
しかし入り口もハリボテでそれらしい雰囲気を醸し出してくれているので、木戸銭を払った甲斐があるかも、と機嫌よく乗り込んだ。

ピカソの版画『サルタンバンク・シリーズ』がまず出迎えてくれたが、いきなりサーカスの芸人の裏側を見せられては、ちょっと暗い気持ちになった。ピカソの眼差しは冷たいものではなく、せつなさと少しの喜びと慎ましさとをそこに描き出している。貧しくとも静かな暮らしがそこにあるのを感じるシリーズ。
貧相な男と病弱そうな子供と幸薄そうな女と…しかしなんとなく穏やかでもある。彼らがこのまま貧しい中にも安寧に生きたかどうかはわからないが。

クレー『綱渡り』 ‘23は丁度アールデコが行き渡った時代でもあるが、このクレーの直線と曲線の組み合わせが、その時代であることをも実感させてくれる。クレーは自分の様式で制作したろうが、そう思える。そしてその線描の集合体は、女の顔にも見えるのだった。
mir228-1.jpg


ルオーもサーカスのシリーズが多い。上諏訪のハーモ美術館から出張してきた『流れ星のサーカス』を眺める。二年前ハーモでこのシリーズを知ったとき、悪くないと思った。今回『見世物小屋の呼び込み』の女の横顔が綺麗だと感じたり、『黒いピエロ』はほっそりしているのに、『親代々の芸人』はさすがにどっかと座って態度も大きいと観察した。画商ヴォラールを喜ばせようとしたようだった。

ローランサンの女たちはいついかなる時も優美だ。白馬、灰色馬、二人の女、滑らかな動き。観客がいようといまいと彼女たちは馬と共に芸を続ける。
彼女の描く『アルルキーヌ』は優しく微笑んでいる。女性だけのサーカス団、そんなものがあるのかもしれない…

シャガールもサーカスをよく描いた。ここには40年前のリトグラフ作品が並ぶ。なんとなくサーカスのテントの中の空気がこちらにも伝わってくる。

マティスの『ジャズ』は何度も見ているが、『サーカス』展では趣きも変わるようで、面白い。明るい色彩が楽しい気分にしてくれる。

レジェ『アクロバット』 チラシに使われている。それを見て、惹かれた。普段レジェにあまり関心が向かないが、なんとなく嬉しい気分である。

見て廻る絵は全て壁に飾られている。しかし壁から外れた真ん中に何かが立っている。まるで沙漠のエレンディラのテント小屋のように。
星が幾つも鏤められた箱。星の中心には窓が開いている。星の窓をのぞくと、そこには… これはのぞきからくりではないが、楽しい演出だった。
アレクサンダー・カルダー『アザラシの曲芸』 この鉄細工の作品は、最初からこんな演出と共にあるのだろうか…。
なんとなくこの鉄はあざらしではなくオカモト・タローの作った何かを思わせる。

ビュフェはどうもニガテだ。梅田の阪急三十三番街はビュフェの作品をコンセプトに作られているが、通り過ぎるばかり。
07827.gif

しかし挿画本『私のサーカス』シリーズの中の『学者犬』は可愛かった。考えれば色んな芸の中でも算数のできる犬と言うのはなんとなく不思議でもある。ポチたまでも時々そんな犬が出るが、猫は間違っても算数は出来ない。この白犬はなんとなくいい。ナイトシャポーみたいなのをかぶった白犬。
私は以前見世物小屋で『お染久松』を演じる犬たちを見たが、彼らは存外大事にされていた。この犬もそうだといいが。

サーカスの本場・ヨーロッパの作家たちから、次は日本人の見たサーカスに移る。
mir228-3.jpg

安井『巴里の縁日』 これは大正初めの作だけにまだ後年の安井らしさから少し離れた作風だった。所蔵が兵庫県美なのでしばしばお目にかかる。
安井はこの時期、裸婦ひとつにしてもなかなか凝った作品を描いていた。

長谷川潔『旅回りのサーカスの女』 黒いレオタードの女がうつむいている。物思いにふけっているのかもしれない。なぜか笑顔が思い浮かばない女。

川口軌外『シルク』 食虫植物というか食人植物に飲み込まれる(らしい)女たちの下半身が見える。下肢しか見えない。それともこれはこの花の触手だとでも言うのだろうか。昭和初期のシュールな世界は、どこかサディスティックに見える。

東郷青児の作品を見ると、この美術館が彼の名を冠した美術館だということを思い出させてくれる。
『サーカス』 玉乗りで目隠しをした女や、馬上でポーズを決める女たちなどの姿が描かれている。制作年はわからないが、これもやはり昭和初期の作のように思える。

牛島憲之『あるサーカス』 珍しく暗い画面で、しかもとても<油絵>的なのだ。後年のシュールでのんびりした景観ではなく、泥絵の世界。
曲馬団と言うより軽業一座だ。現に力持ちの技を女たちが見せている。これを見ると、牛島が残した歌舞伎スケッチをも思い出させる。「どこにもない景色」を描いた画家の卑近美に、惹かれた。

川西英の木版画はいつ見ても・どれを見ても嬉しくなる。地元の風景もあるからというだけでなく。明るい木版画。それが嬉しい。暗い木版画より明るい木版画がいい気持ちになる。楽しい。ここにあるのは油彩と木版画。カラリスト・川西英。(と言いながら、彼の模写したサロメとヨカナーンが脳裏に浮かんでいる)
『曲馬』椅子の上で。『ヒッポ・ドリーム』なるほど白馬に白いピエロに。こっち向きの馬上の女もいるし、足を上げて笑う女もいる。
三枚続きの『西洋大曲馬』’31、昭和六年・満州事変の年でもある。この二年後にハーゲンベックが来日するが、それ以前にイタリアのチャリネ曲馬団なども来ていて、日本からも外国へ出ている。
なんとなく川西英の作品を見ていると里見トンのモデル小説『T.B.V』を思い出す。さらわれて曲馬団に養われ、海外で芸を見せて育ち、やがて帰国したものの違和感をぬぐえぬまま、関東大震災で誤って殺される男の生涯…輝きのない生涯とは言え、なんだか不思議な風を感じる話…それと同じようなものをここに感じる。

恩地孝四郎『ハーゲンベックの印象』 上記に挙げたようにハーゲンベック・サーカスが来日した。このサーカス団はライオンの火の輪くぐりなどで観客を魅せたが、ドイツのハーゲンベックはライオンを虐待したのではなく、愛情を持って接して、芸を覚えこませたそうだ。この話は小学校の教科書で読んで以来、感銘を受けて覚えていたが、大きくなってハーゲンベックが日本の芸術家に及ぼした影響などを知って、たいへん興味深く思った。
恩地の木版画にも象やアシカの働く姿が見える。このハーゲンベックでの動物使いと動物たちとの関係が観客を感動させた。
近代日舞の巨人・六代目菊五郎はハーゲンベックのライオンを見ていて『鏡獅子』の獅子の仕種を思いついたという。それが平成の現在まで音羽屋や中村屋に連綿と続いているのだから、えらいものだ。

国吉康雄『ブランコの女』 mir228-2.jpg

最初に見たとき、何とも言えない曖昧な微笑と言うのがあるな、と思った。最初に見たときまだ十代だったのでこんな表情が出来ないし、理解も出来なかった。今はこの表情が出来るか?そこまで深みがないので、わたしには無理だろう。

海老原喜之助『サーカス』 赤と黄色の絵。芸が成功した後、観客に応える彼。顔のない彼。どきっとした。

洋画で他にサーカスと言えば鈴木信太郎の象のショー、古賀春江のトラたちなどが思い浮かぶが、ここには現れない。別な地方を廻っているのだろう。

猪熊弦一郎『馬と少女』 馬は馬でもシマウマだった。シマウマと女がいる図は安井仲治の写真作品で見た気がする。彼も戦前のサーカス写真が多かった。

丹野章の一連の写真『日本のサーカス』シリーズは’56?’57のゼラチン・シルバープリント作品だった。
ただでさえゼラチン・シルバープリントにときめくところへ、50年前のサーカスの風景である。ため息ばかりで眺めて歩いた。
何故こうした写真には深い魅力があるのだろう。それも沈鬱な魅力とでも言うものが。
『水芸』…滝の白糸の伝統は生きている、綱渡りから『落ちる』、『火をくぐる馬』、『足芸』(戸張孤雁の版画を思い出す)、『象使い』、綱渡りしたり玉乗りする『虎』、ボクシングをする『カンガルーと少女』(ロシアから伝来だと思う)、『ワイヤーを上る』傘を差した女、この姿は曲馬団以前の江戸の軽業一座からの伝統だ、『一輪車』…今では学童保育でもなじみの遊戯に…
何がどうと言うこともないが、自分もこの灰色のテントの中でサーカスの人々を眺めている気持ちになっていた。

少し前まで『からくりサーカス』というコミックが連載されていた。その中でサーカスの用語を知った。
<ユヤユヨン> そんな掛け声が聞こえてくるといいなと思いながら、この展覧会を後にした
恩地孝四郎のサーカスの絵を追加する。
mir228.jpg


恩地は夢二と仲良しさんだが、ふたりで浅草に見に行ったと言うことはないだろうか。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
またお邪魔してしまいました。joshです。
「サーカス展」見てこられたのですね。joshもひと月ほど前に行って、こういうトピックスものの展示も面白いなと思って見てきました。
個人的には、長谷川利行の「ハーゲンベックのサーカス」が気になったのですけれど、なにぶんにも直感だけで見ているものですから。どうなんですかね、あの絵は…。
2007/08/27(月) 23:50 | URL | josh #-[ 編集]
サーカス、と聞いて、ピカソやシャガールの作品がすぐに思い浮かびます。(^^)
すごく画題にうってつけですよね。サーカスそのものより、サーカスを演じる人々の内面の感情を描く、というテーマで。
クレーの淡い色合いは大好きです♪
ローランサンは、男性を寄せつけないような空気を感じます。
恩地孝四郎もサーカスを描いていたとは意外です。「月映」の幾何学模様の抽象的なイメージが強かったので・・・見てみたいな~♪
2007/08/28(火) 09:16 | URL | tanuki #s.Y3apRk[ 編集]
☆joshさん こんばんは
長谷川の作品は白色が目に残りました。
彼の作品は色調に意識が行くことが多いです。
多くの作品が破棄されたのがいまだに残念です。
サーカスの持つそこはかとない哀愁と、長谷川の孤独な明るさが、もしかすると他に名品を生み出していたのかも、と思ったりします。


☆tanukiさん こんばんは
ピカソもシャガールも芸人との距離感を置かずに描いているように思います。厳密にはシャガールはサーカス小屋そのものと、と言うべきでしょうか。皮膚感覚がいいですね。
ローランサンは本当に女性だけの世界を生み出したなと思います。閉じられた庭園(=パラダイス)の中で。
リクにお応えいたします。
2007/08/28(火) 22:21 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
学者犬
こんばんは。

ビュフェは苦手だけど学者犬はいい!というのは同じ感想でした。
○○犬と聞くと、どうしてもウナギイヌを想いだしてしまいます。

恩地孝四郎のサーカスは前期にはなかったので見そびれました。大きな絵に思えるのですが、実際はどうなのでしょうか。
2007/08/29(水) 00:31 | URL | キリル #pQfpZpjU[ 編集]
キリルさん こんばんは
わたし今でも「おでかけですか~」とあの調子で言ってしまいます。

恩地のサーカスの絵はB4ポスターくらいでした。そこに象もアシカもてんこ盛りでした。
ハーゲンベック・サーカスは凄いですね。そういえば本物のサーカスって見たことないな、わたし・・・
2007/08/29(水) 21:43 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行さん、こんばんは
サーカス展、楽しまれたようで何よりです。
ピカソのシリーズからはじまったということで、なんとなくこの展覧会のイメージが決まったって気がしました。
楽しいのですが、どこか寂しくてわびしい。
ビュフェの「学者犬」、どうも動物に人間の格好をさせる-もうそれだけで私は心にズシンときてしまいますね。
2007/08/30(木) 23:42 | URL | アイレ #-[ 編集]
アイレさん こんばんは
せつないサーカス、とでも言うものを見たような気がしますね。
>どうも動物に人間の格好をさせる
ああ、わかります・・・

ところで佐伯の愛した人形の絵ですが、大阪市に所蔵されてます。
なかなか魅力的な人形ですよ。
いずれ折を見て画をあげようと思います。
2007/08/31(金) 00:36 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア